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 彼とその取り巻きが、僕の方を見てニヤニヤと意地の悪い笑顔で僕を指して笑っている。
 彼が机の上に腰を掛けて、その周囲に四、五人を集めて僕を見下すようにして見てくれている。

 さっきの授業で減点された事だろうか。宿題をレポート五枚だった所を間違えて三枚と記憶していたせいで減点された。出来は悪くなかったと思うのだが……。
 それともクィディッチの練習中に珍しく箒から落ちてしまった事だろうか。幸い地面すれすれの場所を滑空していたせいで、裂傷はひどいが、打撲はほとんどなく、ひりひりと痛む程度だ。
 それとも……。
 僕は日々の出来事を思い出す。思い当たる節はいくらでもある。僕が気付かないような些細なことまで彼はしっかり僕を見てくれているから……。


 鬱陶しい。
 僕はそんな表情を作る。


 彼が僕を気にしてくれている事に喜びなどを感じてはならないのだから。
 僕を見てくれている彼の瞳を意識してはならない。

 彼は僕を見て笑っているから、僕はあからさまに顔をしかめた。

 僕が君を意識している。
 それを伝えるため。
 最近、今まで出来ていた顔の作り方が上手く出来なくなってきたんだ。どうやて君を鬱陶しく思えばいいのかわからなくなってきてしまったんだよ。僕は今うまく出来ているかな。

 できる限り僕は彼を見ないように、頬杖をついて、窓の外を見る。それでも、視界の端に君を捕らえているのだけれど。
 君は僕が顔をしかめたり、いらついた素振りを見せるような、そんな反応なんか要らないのだろうけれど。ただ、迷惑だと感じなくてはならないのだろうけれど。だから、僕は無反応であった方が君は安心するのだろうけれど。僕と、君との間に何の絆もないと証明して見せた方が、きっと君は安心する。

 でも、せめて僕は君を見ていたい、それを伝えたくて僕は溜め息をつく。本当は、伝えることだって……君とっては僕への失望の対象なんだろうけれど。




「最近、ひどいよね」

 僕の親友が顔をしかめて、彼を睨み付けていた。


 最近、特に彼からの攻撃がひどくなっている事に気付いている。
 わかっているよ。
 僕が失敗したんだ。

 君も失敗した。


 あの間違いを糾弾するため、彼は最近僕に対してきつく当たる。
 軌道修正しなくてはならない。だから、彼は僕を嫌いだと言う表現をする。僕もそれに便乗して、彼と敵対関係を作る。僕が嫌がる事を彼は律儀に覚えていて、僕に卑下た視線を周囲に送らせる。



 この前は失敗した。
 どうしても気持ちを押さえることができなかった。彼もそれを理解している。
 僕が引きずられたのか、彼が引きずられたのか分からないけれど、それでも隠さなければならない感情を発露させてしまった。隠していれば良いわけではない、それは抹消しなければいけない感情。本当は、そんなものあってはならない。






 知られてはならないのに。
 君だけには、特に……。

 本当は、気がついているんだ。





 もう、無理なんじゃない? 君だって……。







 彼は常に中心で、常にただ一人だ。周囲に何重の輪を作ろうと、彼は常に一人でいた。それを彼は寂しいと感じた事はないだろうし、喜びも感じないだろう。それが当然だから。何もその事についての感慨は無いはずだ。
 彼が一言か二言喋り、周囲がそれに同調して笑い出したり憤慨したりする。彼に対しての下心を多く含むその表現に親友達はあからさまに嫌な顔をするが、僕は苦笑してしまう、彼の魅力にとりつかれてしまったら彼の機嫌を取ることばかりを考えるのだから。あいつらもきっと僕と近い想いを抱いている。
 ただ、僕の方がもっと深くてずっと重い。


 また、僕に向かっての笑い声が上がる。
 僕は見ないふりをした。視界の隅に、明るい金髪が動く。焦点を合わせないようにしながら、けれどそこだけに意識が持っていかれる。








「何なんだよ、マルフォイの奴!」


 親友はわかりやすい表情で、自分ではなく他人を馬鹿にされたことに対して憤慨している。ありがとう。
 僕には親友達がいて、彼らは僕をとても大切にしてくれるから、僕も親友を思い付く限りの我が儘を持って大事にしている。何も言わないまでも甘えることができるのは心地がよい。

 彼にはそれがいない。

 彼に甘えられたいと思っているのは僕を含めていくらでもいるけれど、彼は他人に甘えられるように作られてはいない、そういう生まれだから。彼はそれを誇りとしているし、それが当然だと思っているし、そうするようには出来ていない。無くしたらきっと壊れてしまう。


