近距離走 4
いい加減に、そろそろ、本気でまずいと思う。 本当に僕は一体どうにかなってしまったのだろうか……。 寝ても覚めても僕の天敵の事ばかりを考えてしまうのだ。 すっかり忘れようとしてもどうしても大広間で朝夕は会う。朝夕食事をせずに生きていかれるほど僕の成長期は半端じゃない。 見ないようにしよう! そう思っても、彼のみごとなプラチナブロンドは視界の端に入れば嫌でも目立つ。なるべく意識しないように、考えないようにしていても、似たような頭にすら反応する。 何かの末期症状だ。 人間やっぱり綺麗なものが好きなんだ、って屁理屈こねる余裕すらない。 最近、思い出せばにやつくとかやっていたから、ロンが僕が機嫌が良いものだと思っていた。 最悪なんだよ。 今日の授業もマルフォイと一緒だ。 なんだか嬉しく思って顔がにやつく。 僕は一体どうしてしまったのだろう。 なんか、最近マルフォイ観察が著しいので、なんとなくマルフォイのことが判るようになってきた。 最近、どうも調子が良くないようだ。 よく咳をしているし、いつも不機嫌そうな顔はなんだか気怠げで伏せられている。 食事も食が細いと言っても限度があるだろう、三口くらい食べて溜め息をついて、僕より口に運ぶ速度は遅く、食べるよりただ食事をいたずらに切り刻んでいることの方が多い。 いつも短気だとは思っていたが、お供の二人が何かを話しかけると、三倍になってまるで子犬が威嚇するかのごとくに吠えている。八つ当たりをしているみたいだ。 やっぱりあの時に風邪をひいたのだろうか。 ちゃんと起こしてあげれば良かったのかもしれない。だいぶ、見ていたから。 「本当に、マルフォイのこと嫌いなんだね」 授業が終わったあとで、ロンがそんな感想を教えてくれた。 「え?」 「すごい怖い目付きだったよ」 「そんなに怖そうな顔してた?」 いかん、にやつく顔を引き締めているうちに、顔つきが険しくなっていたようだ。 「うん、僕がマルフォイじゃなくて君の友達で良かったよ」 「………」 そんなに怖い顔をしてたけ? 「マルフォイも、最近絡んでこなくなったじゃん。少しは反省しているんじゃない?」 ………。 最近目が合うと、びくっと身を竦ませたり、接近したから臨戦態勢に入ろうかと思うと目を伏せて僕なんかいないかのごとく斜め四十五度方向に歩き出してしまったりすることがあった。 もしや、僕の視線が思わぬ効果をもたらしてやしないか? 「ハリーのこと、怖がってるみたいだね。いい気味だ」 だから、最近マルフォイは僕の顔を見ようともしないし、口をきくのも避けているのか。 確かに何か変だと思っていた。 だけど、今まで彼のことなんか、見たくもなかったし、見てなかったし、今の僕が変な状態だからあまり気付かなかった。 あの時のマルフォイを思い出さないように、思い出してしまったら、顔に出さないようにして生活することでいっぱいいっぱいだったから。 避けられているんじゃなくて、怖がられているのか……。 なにか、ショックだ。 「でも最近、機嫌良いよね。なんかあったの?」 笑顔で誤魔化す。 今まさに落ち込んでいるところに、ロンが追い討ちをかけてくださった。アリガトウゴザイマス。 誰だって、気になる可愛い子に嫌われたら、ちょっと立ち直れない。 (……って、誰だよ、可愛い子って!) 確かに、いつもは撫で付けられている銀髪はさらさらしていて、声も高めだし、肌も白くて、顔も好みで…… (……好みって……!) 自答自問を繰り返し、自分によって窮地に追い込まれて行く。 でも、実際彼が女の子だったら、彼じゃなかったら好きになっていたかもしれない。 そのくらいには外見は認める。 ただ中身がマルフォイは嫌な奴だから。 (でも、僕のことをハリーって呼んだ) あの時のマルフォイを本当に可愛いと思ったのは、事実だ。それは否定しない。 だから、仲良くなりたいと思ったんだ。 仲良くなりたいと思っただけで、でも今までの彼は本当に嫌な奴だったから、本音が知りたかったんだ。 だから、最近見つめている事が多かった。