13
僕達は、誰も知らないけれど、愛し合う仲だった。僕達以外は誰も知らない。巧妙にその事実は伏せているから。もし明るみに出したとしても誰も信じないだろう。
誰も知らなくてもいい。祝福されたいわけでもない。
最初からお互いがひどく気になる存在だった。
惹かれているのは解る。誰よりも僕はドラコの存在を意識していた。それはドラコも同じだったのだと思う。誰よりも彼からの視線を意識して感じていた。誰のものよりも彼からの視線が強かった。
好きだなんて思わなかった。そんな感情が僕に存在しているとも思わなかった。それは自分を知らなかっただけだ。知ろうとも思わなかった。自分を意識したくなかった。見たくもなかった。笑えば笑うほど、僕の中の暗い部分は増殖した。そんな僕は見たくなかったけれど、在ったのは事実。
ただ、恋とは違う物なのだろう。友人たちが浮かれて喋っている事象とは、異質なもののように感じていたから。
それでも彼を意識すればするほど僕はそれを嫌悪だと思い込んだ。
ある瞬間から綺麗だと思った。
一番最初は彼が一人で木陰に座り、本を読んでいた時だろう。僕は彼から目を逸らせずにその様子をただじっとみつめていた。存在に気がつけば傷を付ける事ができそうな言葉を選んで叩きつけ、彼からの憎しみのこもった視線を受け取る僕達の暗黙の常識があったのに、僕はその日常から逸脱した行動を取った。彼を憎しみ嫌悪もなく見つめるだなんておかしいと、思った。それでも、彼の張り付いた無表情を剥いだ素顔は本当に綺麗だった。
二回目は窓の桟に肘をついてぼんやりと彼が外を眺めていた、その時も僕は彼から目を離す事ができず、彼をただ見つめていた。動けなくなった。見ていることだけで、腹の底にドロドロと重いものをため込んだ自分までもが綺麗になれるような気がした。それは本当に不思議な気分だった。
彼の回りの時間だけ凍り付いてしまったような冷たい透明度を持ち、その中に僕も巻き込まれてしまった。僕は彼がやがて動き出すまで、ただその横顔をじっと見つめていた。
それから、僕は気付かれないように彼を盗み見ることが習慣になった。その頃には僕はもうすっかり彼に惹かれている自分を知っていた。ただ理解していてもそれを認めたくないだけで……。彼に視線が行く理由付けはしなかった。それをしてしまえば、戻れなくなると、それを理解していたから。
彼が一人でいる時、一人でいて、僕の存在を気付かない時、そんな時は僕は彼を見つめた。
彼のその価値に気付かないで居られたらどんなに幸せだったのだろうと、その時から思っていた。気付いてしまったのだから……もう遅い。
手に入れたら、この手に触れるだけで、きっと僕の内側が許されるような気がしたんだ。
何をしていても頭に浮かぶのは彼のことばかりだった。親友達とふざけ合って笑い合っても心はどこか空虚なままだった。
内部の空洞はもともと僕の中にあったものだ。僕はあの従兄弟の家で育てられて虐待とも言える仕打ちを受けて育てられている間は心が凍っていたのだと思う。そしてこの魔法界に来てから動き出した。凍った心が溶解すると、出てきたのはどろどろと重く苦い復讐することができる喜びと……親友達にはいまだ言うことができないような負の感情ばかりで。これからも言うことはできない。友人には僕の汚い部分を見せたくないんだ。親友たちも彼とは違った意味でまた綺麗な存在だったから、僕の汚れた中味を見せたくはないし、同情で泣かれたくもなかった。
親友達には感謝をしている。僕をここにいてもいいと、僕の存在を認めてくれている。けれども、彼らは僕を決して理解することはないだろうと頭のどこかで理解していた。
彼は……僕を理解しないかもしれない。しようなんて思うことはないだろう。他人に対して何か利益がある事をする必要がないからだ。ただそこに存在することだけで、彼はきっと神にも認められていた。
それでも、もし彼に僕を許して貰えることができたら……。そう考えていたのかもしれない。
彼なら、僕の汚れた部分を受け入れても僕に染まる事はないだろうから。友人たちが、白い色だとすると、彼は僕にとっては光のように見えていたのかもしれない。
「何の用だ」
突然彼は僕に冷たい声を放った。
僕は彼に気付かれていないと思っていたのでひどく驚いた記憶がある。
その時は夕焼けが綺麗に見える廊下で、周囲には誰もいなかった。赤い世界、世界はコントラストを最高潮にし、僕達はその色の中に埋没してしまいそうになりながら、お互い見つめあった。
僕が彼を見つめていたのはどのくらいの時間だっただろうか。突然溜め息を吐いた彼が僕に向き直ったのだ。
「最近僕をじろじろと……、何の用だと訊いている」
彼の声音は普段冷たい色をしていたが……世界が赤いせいだろうか。何故か調子が狂う。
彼の声は柔らかく、包み込まれるような錯覚をしてしまう。
彼は圧倒的な存在感を持っていた。
