白亜の闇 29








「石田…お前、何か知ってんだろ?」


 放課後、僕は教室で掴まえられた。クラスの進路希望用紙を集めて、担任に提出して教室に戻ってきたら、黒崎がいた。今日は部活も無いのですぐに帰ろうと思っていたのに……

 教室には黒崎しか、居なかった。他にはもう誰も居なくなってしまっていた。


 僕は最近、黒崎を避けていた。

 もともとなるべく顔を合わせたくないと思っていた相手だけれど、ここ最近は、僕はあからさまに黒崎を避けていた。きっと黒崎もそんな僕の態度には気付いただろう。

 僕は、何も話したくなかった。訊かれたく無かったから、僕は黒崎に近づかないようにしていたのに……。




 黒崎は俯いて、表情までは読み取りがたかったけど、それでも思い詰めた重苦しい緊迫した空気は流れ出していた。無視して帰ってしまえるような空気でもなかった。



「何を?」

 僕は、自分の席に戻り、荷物をまとめる。動揺で震えた指先は、気付かれなかったと思う。

 黒崎の顔は見たくなかった。



「俺が、寝てる時……なんか知ってるだろ?」



 さすがに自分の異変に気付くだろう。

 一護はもともと、僕の名前を知っていた。僕の存在を知っていた。


 だから、一護と黒崎が意識を共有していないはずだと信じていたけれど……でも黒崎と一護が完全に断絶されたものだなんて、確証があるわけじゃない。

 黒崎が、何か気付いたっておかしくない。何か知っていたとしても……

 黒崎はどう感じているのだろう。突然一護と意識が入れ替わる時に、黒崎は何も覚えていないのだろうか。勿論、そんな事僕にはわからない。突然意識が途切れて、眠ってしまっているとでも思っているのだろうか。



 何があったかだなんて、言えるはずも無いけど、黒崎の意識が浮上する時に、僕が近くに居ることが多い。一護と一緒に居るのは僕だから、黒崎が目覚める時に、僕が居る。


 どんな風に彼と黒崎の意識が入れ替わるのかなんて、僕には解らないけれど、黒崎はいつも急激な睡魔に見舞われると思っているのだろうか。

 夢だと信じている世界で現実を見ているのか。




 その感覚がどんなものか知らない。


 一護が僕を見ている間、黒崎がどうなっているのかなんて知らない。

 黒崎も……黒崎だって、怖いのだろうか……自分の中の誰かが居て意識を乗っ取ろうとしている事に気付いたら……僕なら、怖いと思う。でも、僕は一護に会いたい。黒崎を押しのけてでも一護が現れてくれると嬉しい。



「知らない」


 それでも、言えるはずがない。

 君の身体の別人とセックスをしていただなんて、言えるはずないだろう?




「起きると、お前がいる」

「知らないよ」



 近くに居たからだ。君の意識の裏に居る一護と僕が近くに居るから、起きれば僕が君のそばに居る。何も不思議な事じゃない。

 でも、そんな事……言えるはずない。

 君は何も知らなくていい。知ったら駄目だ。黒崎にだけは知られたくない。

 一護の存在を黒崎に告げることは、同時に僕を黒崎に晒す事になる。



「寝てる時、お前の夢見てる」





 ………どんな?



 そう、訊けな、かった。



 もし……夢の中で、一護の目が映す光景を黒崎が見ていたとしたら………? 一護と居る時の僕は、ただの僕だ。何も隠さないただの僕だ。それを、黒崎だけには見られたくない……




「知らないって言ってるだろ!」



 僕の声が叫びに似ていた事に自分でも驚いた。

 黒崎が見ている夢が、どんなモノかはわからない。訊きたくない、怖くて訊けない、知られたくない。黒崎が知っていたとしても、それを僕は知りたくない。




「………石田、頼む」

「………………」


 黒崎の手が、僕の手を握った。

 手の先に在る、黒崎の顔を見上げた。真摯な眼差しで、僕に懇願していた。真っ直ぐに僕を見る。真っ直ぐで、鋭い目だった。逆らう事も出来なくなるほどに強い眼差しをしていたけれど……それでも、その目は一護じゃない。

 黒崎の手が僕の手を握る。強い力で握られて、少し骨が軋むような気がした。



 一護の手……に、触れるのは、どのくらいぶりなんだろう……。




 同じ指先。



 武骨な手。


 大きくて、熱い。


 霊体で鍛えたら、生身の身体にも反映するのか、手の平は刀を握る手で、豆ができていて、固い。肌に、ざらざらとする。手、が僕の手を握った。




 一護と同じ手で……黒崎は僕に触れた。一護に……





 会えない。




 最近、会えない。
 一護に会えない。
 急に出てこなくなった。

 会いたいって言って会えるわけじゃない。会いたいから一護が僕の前に現れるわけじゃない。
 どうせ最初からそうだった。
 どうせ最初から一護は自分勝手だった。

 僕がこんなに会いたいのに、会えない。僕の前に現れてくれない。



 会えない。会いたい。


 このまま、会えなくなる?



 黒崎は一護の存在に気付いているのか? 黒崎は一護を知っているのか?
 黒崎は意識を強奪される恐怖に怯えているのかもしれない。どんな感覚なんだろう。

 僕は、二度と一護に会えなくなるかも、これが最後かも……そう思って怯えている。




 だってもうずっと会えないんだ。


 ずっと会ってないんだ。ずっと一護に……。



 会いたい。




 一護に、会いたい。













20110725