白亜の闇 06








 中を、探られている。彼の指が僕の中に侵入している。




 僕の中を探られている。暴こうとしている……。




 見せたく、無いんだ。
 誰にも。
 誰も僕を見てもらいたくない。




 僕は、硬いプライドでコーティングされてる。誰にも見せたくないから、僕は重厚で硬質な外殻で覆われている。僕を表立って構成するものは僕の殻だ。
 ヒビが入れば直ぐに壊れるんだ。




 壊されてしまう。

 僕を壊そうとしている……。


 中を、見られたくない。僕の中に何もない程度の、きっとただの汚物で作られているだなんて、誰にも知られたくない。




「やだ……やめ、やっ……」




 嗚咽が、漏れる。
 目から流れてくるのが、涙だと知った。僕が、泣いている。頬を伝う涙は、熱い。僕の殻は恐怖の中でも涙と言う手段で必死に抵抗していた。この行為が一体何になるのだろう。

 ぽたりと、床に落ちた。
 その音すら聞こえるような、静かな教室に、僕は彼と二人でこんな……


 黒板も机も何もかも日常のものなのに、ただ彼の存在と空間だけが異質だった。心臓の中に鉱物でも埋め込まれたように、とても違和感を発しながら存在している。




「雨竜、泣くなよ」

 わざと優しい声を出している事ぐらいは解った。黒崎の声なのに、とても甘く、頭の心を刺激するように響く。僕の神経をわざと逆立てるような猫撫で声に、ねっとりと包み込まれるような気がした。その粘着性のある声に絡み取られて、僕は重力にすら負けそうになる。



「やだ……」



 頭を振って答える。泣くなって、言われた。それが、嫌なんじゃない。

 泣きたいわけじゃない。
 泣きたくなんかない。当たり前だ、誰にも僕の涙など見せたくない。涙なんて、ただ自らの弱さを象徴するようなものだ。僕がそんなものを持っているだなんて誰にも知られたくない。

 弱い自分なんか、誰にも知られたくない。こんな、僕を誰かに見せたくない。僕にすら見られたくない。





 それでも、彼は僕の中を指で刺激する。
 神経がおかしくなりそう。空気が触れる事にすら過敏になる。
 くちゃくちゃと音を立てて、彼は僕の中を探る。気持ち悪いのか、気持ち良いのかわからない。

 ぐちゃぐちゃになる。僕がぐちゃぐちゃになる。ただ、強制的に僕は溶かされる。



 こんな、僕が嫌なだけ。
 僕は、こんなんじゃない。


 こんな、僕は違う。


「……っく……ぅ」


 それでも、漏れ出す嗚咽は止まらない。下を向いて涙を堪えたかった。彼の指か僕の中を掻き回すその刺激にも耐えなければならなかった。逃げ出したい恐怖も耐えなければならなかった。僕はどうしていいのかわからなかった。

 下を向いて、せめて声が漏れ出さないように唇を噛み締め、目を閉じた。耳も目蓋のように自分の意思で聞こえなくなる方法があればいいのに。




「雨竜。その泣き顔、誰かに見られるかもよ?」





 そう、言われてふと、顔を上げた。窓の外はグラウンドが見えた。
 まだ、たくさんの生徒がいる……もしかしたら、


 もしかしたら、あの中の一人は僕に気付くかもしれない。今、僕の存在に気が付くかもしれない。気付かないかもしれないけれど、気付いてしまうかもしれない。それが一秒後かもしれない。十秒後かもしれない。それでも、グラウンドにいる誰かが校舎を見たら、僕を見つけるかもしれない。

 気付いても、僕がただ外を見ているだけなら、気にも止めないだろうけれど……。





「だから、泣くなよ?」

 彼は、わざと優しい声を出した。優しく、耳を塞いでも皮膚の中にまで入り込むような、甘ったるい声だった。その声に、僕は涙が止まらなくなった。



 誰のせいだよ。泣きたいわけじゃないんだ。僕の意思で泣いているわけじゃない、





「ぁあ……っ!」

 彼の指が、内側の部分を掠めた。

 ぞくりと、熱いものが背筋を駆け上がった。熱は背筋を伝い後頭部まで昇り弾けた。





 何、だ……今の。







「ん、ここか?」

 もう一度、彼の指が僕の中の部分を、触った。

「ひっ……あっん、ぁ、あ…あ」

 何度も、その場所を彼の指が刺激する。唇から、僕の意志とは裏腹に声が漏れる。その部分に彼の指が掠める度に僕は声を上げた。苦しい、のではない。でも苦しいのかもしれない。噛み締めていたのに、僕は声を上げていた事にすら気付かない。

 頭が、麻痺してしまうような……麻痺して、くらくらとする。
 膝に力が入らない。がくがくと震える。立っているのかもわからなくなる。熱が全身に広がる。


 指が増やされたのを、感じた。
 僕の中でばらばらに動く指に、僕の身体は翻弄される。


 その場所が僕の中枢になってしまったかのように、その場所の感覚が……彼の指が僕を支配する。

 身体中が麻痺する。快感という感覚だけで、僕が麻痺する。痺れて、動けない。しゃがみこんでしまう事も出来ずに、少しある理性では、僕は手を握り締めたかったけれど、力が、入らない。




 僕は……感じている。




 黒崎に……黒崎と同じ、存在に、こんな事をされて。



 屈服させられて。


 熱い。

 身体中が熱い。



 僕は……僕は、彼に、指先で、今、支配されている………


























091027