白亜の闇 30








 会いたい
 会いたい、会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい。



 その、想いがただ溢れる。
 僕の中でそれだけで一杯になる。もし気持ちに質量があるなら、気持がいっぱいになって容量がオーバーして器としての心が壊れてしまい、弾けた気持は涙になるのかもしれない。

「………っ」

 涙が、溢れた。
 頬を伝うのを感じた。


「石田……」



 突然、泣き出した僕に、黒崎は困惑げに手を伸ばして、僕の頬に触れて、親指で僕の涙を拭った……。そっと……まるで触ったら壊れてしまうなどと勘違いしているような、そんな優しい触り方だった。

 この手が、僕に触れたのに……一護の手のはずなのに、それなのに一護の腕が、僕を抱き締めてくれない。



「……石田」

 一護の声が僕を名前で呼ばない。

 黒崎は、ぎこちない動きで、僕を引き寄せた。
 そっと、黒崎は僕をその腕の中に閉じ込めた。


 抱き締められるというよりも、温度に包まれるような、そんな本当に、優しい動きだった。




 一護と、違う、抱き締め方だった。



 同じ腕なのに、同じ身体なのに、同じ体温なのに、同じ臭いなのに、

 違う。

 こんな風に、一護は優しく抱き締めたりしない。僕は一護の所有だから、一護は僕を優しくしたりなんてしない。





「俺は……お前の事を護りたい」


 護りたい、だって?


 僕は、黒崎のシャツに顔を押し付けた。僕の顔を見られたくなかった。涙が黒崎のシャツに染みて、涙の温度が布に広がる。


 護りたいって、黒崎が言った。
 侮辱だ、それは。
 僕に対しての、ただの侮辱だ。

 どうせ、黒崎はもう僕が滅却師として動けない事を知っているんだ。知られて居るだけでも、僕のプライドはどれだけ傷つくか知っているのか?


 君の背中を護る事ができなくなったと、黒崎はもう知っているんだ。
 僕は黒崎をもう守る事はできない。共に戦う事もできない。
 僕は何の戦力にもならない。ただの足手まといだ。そんなこと、誰よりも僕が知っている。

 だから……滅却師だった僕には、最大の侮辱の言葉だ。







「お前の事、好きなんだ」




 黒崎の声が、心臓を抉るように痛かった。

 痛くて、だから僕はますます泣きたくなった。苦しくて、嗚咽が漏れる。




「黒崎なんか、嫌いだ」

「……悪い」

「大っ嫌いだ」

「……ああ」



「嫌いなんだよっ!」



「解ってる」



「嫌いだ………」








「俺は、好きだぜ」




 違う。
 それは、嘘だ。
 ただの錯覚だ。

 君は自分より弱い存在を近くに置いて自分の優位を確立させたいだけだ。きっとただそれだけ。僕を庇護下に置くことで、より強くなれると錯覚してるだけだ。

 だって……黒崎が僕を好きなわけないじゃないか。


 感情の対象が僕である必要なんか無いんだ。僕がちょうど良かっただけだろう?




 君の傲慢な正義は肌に合わない。



「好きなんだ、石田」

「君は、馬鹿だ」




 僕にそんな風に思われて、僕は君を嫌える理由をわざわざ探して、僕を正当化するために利己的な正義感を満たそうとしている事に気付かないなんて、黒崎はなんて馬鹿なんだろう。



「馬鹿でいいよ」

「馬鹿は嫌いだ」

「ごめん」


 謝るなよ。

 どうせ、全部僕が悪いんだ。

 僕の脆弱さが全ての悪因だ。




 僕は、苦しくて、黒崎にしがみついた。嗚咽で息がつまる。

 黒崎の背に回した腕を、ほどけない。


 一護の身体。


 黒崎なのに、身体は同じ温度をしていた。
 同じ厚みをしていた。
 同じ汗の臭いがした。


 違うのに。
 本当にすがり付きたいのは、君じゃない。


 それでも



「ごめん……黒崎」



 離せない。



 会いたい。一護に会いたい。




「石田?」

「君なんか嫌いだ」



 一護に会いたい。
 僕はただ一護に会いたい。


 彼の自分本意の淋しさは、僕の脆さと酷似していた。


 一護が、僕の肌に心地好かった。皮膚の接触だけで、心が絡め取られるような気がした。



 ねえ、黒崎。



 僕に一護を頂戴。

















20110728