20130016 前
「あ……」 虚が、出た。 今、いいところだったのに……仕方がない。もう少しあればこの部分の刺繍は仕上がったはずだ。それに、シャワーも浴びたし、髪は勝手に乾くだろうと放っておいてるからまだ湿っているし、パジャマにも着替えているし、これが終わったら寝る予定だったから。 感覚を尖らせて虚の具体的な位置を探る。 ここから北西に500mぐらいの場所。すごく、近い。ただ、それほど強い虚ではないようだ……大丈夫かなって思ったけれど。 担当の死神は、どうにも初動が遅いから……仕方がない。もしかして、まだ気づいてもいないんじゃないか? 仕方がない。僕は滅却師の服に袖を通した。 出るか。 こんな寒い夜、風呂上がりなのに、やり掛けの作品もあったのに、あとで浦原さんに掛け合って、一体分の報酬を貰ってもいいような気がする。 ■ 飛廉脚を使い、ビルの上まで上がる……虚はすぐに見つかった。 目視できる距離に入る。 霊圧は少ないが、実際のサイズは……やたらと大きい。 トラックぐらいのサイズはありそうだ。でも、弱そうだから、一撃で仕留めるべきか。それとも……ここからだったら、人家が邪魔だ。少し壊してしまうかもしれない……それも、担当の死神が遅いせいだ。滅却してもいいのだろうか。魂葬ができればそっちの方がいいはずなんだけれど……。 死神は、まだ来ないのか!? この街は虚が多いのに、なんであんな死神しか派遣されないんだ。こんなことだったら黒崎の方がまだまともだった。初動が遅いのは同じだけれど、気づいてから到着までのスピードは早かった。陽動、攪乱、黒崎はどちらもできた。仕留めるのが黒崎であれば、僕は安心していた。黒崎が動く霊圧を感じれば、僕は人気のない場所まで誘き出す係りを安心して買っていたのに。 でも、黒崎はいない。そして、とても残念なことに、この街の担当の死神は、あまり頼りにならない。 僕が、滅却するしかないようだ。 弧雀を出して、指先に霊力を集める。そして、狙いを定めて……。 「しまっ……!」 虚が、急に動き出した。速度を上げる……それほど虚は早くはないが、どうしたんだ? もしかして、僕に気づかれていた? いや、違う。僕に、じゃない。 誰かに気づいた。どこかに霊力の強い人間が近くにいるはずだ。 アンテナを巡らすように、周囲を探る……どこだ? あそこ、だ。道を歩いている人間から強い霊力を感じた……あれは…… なんで、黒崎? 黒崎だ、間違いない。死神としての力を失ってしまってからは、僕も意識しないと気が付かない程度のものになっているけれど、あの戦いが終わってすぐは普通の人間よりも無かったけれど、元々あんなに大量の霊圧を垂れ流していたんだ。霊力自体はだいぶ回復してきている。黒崎は死神としての力は全て失ってしまったから、近くに虚がいても見ることも感じることすらできなくなっているはずだが…… 虚からしたら、黒崎の霊圧は極上のものに違いない。何しろ死神の霊力に匹敵するモノだったんだ。 それは勿論……霊子を吸収してそれを力にする滅却師の僕からしても。 僕は虚を追いかける。 追いかけながら、指先に霊子を集め、そして弧雀を放つ! シュンと音を立てて空を切る、僕の放つ矢は虚にぶつかった。 が……なんで、だ? 効かない。 いや、聞いていないはずがないけれど、今の攻撃では弱かったんだろうか。確かに虚は傷を負っている。でも、その程度で、致命傷を負わせるほどの怪我ではなかったのかもしれない。動きながらだったから、狙いが甘かったせいもあるだろうけれど。 見掛け倒しではなく、もしかして、あの虚は、装甲が厚いタイプなのだろうか。確かに、動きは早くない。重さがあるんだ、きっと。 僕の攻撃に気が付いていないはずはないのに、それでも、虚は真正面にいる黒崎に向かって速度を上げた。黒崎を吸収したら、虚の霊力はきっと跳ね上がる。僕が今傷付けた所程度ならすぐに回復してしまうだろう。 ああ、そうじゃない。 助けないと。 そうしないと、黒崎が、 もし、黒崎に何かがあったら…… どうしよう、早く、霊子を集めないと……!! それよりも早く、虚は黒崎に到達してしまう……駄目だ、攻撃している余裕はない。 「黒崎っ!!」 「わ、何! 石田?」 僕はスピードを上げて、虚が黒崎を跳ね飛ばす前に、黒崎の目の前に降り立った。 そして、弧雀の霊圧の出力を上げる。 「っ……!!」 予想以上の衝撃に、弾き飛ばされそうになった。弧雀の出力を上げて盾として防いではいるけれど、両足で踏みとどまりきれずに、数歩後ろに押された。黒崎は僕を支えてくれていたけれど……どうしよう。こんな場所にいたら、黒崎が危ない。 「石田?」 後ろから黒崎の慌てた声が聞こえた。 「悪いけど、今余裕がない」 「………あ」 どうしよう。黒崎が安全な場所に逃げるためには……それよりも先に僕が滅却できればいいのだけれど、そのためにはこのまま黒崎を庇ったままの体勢で、どうやって攻撃に持ち込むか、だ。 今は出力を上げているけれど、これを集中させて集めないと攻撃はできない。僕自身が持つ霊力はそれほど高くない。滅却師としては、周囲の霊子を自分の力に変換できる能力が必要だから、自分の霊力があればあった方がいいけれど、黒崎のように垂れ流しである必要はない。 「君は、伏せていろ」 「え? あ、ああ」 黒崎には見えていない。僕の弧雀すら見えていない。 でも、僕が何しているのかくらいは分かるだろう。 黒崎が、力を使えたら……こんな時にもし、黒崎に死神の力があれば、僕がこうやって防いでいる間に倒せたのに。 そうじゃなくても、最初から……そんな無駄な過程に考えを巡らせている余裕なんて、今はない。 どうしよう。 このまま、最大限まで出力を上げて、虚を弾き飛ばせれば……その隙に霊子を集めることができれば……。 「石田……」 「あ……そうか」 「えっと、俺、邪魔だろ? 逃げてた方がいい? ここにいた方がいい?」 「僕の肩に触れて。背中でもどこでもいい!」 「え?」 「早く!」 「あ、おう」 ここにある。 黒崎の霊圧。馬鹿みたいな垂れ流しは、昔よりもほとんど無くなってしまっているけれど、それでも強い……僕の、武器。 黒崎が僕の肩に触れた。僕の中に黒崎の霊圧が流れ込んでくる……力を貯めて、一瞬で、霊力を爆発させる。 一瞬だけ、虚が引いた……今、だ! 黒崎からまだ流れ込んでくるのを、僕の力に変換して…… → 20131110 |