白亜の闇 34








 苦しいほどの霊圧に僕は潰されそうになる。

 一護から発された霊圧は大きくて凶暴で、僕に重圧となってのしかかる。
 初めて、一護が僕の前に現れた時と同じ強さの霊圧。あの時と同じ圧迫感。


 あの時に僕は敗北を感じた。
 一護は気紛れに僕を殺せる。気紛れで僕を助けられる。絶対的な敗北だった。

 そして、屈服し心までも彼の前に折った。敗北し、無自覚のうちに自己保持の為に隷従する事を選択した。
 僕が弱いから負けて、ただ敗者となるよりも、一護の強さに隷属する事で僕を守ろうとしていた。きっと、それは正しい。

 一護の物である自分は、とても僕らしく在れた。
 とても心地良かった。

 全てを一護に任せればよかった。
 そうすることで、一護と居る時だけは、僕は僕で在る自覚が生まれた。
 弱い自分を認める屈辱を、弱者の立場で甘える事に変換した。それは、とても心地良かった。僕は一護になら負けてもいいと、そう思った。




 でも……今は負けたくない。


 一護の霊圧は僕を押しつぶす。潰れてしまうような、気がした。息ができない。



 僕は、負けるわけにはいかない。
 この力に、負けて一護を離したくない。死んでも僕は彼に触れていたい。


 やっと会えたんだ。君を離したくない。




 嫌だ。



 会えないのが嫌だ。
 一護が僕の一番近い場所に、僕が居ないのが嫌だ。


 だから苦しい。


 意識が、遠くなる。このまま意識を手放してしまえば、もう、僕は二度と一護に会えない気がした。
 一護の霊圧で凍るほどに冷えていた温度が急激に上がる。熱くて痛いくらい。

 肺が、身体が潰れて、呼吸ができない。身体が空気を取り込まない。それでも





 離さない。





「何でだよ、雨竜っ!」






 会えないからだよ。
 近い所に居たいんだ。
 僕が、誰よりも君の近い場所に居たい。僕の一番傍に君が居てくれないと嫌だ。君の一番違い場所に僕が居たい。黒崎じゃなくて、僕がいい。




「……赦さねえ」


 一護の感情は激流のようだと思う。
 それに僕は飲まれる。それでも






「……いい、よ」





 うまく喋れなくて、ただ唇を動かすだけになってしまった。掠れた声が、彼に届いたのかは不安だったけれど。

 赦さなくていい。
 僕は、そんな事を求めてなんか居ない。初めから寛容も許容もない、狭小な感情だった。


 一護の拘束も束縛も僕には心地よい。向けられた感情が強ければ強いほど、僕は彼の闇色の瞳に映る僕を自覚できる。




「赦さねえっ!」



 霊圧が膨らむ。


 苦しい……。


 意識が、遠退く。薄くなる。暗くなる。



 それでも……もし僕がこのまま気を失っても、もし、そのまま僕が死んでも、僕は一護を離さない。



「……会いた、かった」





 会いたかったんだ。
 すごく、会いたかったんだ。


 身体を重ねることで一護の心に触れたかった。そうすることで僕は一護の心と重なれたような気がしていた。それが嬉しかった。
 この感情が愛情など微塵もない、ただの執着でもいい。何だっていい。


 僕は、一護に会いたかった。


「一、護……」


 涙が、溢れる。


 最後まで、僕は彼の身体を抱き締めて居たくて……。






「くそっ!」


 急に、圧力が緩んだ。

 呼吸ができるようになる。
 急に肺に雪崩れ込む空気に僕はむせ返った。
 急激な変化に身体がついていかずに、咳き込む。


 一護の下で僕は背中を丸めた。
 苦しかった。身体中で堰き止められていた血液が突然暴れ出した。苦しい。



 それでも、初めて一護と会った時のような恐怖は感じなかった。恐怖を感じるとすれば、二度と彼に会えなくなる事。その恐怖はいつもあった。それならば……


 このまま意識と共に命だって手放したいと……





「くそっ!」


 一護は再び吐き捨てるように毒づくと僕の中に強引に指を突き入れた。

「いっ……」

 指で強引に入り口をこじ開けて、そのまま……



「……ぐっ……ぁ」


 無理矢理、中に入って来た。

 慣らして居ないから、びりびりと押し広げられて裂けるような痛みが伴う。



 苦しい。
 痛い。




 痛くて……痛い。


「あっ……う…ぁあ」


 ぐちゃぐちゃになる。
 僕の身体の中が、頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。痛いのに、泣き出したいくらい痛いのに、僕に触れているのが一護だと、それだけで、熱くなる。
 痛みの中に快感があったのかは解らない。ただ、一護が僕に触れている。
 それだけで、興奮した……ここに、一護が居る。






「俺のだよな? お前は俺のだよな」

 腰を押しつけて、一護は僕の中に徐々に入ってくる。何度も一護と繋がったけれど、馴らしていない場所は裂けるような痛みと、圧迫感で僕は苦痛しか感じられなかった。
 でも、それでもいい。きっと、それがいい。
 僕に、痛みを刻み付けていいから。それが一護だから。





「全部。君の、だ」



 全て、僕の全部、君のでいいから。







「誰にも触らせんなよ!」




「じゃあ、触ってよ、君が!」








 僕は、僕だって、限界だった。


 感情を叩きつけるように叫んだ。





「一護が触ってよ、僕に!」


「……雨竜………」




 そんな事できないのに。

 そんな事が出来ないの知ってる。

 僕が愛している一護は、黒崎の裏側の存在なんだ。
 黒崎が消える以外に、一護が存在できない。

 黒崎が居ないと一護も居ない。

 一護がどんな存在なのかなんて、僕じゃないから知らないけど、一護の存在は、僕が居るこの世界のものではない。
 一護はヒトより虚に近いんだ。

 存在は、僕達人間の敵になる存在なんだ。

 だから。

 我が儘言ってる。
 僕は我が儘を言っている。

 会えないから駄々をこねているだけだ。

 でも、僕は一護がいい。君じゃなきゃ……











20110808