誰しもがその前に膝を折るような、崇高で気高い香りを放っていた。
ずっとそれを認めたくは無かった。彼が遠い存在になってしまうようで。彼と違い僕はただ親を殺され僕を不幸な境遇に貶めた相手に復讐をしたいだけで、それがこの世界を脅かす存在だっただけのことで、僕は誰とも変わらない普通の存在だ。ただ少しだけ他人よりも魔力が強いだけで……。
彼は生まれながらにして上に立つ者だから。
その格差。
僕は気付いていた。
彼がいつも唱える純血主義は理解するものでは無く、感じるものだと言うことを。このホグワーツでは校長の平等思想に合わせて彼も他の生徒と同等に扱われていたが、それでも彼は見るからに格が違った。
時々は僕や闇の長のようにマグルの血が入っても隔世的にその力が遺伝してくることもあるが、基本的に魔力は遺伝する。そして魔力によって階級が決まるのも当たり前のような気もした。
「……僕は…」
実際、僕は彼に対して何をしようと思っていたのだろう。
何を、言おうと思ったのだろう。
最近君だって一人でいる事が多いじゃないのか? わざと僕を誘い込んでいたのでしょう? そんな言葉を、気付かれた時のために用意していた、そんな自分は浅はかだったとしか言いようがない。言葉が、出ない。
そんな言葉はこの空間を汚すだけだ。壊してしまう。
彼を好きなのだろうか。そう言われれば確かにその通りなのだが、好きだと言う言葉には、敗北感を喜びと感じるような意味合いは含まれていない気もする。そんな陳腐なものでもない。
彼が欲しい。気持ちを手に入れたい。そう望んでいるのだろうか。
ただ彼の視線よりも僕は彼を見ていたい。
不思議な気分だった。
「ねえ、僕はどうすればいい?」
僕は彼の前に歩みを進め、そして彼の前で片膝を付いていた。
彼の許しが欲しかった。
彼に触れても良い、その許しを。
「……ポッター」
彼の声は優しかった。
ふと、彼が僕の頬に手を伸ばす。
ひんやりとしたその指先は予想通りだったが、触れられた時のその衝撃は想像以上だった。
彼が僕に触れた。
僕の神経は彼の指先に集中する。僕の神経は彼が触れているその部分だけになってしまったかのような錯覚。
僕は、理解した。
それは柔らかな感情ではなかった。
もっと狂おしく求めるもの。
僕は僕に触れている彼の手を取って、その冷たく細い手の甲にキスを落とした。何度も、唇を押しつけるように、僕の気持ちのその僅かでも伝わればいいと思って……彼の指先、手の平、手首に僕は余すところ無くキスをした。唇からではきっと彼の手の皮膚を通じてでも僕の気持の100分の1も伝わらないだろう。僕は、もっとなんだから。
それに気がついて欲しくて……彼の手に僕はキスを降らせた。
――最上の気持ちを君に捧げる。
「……ポッター」
彼が、僕の名前を呼んだ。
今まででも僕は何度となく彼に呼ばれたはずなのに、彼の声で僕を呼ばれる事がこれほど心地が良いと言う事を僕は初めて気がついた。
僕は彼の望みであれば総て叶えてあげたい。彼が望む事を僕は実現しよう。
「お前は、僕と同じ高さにいろ」
彼の言葉は命令形だったが、けれど実際には彼の声は柔らかく、それでいてどこか懇願する響きも含まれていたので、僕は驚いて彼を見た。
彼は、泣いていた。
表情は蕩けそうに柔らかなものだったが、それでも彼の双眸からは涙が溢れていた。
「お前だけは僕の下にいてはならない」
そう、言いながら彼は膝を床について僕の視線と高さを合わせた。
彼が、誰かの為に膝をつく事などあるのだろうかと思っていたが……。
彼は僕の為に床に膝をついた。
彼の顔が僕と同じ高さにある。
彼は僕を許すことはないだろう。彼は僕に甘えることは許さないと言うのだ。そして誰にも甘える事が許されない彼は、僕に甘えることを求めている。
僕は、彼の前に膝を折った時から、ついさっきから僕には彼の望みを総て叶える義務が生まれた。だから、彼が甘えたいのであれば僕はそれを叶えなくてはならない。
彼は一人で高い位置にいた。彼の同列は存在するはずが無かった。
彼はその為に強くなければならない。
それでも、僕なら……。
僕ならば彼と対等に並ぶに相応しかった。どうにも彼の主と僕が同列として扱われているのだから。
彼が闇の陣営であることはその時の僕も知っていた。知っていたというよりも、感じていた。彼が仰ぐ対象と僕の復讐の対象は同じだった。
僕達は同じ強さでその対象を想っていた。
彼は僕を同列とみなした。
僕は彼の下でも良かった。ただ、彼がそれではいけないと言ったから。
僕は、だからこうやって彼と同じ高さで彼の顔を見ることができる。
「ポッター、僕を抱き締めて……」
彼の願いは、僕は叶えなくてはならないから。
僕はそっと彼を抱き寄せた。
070425
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