12(D) 「ニコラスはクィディッチが好きなんだよね? 僕の部屋に色々貰ったグッズとかあるよ」 夕食後、ハリーがそう言ってくれた。 ハリーの部屋は僕が使わせてもらっている部屋の反対側。 相変わらず散らかっている。ジャケットがベッドの上に無造作に脱ぎ捨てられていた。 物は、ほとんど何もないのに雑然とした感じが否めない。僕は、こんな雰囲気も好きだ。ここにハリーがいるという、その証明なような気がするから。 「好きに見て良いよ」 ハリーの部屋は二階でも一番広い部屋で、窓際にセミダブルのサイズのベッド、リクライニングのチェアとソファとローテーブル。ウォーキングクローゼットがあるけれど、ほとんど何も入っていない。毎朝僕がハリーを起こしに来て、僕には少し大きいけれど、僕がこの家に住んでいると言う理由付けのために服を借りる。身長はそれほど変わらないけれど、ハリーはちゃんと身体を鍛えているから。 スーツは2セットだけ。パーティーや公式の場には着て行くそうだけれど……僕がハリーのスーツ姿を見たことはない、いつもラフなトレーナーとジーパン。きっととてもかっこいいのだろうけど。 棚には優勝カップ。ハリーが入ってすぐに優勝した時のもの。記念写真も一緒に。 写真が楽しそうに笑っている。 肩を抱き合ったり、小突きあったりして、この写真は知っている。クィディッチの雑誌に掲載された。まだ取ってあるんだ。 僕は学生のころ少しやったこともあるせいか、クィディッチが好きで、夢中になっているし、その中でも大好きなチーム。そして、その中でも一番大好きな選手、ハリー。 僕を忌々しい家から解いてくれたのもハリーで、学生のころは嫌いだと思っていたけれど、実際一番気になっていたのもハリー。 今一番大好きな人。 ずっと昔から、僕の中心はお前なんだよ、ハリー。 嬉しそうに、ハリーとハリーのチームメイトは、笑って、抱き合って……。 写真は、羨ましい。 ずっとこの幸せの時間のままなんだ。 ハリーはあまり写真に写るのが好きじゃないし、僕も差し当たって写ることを必要としていなかったため、僕達の写真はない。子供の頃は家族の写真も何枚かあったけれど……もうそれも残っていない。ここで僕がいなくなれば、僕はどこにも残らない。 ハリーが僕を忘れてしまう前に写真を撮っておけばよかった。きっと写真の中ではハリーは僕にキスをくれただろう。 今が不幸なわけではない。今までが幸せすぎたんだ。 抱き締めてくれるからハリーを好きなわけじゃない。キスをくれるからハリーが好きなわけじゃない。僕が勝手にハリーを好きなだけ。 こうやってハリーのそばにいることができるんだ。 ずっと一人だったんだし。 ずっと一人でいると思っていたから。 今はハリーの一番近い場所に僕がいる。僕は幸せなんだよ。 「アルバムあるけど見る?」 「写真、嫌いじゃなかったか?」 「新聞とかはね。僕は見せ物じゃないって思うから。でも友達とかと撮るのは思い出を残すから、けっこう好きだよ」 「知らなかったな、それは」 ハリーは写真嫌いで有名だから、僕はずっとハリーが写真を嫌いだと思っていた。だけど、飾られている写真は、とても楽しそうにハリーは笑っていたから……。一緒に移っている奴に、少なからず僕は嫉妬を覚える。 「今度一緒に撮ろうよ」 撮ったら、その時の僕の思いが写真に残るだろう? 僕はお前が愛しい気持ちでいっぱいなんだよ。写真の僕まで僕は自分を押さえていられるか、心配だから。 「すまないが、写真は苦手なんだ」 「………そう、残念。ニコラスは美人だから、勿体ないな」 ハリーは、いつも僕を褒めてくれた。再会してから、僕が目が見えなくてハリーをニコラスだと思っていた時からずっと。 ハリーは、僕の顔を好きだと言ってくれていた。よく、僕の顔に触れたし、何もしていない時は、気がつくとハリーは僕の顔を見ていた。僕はいつもハリーの視線に気付いていたけれど、少し恥ずかしくて、そして嬉しくて、いつも気がついていないふりをした。 