「なあ、脱げよ。見てるから」
僅かに唇は離された。ただその距離も喋るだけで、唇が触れるような近さで、一護が喋る。掠れるくらいの小さな声でそんな事を言う。
「なんで?」
「さっきは自分から脱いだくせに、今は何で駄目なの?」
当たり前じゃないか。黒崎が、変な事を言うからだ。黒崎が、馬鹿みたいな事を言うから……だから。仕方なかった。必要だった。
さっきと、状況だって、違うんだ。
君じゃなかった。
黒崎に、触らせるつもりなんか無かったし、そう言う目的はないから。
言い訳なんか、別に求められていない事は解っていたけれど……。
自分から、脱ぐだなどと、何でそんなこと、僕にさせようとするんだろうか。
一護の顔を、見た。
彼は、笑っていた。
僕の恐怖なんか、全部理解した笑い方だった。
「なあ、頼むよ。もう一度、確認させて」
一護の言い方は、とても優しいものだったけど、優しくされているだなんて錯覚しそうになるほど優しい声を出したけれど……それが命令だと言うことは解っていた。
僕には逆らう余地は与えてもらっていない。
それでも……そんな事、できるはずない。自分から服を脱ぐだなんて、彼に……一護に対して、そんなことを僕がするだなんて、考えただけでも羞恥でどうにかなってしまいそうだ。
これから、僕が何をされるのか、解って居るのに……ここに彼が居る。
つまりそう言う事なんだろう。前の時のように、一護はまた僕を虐げる事で満足したがっているのだろう。
「……嫌だ」
声を、絞り出す。言葉での抗議ですら、心臓が凍るような恐怖が付随する。
何で僕が、一護に自分を差し出さなければならないんだ? 他の誰でも良かったのに。僕じゃなくても良かったはずなのに。悔しくて、情けない。逆らえない、そう思ってしまうことが、情けない。
戦っている時は、こんな恐怖は無いのに。
死には、何度も直面したんだ。
臨戦時の高揚感に支配されているせいもあるだろうが、戦いの時に恐怖を感じなかったと言えば嘘になるが、それでも、僕自身の個を存立させるためのプライドが折れる事は無かった。
僕は、いつでも、僕で在れた。今までは僕は僕を崩した事がない。祖父の死を見てから、僕は僕よりも滅却師である自分を掲げていた。それを誇りにしていた。もう、すでに僕自身だったはずの僕は失われていてもおかしくないのに。
歯の根が合わない僕は、一護の、顔を見た。
彼の人間とは違う不思議な虹彩は、じっと僕を見ていた。僕の反応を、ただ楽しんでいるだけだと解るような表情をしていた。
「嫌だよ……だって、そんな…」
「脱げよ」
少し、一護の声がきつくなった。不機嫌そうに、眉根が寄せられる。
霊圧が、尖った。
皮膚がぴりぴりとした。その事に、僕は怯えた。
従う、僕が、いる。
僕は、シャツのボタンに手をかける。
震える。指が僕のじゃない。
一つ、一つボタンを外す度に、自分が暴かれて行くような錯覚がする。
露になった肌に、一護の視線が、直に突き刺さるのを、痛みとして自覚した。一護の視線は質量と熱量を伴う。
するりとシャツを、肩から落とした。
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20110308