14(D)
















「最近は、どうですか? 何か変わったことはありましたか?」

 声は柔らかなバリトンだった。
 落ち着いた動作。気配から察すると、僕よりもやや年上の背の高い男。
 最近、僕を月に一度訪問する魔法省の職員が変わった。前は頭の悪そうなジジイだったので、下手に出ていればよかったので騙しやすかった。時に好意を示し、時に同情を引いた。騙しているというほどでもないが、あまり詮索も押し付けがましい好意もなく、あの人とはうまくやれていたと思う。



 今度の職員は、まだよくわからない。変わったばかりだから。
 何を考えているのか。

 顔色を見る事ができれば、僕がこいつにどうやって接すれば良いのかわかるのに。
 顔色を伺うのは得意だ。表情や声音で相手を上機嫌にさせたり不機嫌にさせたりすることが、僕は小さな頃から得意としていた。
 見えないから……だが、きっとこの魔法省の職員は、顔色が分かっても、相手の感情に訴える作戦は難しいかもしれない。こいつは僕と同じ種類の人間だ。用心するに越したことはない。
 別にハリーのこと以外で、僕が隠すようなことは何一つない。


 今までだって上手くやれたんだ。これからだって大丈夫。


「特に何も……」

 目の見えなくなる呪いを自分にかけた。自分でかけたものだから、すぐに解く事ができるのだが、最近目が見える生活をしているから、やはり慣れない。紅茶くらいは自分で入れられるが、念のため魔法でオートで僕と彼の分の紅茶をテーブルの上に出した。

「服装の趣味が変わりましたね」

 …………。
 服を着替えるのを忘れていた。僕の持っている服は白いシャツばかりだから。今日は、ハリーの物を着ている。ロゴの入った赤のパーカーにデニム。
 うっかりと、着替えるのを忘れてしまった。似合った服を着る方が好きだが、だからと言ってそれほど服装には興味を払っていない。ハリーほどではないけれど。


「似合いませんか?」
「似合いませんね、貴方には」

「………動きやすいんですよ」

 分かってはいるが、あまり肯定されて気分の良いものではない。


「前から気になっていたのですが、何故食器が二対あるのですか?」

「……………」

 こいつは、一体何を企んでいるのだろう。

「僕は目が見えないから、割った時の予備です」

「それは、用意がいいですね」


 ………何だ、なにか……こいつの考えている事が分からない、ただ何かを企んでいることだけはわかるのに。
 緊張で、掌が湿ってきた。


「最近転属してきた後輩がいるのですが、ホグワーツで同じ学年だったはずです。ロナルド・ウィーズリー。覚えていますか?」


「……忘れましたね」


 忘れるはずない、あの赤毛、苦手だった。いつもハリーと一緒にいた。
 今でもハリーの口からよく彼の話題がのぼる。昨日だって……今度、ウィーズリーと会うと楽しそうに話していた。ハリーが僕の事を忘れる前から、ハリーはウィーズリーやグレンジャーの事を話す。楽しそうに話すハリーを見て、毎回僕は少なからず嫉妬を覚える。今更会いたくもないし思い出したくもない。


 それにしても、こいつは何故ここでウィーズリーの名前を出すのだろう。
 何か、嫌な感じがする。

 魔法省が仕事として来ている以上の圧迫感が部屋を埋めているから。








「ハリー・ポッター……」




 目の前にいる男の口から、ハリーの名前が出て、心臓が止まる。



「………」

「覚えていますか? ハリー・ポッターは」


「知らない奴がいるのか?」


 こいつは、何を考えている。
 頭の中で警鐘が鳴る。


「ウィーズリーの親友だそうです。彼によれば、英雄はこの辺りに住んでいるらしいですよ」



「………へえ」

 嫌な、気分だ。こいつは僕の知らない何かを握っている。
 何だ、何だ、一体。

 心臓が嫌な速度で動いている。考えろ、何か、あるんだ、こいつの手駒が。

 何が目的で何を握っている?