『ドラコって本当美人だよね、僕ドラコの顔好きだな』 『学生の頃は嫌いだっただろう?』 『……まあ』 学生の頃は、本当に啀み合っていたから。僕もハリーを嫌いだと思っていたから、それ相応の態度を示していた。もちろんお互い様なのだけれど。 ただ思い返して見れば、こっちを見て欲しかっただけという幼稚な手段だったような気がするし、きっとそうだった。 『でも、喧嘩してなかったらきっと好きだったと思うよ』 『どうだか』 僕が機嫌が悪そうにしていたから、少し拗ねていたのも事実だけれど、そうするとハリーが抱き締めてくれるのを知っていた。学生のころのことはあまり思い出したくない。恥ずかしいし、その頃の自分をあまり好きにはなれない。素直になれない自分は、情けなくも恥ずかしい。今でもそれほど変わったわけではないのだけれど。 だから、僕は少し怒ったふうを装った。 そうするとハリーは僕を抱き締めて、僕の頬に頬擦りしてくれた。 『なんだよ、暑苦しいな』 『ドラコのほっぺたすべすべで気持ちいい』 『ハリー、髭が伸びてるぞ、痛い』 『ドラコー』 『もし僕が怪我をしたりして、顔がぐちゃぐちゃになったらハリーは僕を嫌いになるのか?』 あまりにも僕の顔が好きだとばかり言うから。 少し心配になった。もし僕がこの外見じゃなかったら、ハリーは僕を見なかったんじゃないだろうかと思って。 『させないよ。ドラコが少しでも傷ついたら僕が全力で治すし、ドラコを傷つける奴がいたら僕が許さないから』 ……そういう事を聞きたかったわけではないのだが……。文句を言おうとしたけど、でも、そう言ってくれるハリーが嬉しくて。 僕を好きだと思ってくれている、ハリーが、僕はとても愛おしくて。 「外見について言われるのも苦手なんだ、すまない」 思い出してしまうから。 好きだと……言われたくなってしまうから。 「そうなの?」 「ああ」 「ごめんね、気をつけるよ」 ハリーは棚の上から、アルバムを出すと僕の前に広げてくれた。 クィディッチのチームメイトとの写真が多かったけれど。 「あ、こいつは別のチームだけど、ニコラスって名前なんだ」 ハリーが指したのは背の高いいかにもスポーツマンみたいな男。 僕が目が見えなくて、ハリーが僕にニコラスと名乗っていたから、少し興味を持ってはいたが……何度か写真で見たことがある。背が高くて、顔がいいので人気がある選手なのだそうだが、気になって試合を見たことがあるが、力押しで来るばかりで戦略的にはまだまだの選手だ。それほどチェックはしていない。 それに、やっぱりハリーの方がかっこいい。ずっと僕はハリーが一番好きなんだ。 「これは、僕が学生の頃からの親友」 ハリーがページをめくると見知った顔がいた。 ……ウィーズリーとグレンジャー。二人の腕には小さな子供。生まれたばかりのようだ。 「こっちがね、ロンて言って、こっちがハーマイオニー」 二人が結婚したという話はハリーから聞いていた。 幸せそうな、写真。グレンジャーが子供にキスをして、長身のウィーズリーはその肩を抱き寄せていた。 幸せそう。 見ているだけでこっちの顔も綻んで来るような。 「いいなぁ……」 ハリーが、そう、言ったんだ。 羨ましい。 きっと誰もがそう思うような写真。 ああ、そうだね。 ハリーは、子供が欲しいんだ。ハリーは、家族が欲しいんだ。 そんな事くらい知っている。 僕は、叶えてあげられない。 君の隣りにいたいんだ。 ハリーには幸せになって欲しいんだ。 矛盾している。 どうすれば良いかなんてわかっている。 ハリーがアルバムをめくって、僕に話しかけてくれる。その時の思い出と一緒に。聞いたことがあった話もあったし、初めて知るハリーもいたから。 隣りにハリーがいてくれる。 並んで座っているから、時々肩が触れる。 ハリーの体温が好き。 暖かくて。 ハリー、ハリー! 僕の全身で叫んでいるんだ。 ハリーが好きなんだ! 070604 → |