23(D)


















 一日目は、何もなかった。
 ハリーも居間にいたし、僕も同じ部屋で本を読んだりしていた。
 時々、会話もした。それほど口数は多くなかったけれど、それでも、時々は笑顔も漏れた。
 買い物も、一緒に行って、ハリーは荷物を持ってくれた。
 夜は、食事が終わった後、すぐに寝た。

 あまり長い時間、一緒にいる事が苦痛だった。離れた時を思うと。ハリーを失ったら僕は生きて行けないのではないだろうかと、つい苦笑混じりに思う。




 二日目は、雨が降っていた。
 雨が降っていて、育てている薔薇が気になった。今の時期水の管理が重要だから。この時期にこんな大雨が降るとは思わなかった。土壌はつながっているから……外の雨が染み出してきたことがあった。一度直したのだが、やはり気になる。
 一度、外に行かないと……少し不安だ。
 買い物に行こうとすると、ハリーはあるもので良いと言うし……無理に行こうとすると、ついて来ると言う。


 僕が、この町にいる理由を知られたくない……僕が誰なのか、知られたくない。


 もしかしたら、学生の頃の記憶はあるかもしれないんだ。もし僕がマルフォイであったことがわかったら……彼はどんな反応をするだろう。あの頃の僕と今の僕が別人なわけではないけれど……それでもハリーには僕の良い所だけ見ていて欲しかった。僕を、嫌いにならないで欲しかった。


 ひどく、我侭。
 だから、名前も伝えたくない。



 呼んで、欲しいけれど。ハリーの声で、ハリーの口から僕の名前を呼んでもらいたいけれど。
 それでもハリーの瞳に僕が映っていることを知っているから。それだけで、充分、大丈夫。
 高望みをしてはいけない。
 そんなことをしたら……


 僕はいなくなるんだ。僕はハリーの前から、もうすぐいなくなる。
 そろそろ、話をしないと……。
 それでも今日は、久しぶりに僕達の間に和やかな空気があったから……言い出せなかった……。
 僕は、なんて情けないんだろう。
 ハリーのために、とか思いながら結局僕は僕のことしか考えられない。
 一緒にいたいんだ。
 ハリーが僕を好きでいてくれて、僕だってハリーが好きなんだ、一緒にいるべきだ。
 そんな我侭、誰が認めてくれて誰が許してくれるんだ。


 ハリーは英雄なんだよ。

 僕は罪人なんだ。






 外は雨が降っていた。




















 ソファでハリーが眠っている。




 穏やかな空気。
 ハリーの寝息を聞いて……僕は読みかけていた本を閉じた。
 さっき、喉が渇いたと言ったから、紅茶を入れたのに、手付かずのまま置いてある。

 眠かったのだろうか。



 さっきまで箒の手入れをしていたようだけれど……。



 箒は、床に転がっていたので、近くの壁に立てかけておいた。

 ハリーが近くにいてくれているのが嬉しい。
 そばにいることだけで嬉しい。同じ部屋の空気で呼吸していることが嬉しい。

 本当は、触りたい……触れたい。


 ハリーが今眠っているから……。
 静かに寝息を立てて、眠っている。

 眼鏡も外さずに居眠りをしているから、眼鏡がずれて鼻にかかっていた。そんな様子すら、いとおしい。

 少しぐらいなら……。
 少しぐらい、触るだけなら、きっと気付かれない。
 手を、ハリーの手にそっと触れる。


 温かい……ハリーの体温。僕が一番安心する温度。僕の指先はいつも冷えているから、ハリーの手はとても暖かい。


 両手で、握り締める。

 ずっとこのままでいることなんて出来ないことはわかっているんだ。ずっとハリーと一緒にいることなんか出来ない。ハリーはこの世界では唯一無二の英雄なんだ。誰からも愛される存在で、みんなから、それを望まれている。そのみんなの中に、僕だって入るんだ。僕なんかが隣にいていいはずがない。


 僕は、罪人で……そしてマルフォイだ。
 その名前の意味する所は、この魔法界にいる人間なら誰しもが理解している。闇に属した……
 そして皮肉なことにも、まだその血の濃さから、それでも珍重されているようだ。


 その上……ハリーにまで……。
 貴族連中がどれだけ考え方が利己的で一面的なのか、僕には良くわかっている。何を考えているのか、目的さえわかれば手段は僕にはよくわかる。僕もそうだったから。
 純血主義の奴らが、自分の血脈とそれ以下とそれ以外をどう考えているのかわかっている。純血とそれ以外の魔法使いは、区別されている。血統によって優秀かそうでないかなんて……誰が決めたのか。実際生粋の魔法族のほうが優秀な魔法使いを輩出する確率は高いけれど、実際にはそれだけだ。
 どれだけ優秀な魔法使いだって、中身がぐずぐずに腐っている奴だってたくさんいるのだから。


 実際、僕だってそうだったんだし。


 だから、ずっとハリーの笑顔を直視できなかった。
 学生の頃は、ハリーが笑っているのが、気に入らなかった。





 ――釣り合わないんだよ、僕達は。



 そんなこと、わかっているんだ。






 ハリーの前では、もう泣かないと決めたんだ。

 ハリーに心配をかけたくないんだ。


 ハリーに心配をかけたくない。ハリーのせいじゃないんだ。ハリーが僕を忘れたのはハリーのせいじゃなくて、僕のせいなんだ。



 涙が……もう、泣かないと決めたのに……。

 神様、どうか……。


 もう少しだけでいいんです。


 もう少しだけ、ハリーのそばにいても良いですか?





















070706