「最近ハリー・ポッターになにか変わったことはありましたか?」




「…………何が言いたい」


 心臓の音がうるさい。相手に聞こえてしまうのではないかと心配になるほど。
 握った手が、じっとりと汗ばんでいるのに、指先がとても冷えて来る。


 何だ?

 こいつは、僕とハリーとの関係を知っているのか?

 知っているとしたら………。




 僕が、罪人だからか?


 ハリーは、世界を救った英雄で、クィディッチでも英雄として名高い。


 釣り合わないんだ、僕達は。



 僕なんかがハリーの隣りにいてもいい相手じゃない。


 きっと、それを諭すために、こいつは…………。






「貴方は貴方が考える以上に有益なんですよ」




 男の声は平坦で、感情を含まない中に優しさを含有させようとの努力が感じられた。


「………お前は……?」


 何が、言いたい。わからない。


 僕がハリーのそばにいるなと、そういうわけではないのか?
 僕の価値?






「今、貴族達の間でちょっといざこざがありまして。みんな貴方を探しているのですよ」

「………どういう……」

「今までマルフォイ家が純血の中核を成していましたが、それになりかわるほどの力のある家がない」


「………そんなことか」


 わかった。

 そんなことだ。


「貴方の所在は魔法省の中でもトップシークレットなんですよ。探し出すのに苦労しました」


 マルフォイの血は、純血主義の頭の堅い貴族の中でも別格だった。
 マルフォイの家の名を出せば、ほとんど誰もが僕に頭を下げた。

 純血ということで他の貴族達は、ほとんど同格であったが……マルフォイだけは……僕の家だけは別格だった。そうやって教え込まれて僕は育てられていた。

 僕はそんな世界からもう関わりがなくなったから。気にしていなかった。気にもならなかったし、思い出したくもなかった。僕はもうマルフォイじゃないんだ。あの家に戻らなくてもいい。


「貴方を迎え入れる事ができれば………」

「馬鹿ばかしい。僕は罪人なんだ」

「それを補うって有り余るほどの価値が貴方にはある」


 ようやく、理解できた。最近、頻繁なラウス家からの手紙。





 どこで、僕の事を見つけたのかと思っていたが……。



「お前が?」



「名乗っていませんでしたか? 私はギルバート・ラウス。父からの手紙は届きましたか?」









『貴方を我がラウス家にお迎えしたい』











「良かったですね。ハリー・ポッターが失ったのが記憶だけで」










































 どのくらい、こうしていたのだろう。

 知らないうちに、家には誰もいなかった。





 気配を探るが、どうやら帰ったようだ。


 目を、戻す。


 視界を元に戻す。

 何も、見えない。

 解呪に失敗したのかと思った。

 暗くなっていた。窓から漏れる月の光で、もう暗くなっていた事を知った。


 もう、こんな時間か。
 ハリーは、今日は早く帰って来ると言っていたから、すぐに帰って用意をしないと。


 身体が動かない。




 どういう事だ。


 混乱する。


 ハリーに、もしかして………。


 事故じゃ、ないのか?



 僕が、ハリーを好きだから?
 どう、いうことだ。


 ハリーは……










 ハリーの家にようやく戻った。
 どうやって、僕はここにたどり着いたのかさえ、良くわからない。

 ハリーが……



 すでに家の中から光が漏れていて、ハリーが帰っていることがわかる。

 扉の前に立つと、扉は自然に開いた。



「お帰り、遅かったね」




「………ハリー」

「何してたの?」


 声は、冷たかった。



「…………」



「何してたの?」


 ハリーは、玄関から出て、僕の手を引いて部屋の中に引き込んだ。

 乱暴な、動作。

 玄関の中に僕を引き入れて、ドアを強い音を立てさせて閉めた。




 そのまま……。



 抱き締められる。




 そう思った時に僕は、ハリーを突き放していた。



 だって、僕のせいで……


「……ハリー、済まないな。散歩をしながら今夜のメニューを考えていたら遅くなった」


 僕は笑った。



 笑えていたと思う。うまく笑えていたかはわからない。




「心配してくれたのか?」



 僕は、ハリーに好かれる資格なんてないんだ。



「………別に」


















070611
オリキャラ面目ないっす。