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 僕達は二人きりになれる時間を多く持った。


 二人きりになると、彼は視線で僕を誘い、僕は彼のその望みを叶えた。彼がして欲しがることは何でもしたかったし、彼がそれを望む以上に僕がそうしたかった。

 身体を重ねることにも何の抵抗も無かった。
 彼の身体は高級品で彼の顔と同じように白くて整っていた。触れれば柔らかな息を洩らしたし、達すれば身体は綺麗な朱に染まった。
 彼に触れたいという欲求はあったけれど、それをすれば嫌われるのではないかと考えると僕は触れることができないでいた。僕は犬のように彼にじゃれ付くのが精一杯だったのに。
 初めての時は、彼が苦笑して、いいよ、とだけ言ったので、僕は恐る恐る彼に触れた。その時に僕は彼に欲望を抱いていた事がわかった。僕は熱っぽいまなざしを彼に向けていたのだろう。
 僕に抱かれると僕が求めれば求めるだけ与えてくれた。僕が触れても良いのか躊躇していると彼から僕に触れてきた。
 彼も僕も他人との接触が著しくない生い立ちだから、すぐにその行為に溺れた。気持ちが良いというだけでは、説明がつかなかった。始めのうちは彼は僕を受け入れる度に体調を崩したりしたが、それでも僕達は求める事をやめなかった。
 彼がいないと僕は干上がってしまう。


 僕達の利害は完全に一致していた。

 僕は彼に尽くして優しくして彼が喜ぶことが嬉しかったし、彼は甘えることが好きだった。彼にとって僕はこの世でただ一人それが出来る対象だった。
 僕もそれを快く思い、彼に甘えられることが僕だけの特権でそれはとても嬉しいことだった。

 彼が僕を必要とするよりも僕が彼を求める気持ちの方が強いだろう、そう思うこともあったが、ただ彼のそばにいることができれば僕は嬉しかった。
 彼も僕を必要としてくれていた。
 それは僕が彼と唯一対等な立場にあるから、そんな理由からかもしれないが、彼が僕自身を……僕という人格を見てくれていないのかもしれないが、それでも僕は僕を側に置いてくれることが嬉しかった。別に彼が僕のどの部分を見ていようとそれはどうでもいい、一番近くにいるのが僕だという事実は変わらないのだから。

 彼は僕の前では良く泣いた。僕は彼から零れるのが惜しくて、彼の目蓋を犬のように舐めた。



 不思議と歪んでいるとは思わなかった。僕達はそれでも純粋だったから。



 彼以外僕は何も必要としていないくらい僕は彼を愛した。彼も僕に愛を語った。

 ただ、僕が成り立つ要素は復讐という狂気に近い感情だし、彼が逆らうことのできない数少ない恐怖も彼から拭い去ることはできなかった。




 彼は僕の胸で良く泣いた。
 お互い口に出したことは一度も無かったが、それでも理由はわかっていた。僕は気付かないふりをして、泣かないでと声をかけて彼の身体を抱き締めた。



 僕達は決して許し合うことはない間柄で、それを理解しながらなお僕は彼が愛しかった。










 いつも空き教室に行くと彼はいつものようにソファの上に寝転んで本を読んでる。その様子を僕は彼の興味が僕に向くまでただ見ている。本を読みながら考え込んだりする彼の顔を見ているのは飽きなかった。
 触れ合うことが一番好きだけれど、同じ空間にいると思うだけでも僕は幸せになれた。
「お前はもっと僕を求めても良いんだ」
 彼はそう言ってくれたけれど、僕は彼の言うことを聞くのが好きだった。彼が許可しない限り、僕は彼に触るのすら躊躇われた。汚してしまうような気がしたから。それでも僕なんかではそれでも彼はちっとも汚れたりはしなかった。















 その日は、僕が二人で使っている空き教室に入ると途端に彼が僕にしがみついてきた。
「どうしたの?」

 彼は問い掛けも無視して僕の唇に噛み付いた。
 深いキスを繰り返す。
 彼は僕が彼に直に触れるだけで高ぶることを知っている。キスをしながら服を脱がせる。僕は彼が愛しくて、彼を全身で求めているから、彼からの許しが出ると押さえが効かなくなる。優しくしたいと思うのに。


 僕は彼の身体を組み敷いて、何度もその熱をぶつける。彼は悲鳴のような嬌声を上げて僕を受け入れてくれる。
 僕は彼の身体を知り尽くしていて、どこが気持ちが良いのか、どこに触れると彼がどんな声を上げて悦ぶのかを僕は知り尽くしていた。

 僕がようやく満足をして行為が終わる頃には彼はぐったりとして動けなくなり、僕はその身体を綺麗にするのも好きだった。




 いつものようにソファの上でぐったりとしている彼を清めようとした。ソファの中に沈んでいきそうな細く白い身体は、僕にされるがままに扱われる。それが嬉しかった。


「ハリー、僕を抱き締めて」

 そう、言うから、僕は何も言わずに彼を抱き締めた。
 身体は細くていつも折れてしまいそうだと思っている。それでも僕は彼に触れると理性が飛びそうになるのを堪えることで精一杯だ。
 彼が愛しくて、抱き締めたまま僕は彼を取り込んでしまいたい衝動に駆られ、つい力を入れてしまう。