「大丈夫だよ、ロン」
 僕は親友を窘める。

 ――邪魔しないでよ。

 そう、言うことはできない。そんなことは言えない。言ってしまったらどうやって彼の耳に入るか分からない。
 本当は恥も外聞もプライドも全部どうでもいい。この想いを誰に知られても構わない。世界中から罵られる事は怖くはない。ただ彼に失望されることだけが怖い。


 邪魔しないでよ。

 知ってる? 彼が気にする相手は僕だけなんだよ。
 彼は僕以外誰のこともどうだって良いんだ。良く思われることも嫌われることも、崇拝されることも憎悪されることすら、彼には眉を少し動かし程度の感慨しか持っていないことを知っている? ロンにだって、僕と一緒にいない時はわざわざ彼から話しかけて来たりしないでしょう?
 僕の事だけは、ああやって僕が覚えていないような事まで把握していてくれることを知ってる?


 僕だけなんだ。

 それが心地良い。僕だけの特権。


「ちょっと、僕言い返して来るよ」

 ロンが憤慨した顔付きで彼とその取り巻きに抗議しに行く様子を僕は羨ましく感じた。
 何にも気にせずに、彼に話しかけることができるんだ。
 何の蟠りもなく、彼に怒りを表現して彼に話しかけることができる親友を、僕はすごいとも思ったし、同時に羨ましくもあった。

 彼の魅力に気付かないことは幸福だ。僕は気付いてしまった。気付いてしまったことをもはや後悔などできない所まで来ている。ずっとこの気持ちを抱えていたのに、僕はどうしてずっと我慢することができていたのだろう。

 ……理由などわかっているけれど。


 彼が僕にした仕打ちを理解しているのだけれど。








「何なんだよ、言いたいことがあるなら直接言えばいいじゃないか」
 親友の声に耳を塞ぎたくなる。言いたいことなんか理解しているんだ。邪魔しないでよ。

 僕は教科書をまとめる。今日の授業はこれで終わりだから、急がなくてもいい。

「ロン、そんな奴のことは放っといて、もう行こうよ。図書室のいい席が無くなっちゃうよ」

 僕が彼の取り巻きに集中攻撃にあっていることに助け船を出したように見せて、僕は彼と話をしている親友を止める。僕だって気軽に話しかけられないんだから。ロンばっかりずるいよ。彼に近づくことが出来る相手は、それがどんな相手でも僕の嫉妬の対象なんだよ。僕は、気軽に彼に話すことなんて出来ないから……そんな風に話したら、心まで見せてしまいそうだから。


「ハリー! だってこいつ……」
「行くよ」

 意地の悪そうな笑顔を浮かべる彼に、僕は一瞥だけを送った。温度は冷えたものに出来ていただろうか……。

 彼も僕の視線を受けて、嘲るように少しだけ顎を持ち上げた。




「英雄殿はたいそうお忙しいようで」
「君と違って友達が多いからね」
「そうやって足を引っ張り合うことが友情と言うのか?」
「君にはそう見えるのかもしれないね。心を許せる奴なんかいないんでしょう、どうせ」
「………」
「可哀想だね」



 彼が、すっと目を細めた。唇が、綺麗な形に持ち上がる。想わず唾液を飲み込んでしまいそうになるような、凍りつくような綺麗な笑顔。
 誰もこの意味に気付かないだろう。彼が傷つけられた時に彼はこの綺麗な笑顔を見せてくれる。僕はこの笑顔を見たくて彼が傷つく言葉を探す。
 僕がうまく出来た時にくれる彼からの褒美のようなものだ。



 彼がつまらなそうな顔をして、机から降りた。
 話は終わりだと、その態度が告げている。

 待ってよ、僕はまだ君の近くにいたいんだ。

 そんなことを言えないことぐらいはわかっている。


 僕は彼の後ろ姿を見送った。ぞろぞろとスリザリンの生徒が彼の背を追いかけた。


 僕だって、ついて行けるものであれば、ついて行きたかった。

 君の側にいたい。













 この関係になってから、もうそろそろ半年になる。
 無理なんだよ。
 どうやっても、僕は君への気持ちを押さえることなんか出来ないんだ。


 もう、そろそろ限界が近いんだ。























何だかいまいち良くわからない話ですみません。
最後まで読めばきっとわかると思います。きっと……たぶん……もしかしたら……どうだろう。
20話以内には終ります。それまではタラタラと雰囲気を楽しんでいただきたいと思います。
いや、最後まで読んでも結局雰囲気以外楽しめないかも……というか、楽しめるのか、この話????
070414