よし、辻褄が合う。 変に思われないように気を使いすぎて逆方向に効果が向かう。 嫌われるならまだしも……それは知っているし、怖がられているのか……。 確かに、今日の授業中に視線を逸らされた時の顔は怯えととれないこともない。 怖がられているみたいだ。 あの笑顔をもう一度僕に向けて欲しいだけなのに……。 授業が終わって、僕達はいつもの通り、三人揃って並んで歩いていた。 「ハリー、最近変よね」 ハーマイオニーはいきなり核心をついた。 彼女はとても鋭い。 人をよく観察していると思う。 僕が彼女並の洞察力があれば、きっと怖がらせる前に気をつけたのだろう。まあ、だらしのない顔で変に思われるのがオチだろうが。 「なんか、すごく上機嫌だよな」 「そうかしら? 私にはちょっと変に思うけれど」 仰せのとおりだよ。 今はすごく落ち込んでいるよ。 ロンにはわからないみたいだけど、ハーマイオニーはよく見ていると思う。だから嫌な事でもすぐバレる。 「そんな風に見える?」 「ええ。ニヤニヤしたかと思えば頭をがりがり掻いたりして」 傍からはそんな風な変質者に見えるんだろうか……。 「しかも、マルフォイとなにかあったの? すごい怖い顔して睨んで」 ロンにも判るということは、ハーマイオニーだって一緒にいるんだから、当然バレてる。 ダメージが世界を暗くする。 「しかもここのところずっとじゃない。あのマルフォイが怯えたわよ。アイツじゃなかったら同情するところよ」 目の前が暗くなる。 僕は、ああとか、うんとか、適当な言葉であやふやにして濁してみた。 僕が言いたくないと言う事を察してくれたのか、それ以上はなにも言ってこなかった。言いたくないんじゃなくて、言えないんだよ。 でも、本当に良い友達を持ったと感慨深い。 ロンやハーマイオニーは、本当に好きだ。 良い奴だし。 友達甲斐が有ると思う。 「ごめんね。でも何でもないよ」 僕にはこんな良い友達がいるんだ。 あんな優しい顔もできるのに、僕の前では嫌味ばかりで、 嫌われて上等じゃないか。 あいつは口から生まれたんじゃないかと思うほど、悪口にかけては舌の動きが滑らかだ。悪口以外は聞いた事がない気もする。 いい加減に苛々してたし、せいせいする。 ちょうどいい、嫌われたなら、嫌われたで、あっちから絡んでこなくなるんだし。 「噂をすれば……」 ロンが前方に巨体二つを引き連れて歩いてくるプラチナブロンドを発見した。 ロンはあからさまに顔をしかめていたけれど。 怖がられているから。 それならそれでちょうどいいんだ。 あの時のことは僕が見た夢だ。 本当はあんなことなかった。 だから、こいつはただのお坊ちゃんで嫌な奴だ。 だから……。 マルフォイは、なんだか顔色が悪くて、いつもは白い肌に映える赤い唇なのに、今日はかさかさしていて血の気がなかった。 具合が悪そうだ。 クラッブもゴイルも僕達に攻撃的な視線を送るわけではなく、マルフォイを心配そうに見ている。 本当に具合が悪いんだ。 あからさまに具合が悪そうなのに。 マルフォイに、何かを言おうとした。 その時、 マルフォイが、いきなり今にも泣き出しそうに顔を歪めた。 (……え?) そして、 振り返って走り出した。 「マルフォイ!」 クラッブとゴイルが慌てて追いかけようとする。 「付いて来るな!」 鋭い命令で、これは誰も逆らう事ができない威厳を内包していた。 それでも、彼は走って僕から逃げて行ってしまった。 嫌われたのはわかった。 怖がられているのかもしれない。 口なんかききたくないし、顔だって見たくないのかもしれない。 今までだってそう思っていた。 それでも、 許さない。 僕は彼の後を追って走り出していた。 反応は、早かったと思う。 ロンやハーマイオニーが、僕をどう思うかとか、はっきり言ってどうでも良かった。 今はただ、僕から逃げ出した彼が許せなかった。 追いかけなければならないような気がした。 そうしないともう二度と彼のあの笑顔と会えない気がして……。 背中を追いかけた。 |