 こうやって彼が甘えて来る時は、彼が弱くなっている時ばかりなのだが、そのまま泣き始めることばかりだったのだが。いつもはどんなに機嫌が良くても、僕達が笑い合ってじゃれあっていてもどんなに強く抱き締めている最中でも、彼がこの言葉を言うと、彼は決まって泣き出していたのに。
 この言葉は、彼が泣く前の合図のような物だった。
 彼は僕の腕の中でしか泣かない。そう、決めてくれたようだった。

 今回は、それでも彼は気持の良さそうな吐息を漏らしただけだった。
 泣くつもりではないようだ。

 いつもと何かが違う。そんな気配を感じていた。何か……何か嫌な予感がする。


「お前は死ぬなよ」



 この彼の声はいつもと同じように僕に甘える時のもの。鼻にかかったような、甘ったるい声。僕だけにしか聞かせない柔らかな声。

「ドラコが死ぬまでは僕は死なないよ」

 それは、僕の決意だった。彼が生きている限り、ただ一つを除いて僕は彼の望みを叶え続けようと、そう決めていた。
 僕は闇に負ける気はないし、そして彼を守る。
 相反していることはわかっていた。



「お前は死んではならない」


 彼の言葉は命令形だった。
 僕は君が死ぬまで死なないよ。
 それも相反している。そんなことはわかっている。


「お前はきっと生き残るだろうね」
 彼は僕の髪を撫でて、柔らかい口調で言った。きっと僕は勝つだろう。勝とか負けるとかで考えたことはない。ただ僕を不幸な境遇に追いやった元凶を殺してしまいたいだけ。きっとそれは成功するだろう。年々強くなって来ている自分の魔力を理解している。死ぬことは恐怖でない。あいつを殺せない事の方が恐ろしい。



「お前が勝たなくては駄目だ」
「僕が勝ってドラコを守るよ」

 それは僕の決意なのに。彼のためであれば僕は命を懸けることができる。復讐は、しなければならないことであり命を懸けるものではない。そんなことで死ぬつもりなんかはない。



「もし僕がお前を殺しにやって来てもお前は死んではならないよ」
「……ドラコ?」

 彼の雰囲気がいつもと違うことはわかった。だが、僕が彼を求める気持ちと彼の僕の必要性はほとんど拮抗していたから。彼が僕を手放すことはないと信じていた。それはもはや確信だった。






「ハリー、この部屋に結界を張ってくれ。念入りにな」


 彼がそう言ったので、僕は彼の命じるままに杖を振るう。
 これでこの部屋の内部は完全にここだけの世界になった。彼は僕に教科書では教えないような複雑な呪文も教えてくれた。この魔法もそうだった。防衛術に関しても彼は詳しかったが、それ以上に攻撃魔法を色々教えてくれた。

 魔法をかけると天井から少しずつ黄色いヴェールが降りてきて、世界の彩度を少しだけ黄色に変えた。


 僕が張った結界を彼は目で確かめるようにぐるりと見回すと、軽くありがとうと言った。彼が満足の行くものができたのだろう。

 彼は僕の手を借りず身体を起こす。ソファの背にになんとかも体重を預けて、
 白い肌にさっき僕がつけた痕が紅く幾つも散っていた。彼がもし僕のものにならなくても、彼がせめて僕以外に身体を許さなければ良い。




 彼が口の中で何かを呟いた。






 その途端に僕の額の傷が疼き出す。




 ざわりと血液が煮えて来る。

 耳鳴りがする。ガンガンと、頭の中をハンマーで殴りつけるようなそんな、音。頭痛とともに襲われる。
 冷や汗が、身体中から噴出す。





 この、感覚は……。


 僕は知っている。鳥肌が立って髪が逆立つような。嫌な。






 僕は額を押さえて蹲る。痛かった。何で今……。

 この感覚は、僕の腹のそこの闇を具現化してくる。僕の復讐心を駆り立て、僕を凶暴化させる。









「僕を見て、ハリー」

 ひどい耳鳴りの中、現実感の伴わない彼の声がようやく聞こえる。
 意味は、理解していなかったけれど、

 そう言うから、僕は顔を上げて彼を見た。





 嫌な予感がしたので見たくなかったけれど、彼が見て欲しいと言うから。



 だから、顔を上げた。




「ああ……」




 彼の胸、心臓の辺り。

 僕の心臓は張り裂けてしまうかと思った。



 忌々しい髑髏の模様が浮かび上がっている。そこから発せられる強い魔力。コールタールのような闇が見えて来るような魔力。










 僕と君とを決別させるための………。

 彼の身体にそれは刻まれていた。





「ドラコ………何で!」

 何で……。

 目から涙が溢れてきていた。
 視界が霞む。
 強い憎悪に囚われる。

 目の前にいるのはドラコなのに。

 彼を抱き締めたくても、それがあるせいで近付けない。間違えて殺してしまうかもしれない。



 抱き締めることができない僕はその代りに、床に拳を叩き付けた。

 何度も。
 拳を、床に振り下ろす。そうでもしなければ僕の正気を保っていられない。




 痛みは感じなかった。
 手が痛むことぐらい、どうってことない。





「なんで、ドラコ!」

 僕はドラコの顔を見ることができなくなり、下を向いて、それでも床を殴る拳は止まらない。こうでもしていないと狂気に飲み込まれてしまいそうだったから。
 痛みは、少しは僕をここに留めた。




「ハリー、すまない………」








 僕は、答えることができなかった。


 彼の心臓ごと、あの髑髏を彼から引き離してしまいそうだった。
































色々ほっといてください。捏造激しいって言ったよね?
070427