12 「ここに、いると思った」 「………ハリー」 彼は、僕を見て、少しだけ笑顔を作った。 ここには使われていない空き部屋が多くあった。その中には教室として使われていたような簡素な部屋もあったが、応接室として使われていたようなソファとローテーブルが置いてあるだけの部屋もある。空き部屋はだいたい魔法で鍵がかけられていたが、解錠の呪文は単純なモノだったからすぐに使えるようになり、生徒が内密で私用に使っている部屋が多々ある。 ここもその一つだった。 僕がここを見つけて彼を連れてきた。 彼は窓の無いこの部屋の中で、ソファの上で膝を抱えるようにして、自分の存在を抱え込んでしまうように小さくなって、でもここにいた。 近付いて、彼の座る前に膝をつく。 彼は、抱えていた足を下ろして、僕を見た。 「許さなくていいよ」 僕は彼の膝に顔を埋めた。いい匂い。 彼から仄かに香水の匂いがする。彼はもともと体臭が薄く、この香水の匂いが彼のものだと錯覚してしまう。 彼が僕の頭に触れた。 僕の髪の中に細い指を差し込んで、僕の頭に直接触れた。 僕はこうやって、彼に頭を撫でられるのが好きだった。誰にもこんなことをされたことはないから。 物心付く前にはあったのかもしれないが、僕の記憶の中では彼が初めてだったから。 彼はこうやってよく僕の頭を撫でてくれた。僕がこの行為を好きだと思っていることを彼が知っていたようだ。だから、僕の頭を良く撫でてくれていた。きっと気持ちの良い顔をしているのだろう。 「許さなくていいからね」 ぼくは、もう一度そう言った。 本当は、彼に許されたい。 僕を許されれば、僕は綺麗になれる気がするんだ。 こんな真っ黒に思い塊を腹の中に押し込んでいるのに、それでもそれが洗われるような気がするんだ。 それでも許されなくて、もういい。 無理なんだ。 僕はもう限界なんだよ。 君がいるのに抱き締めることができないなんて。 「それなら……僕のことも許さなくていい」 彼が、外では決して出さないような甘ったるい鼻にかかったような声を出す。 彼が僕の頭を撫でる。細い指先が僕に触れるたびに、背筋に快感が昇る。 僕は、顔を上げて彼の顔を見た。 柔らかな蕩けそうな笑顔。僕といる時だけ彼はこの笑顔を見せてくれる。宝石のようなアイスグレーが僕を見ている。 ――吸い込まれる。 吸い込まれてしまうように、彼には強い引力があって僕はそれに巻き込まれてしまった。 僕は、伸び上がって彼の唇に自分のを重ねた。 久しぶりのキス。 ずっとこうしたかった。 ああ……。 本当はずっと、僕はこうしたかったんだ。 柔らかな感触が唇から全身に広がる。 唇を舐めると彼の息遣いが漏れる。 角度を変えて何度も僕達はその感触を確かめるようにキスを繰り返した。 触れるだけなのに、ただの接触なのに、全身に震えが走る。 久しぶりだからだろうか。それともやはり彼だからだろうか。 僕は、その緩い感触に我慢が出来なくなって、彼の口の中に僕の舌を捩じ込んだ。 彼はすんなりと受け入れてくれて、僕の舌を暖かく滑った舌で迎え入れてくれた。 君だってずっとこうしたかったんだろう? 君だって僕に抱き締められたかったはずだ、僕にキスをされたかったはずだ。 僕といる時ぐらいは、君は全部忘れて甘えてもいいんだよ。 僕が唇を滑らせると、彼の唇から湿った吐息が溢れた。 やっぱり、君だって……。 「やっぱり無理なんだよ」 「無理なんだろうな……」 無理なんだよ。 彼がマルフォイであるのと同じように、僕がこの世界では英雄であると同じように、僕達が求め合うのは逃れられないんだ。 諦めようだなんて、嫌悪し合う仲になろうだなんて無理なんだよ。 彼は自分から動かない。家を裏切る気もないだろうし、逆らう気もない。僕も復讐を諦める気なんてない。 僕達はいつかは敵同士になるんだ。 わかっているんだ。 それなのに。 僕達は求め合う事を止められない。 額を合わせて僕達はお互いの瞳を覗き込む。 愛しくて、おかしくなりそうなんだよ。 彼の淡い色合いをした瞳から、涙が溢れて来る。 今感じ合える幸せではなく、いつかくる絶望のため。 「ねえ、あの薬はもうないの?」 「無駄だ。一人に対しての効果は一度きりだ」 「やって見なければわからないよ」 「もう、試したんだ……」 彼の瞳から涙が溢れる。 「おまえを……愛している」 僕も視界がぼけてきた。泣きたくなんてないんだ。君がよく見えなくなってしまうから。 泣きたくなんてないのに。 「ドラコ……」 苦しくて……。 070422 → |