二世代 01 |
昨日は休みだったから石田の家に泊まって、昔読んだ本の話とかした。
児童文学とか、絵本とか。チョコレートの工場の本とか好きだったし。あと百万回生きた猫だったか。あれ読んで泣いたって言ったら、石田も、僕もって言いながら、俺の肩に額押し付けて来た……から、そのまま……色々やって朝。
「なあ、石田。あの本持ってんだよな?」
石田が洗濯干してるから、手持ち無沙汰で、流しにあったコップも洗い終わった。特にやることないからっても、一人でテレビ見てんのも気が引ける。俺の下着も干してもらってるし。
「何が?」
「昨日夜言ってただろ?」
昨日の話の中で色々ガキの頃読んだ本の話をしてて、話してたら今更読みたくなった。
「ああ……実家にあると思うよ。捨ててないはずだから」
「すげえな。俺実家出たとしたら、ソッコーで捨てられる自信あるぜ」
「僕もそう思ったんだけどね。まだ僕の部屋そのままだよ。片付ける人も手間もないみたいだからさ」
あんまり石田は家の事話さないから知らねえけど、石田の父親は忙しい人みたいで、反りが合わないってくらいしか具体的に聞いた事はないけど。
「あのさ、まだあったら貸してくんねえ?」
「……いいけど、実家に帰らなきゃ無いって」
「今日は?」
「…………」
「……石田?」
「………………」
よっぽど実家に行きたくねえって空気は、激しい沈黙でわかった。
「いーしだ」
……相変わらずの沈黙。返事は洗濯物干すのペースアップしてる事ですか。
嫌なんだろうけど。本当に親父さんの事苦手なんだな、こいつ。そのくらい俺だってわかるけどさ。
けど、俺、一回石田の実家に行ってみたくて……やっぱり、こいつがどんな環境で育ったのか知りたいって言うか……。
親父さんが総合病院の院長だってのは聞いたことあるけど、貧乏性の癖に、所々で坊っちゃんだから……紅茶はどっかの銘柄のアッサムが好きだとか……なんとなくどんな育ち方したのか気になった。
「別に今日やる事ねえだろ?」
「そうだけど……」
今、少し雲行きが怪しいから、洗濯物を浴室に干し終わった所だ。今日は別に予定もない。テストも終ったばっかだし、石田も部活で出品する作品も半月前に仕上げたばかりで、今は特にない。一昨日借りてきた本も読み終わってるみたいだし、やる事といえば、これからビデオでもレンタルしに行こうかって、昨日話してたくらい。
「それとも、今日一日ずっとシてたいなら……」
土曜日だから、明日も休みだし。今日も一日一緒に居るつもりでいたし。
俺はそれでもいいけどって言いかけた時に、石田が手元にあった本を投げてきたっ!
「黒崎っ!」
危うく本の角が顔にぶつかりそうになった所で何とかキャッチ。俺の反射神経を鍛えたのは虚との戦いもあるかもしんないけど、こいつもけっこう鍛えてくれてると思う。
「っぶねえだ……でっ!」
第二段、辞書が飛んできて、腹にぶつかった……。
……何でコイツはこんな狂暴なんだ。
「殴られたいのか、黒崎」
しかも、さらに殴る気かよ……。
結局、石田の実家に行くことになった。昼からサカられたらたまったもんじゃない、とか溜息吐いてたけど。
そりゃ、それなりに無理させてはいるけど。あんなに必死で抵抗しなくても良いだろ、とか……こっちも文句の一つも言いたくなる所をぐっと我慢する。次は本気で殴られるかもしれない。
いや、辞書投げられてムカついたから襲った俺もいけないんだけど……いや、一応未遂だけど……殴り合いにまで発展するところだった。俺は蹴られたけど……いや俺も悪いけど、何でコイツはこんなに狂暴なんだ?
だから、石田は今ちょっと機嫌が悪い。
家には痛くないから散歩に出よう。だったら、お前んちを見てみたい。って、そんな散歩。距離にしたら一駅分ぐらいだから、帰りにファミレスで飯食って、レンタル寄って映画でも借りようって、そんなコース。
「……悪いな」
一応、まあ、俺の我儘聞いてもらったコースにはなってるから、有難うの、つもりで言った。
「別にいいよ。昼間から家にいるなんて不健康な真似はしたくないからね」
「いや、健康的かどうかはわかんねえけど、運動だって思えば……」
「今日はもうシないからな!」
「んな事言ったって先週だって……」
「今日はもう絶対しない!」
「昨日だって三回しか……」
「僕の家に泊まるなら僕の家の中では僕のルールに従って貰うからな」
「……わぁったよ」
不満そうに、取り敢えず納得したふりをしておく。
キスまで雪崩れ込むことができりゃ、あとはこっちのもんなんだけどな。
とかは言わない。
身体に触るまでのガードは確かに固いが、そっからはけっこう石田も乗ってくるし……途中力技は入る事もあるけど。
先週は丸々お預け食らったんだ。いや、学校でうっかり触った俺が原因だけど。
今週は先週の分まで! とか意気込んでんのバレるとあとで厄介だから、おとなしく納得したふりをしておく。
「石田の実家って、もう少し歩く?」
「すぐそこだよ。どうしたの?」
「いや、薄着で来ちまったから、ちょっと寒い」
さすがにジャケット着ただけじゃ寒くなってきた。もう一枚着てくりゃ良かったと、少し後悔。石田んちに置きっぱなしのパーカーあったのに。いや、パーカーも含めて着替え一式は置きっぱなしになってる。
「……あんまり実家に長居したくないんだよね。だからお茶とか出したくないけど、まあ……どうせアイツは居ないだろうから、良いけど」
「アイツって親父さん?」
「そう」
「どんな人?」
「……嫌味な奴だよ。自分勝手で利己的で冷静と酷薄の意味取り違えてて、自分だけが正しいとか勘違いしてて、偏屈な価値観押し付けて来るような奴」
……ボロクソ……。
俺も親父を人前で誉める事はねえが、なんつーか、ヒゲとか熊とかぐらいしか親父に対して印象言えねえけど、そこまでは流石に言わねえぞ。親父は熊だとは思うけど、親としては尊敬できる所もありつつ、まあ……やっぱ熊だけど。
しかも、吐き捨てるように言った石田は、心底親父さんと反りが合わねえんだろう。かなり忌々しげに吐き捨てるように言いやがった。
「親父さん、石田と似てんの?」
「まさか。あんなのと似てるはず無いだろ?」
そっか。石田はお袋さん似なのか。
まあ、こんな線が細いんだ。石田が母親似だってのは、石田の風貌からなんか納得できる。お袋さんは居ないみたいだけど、石田に似た美人だったんだろうな……とか、そんな石田のお袋さんに想いを馳せてみる。
そのまま、俺は勝手に石田の親父を思い描く。どんな人なんだろう。
話を聞く限りじゃ、厳格そうな堅物の頑固親父……石田がお袋さん似って事になると……どんな人なのか、ちょっと想像できない。
一度くらいは挨拶したかったけど……息子さんを俺に下さいってのはまだ早いか。石田はよくうちに来て、うちの親父によく頭撫でられて困った顔してるけど、俺は石田の親父さん、見たこともねえし、聞くことすら殆どない。
一回ぐらいは、会って見たいけど……今日は会えないらしいけど。忙しいらしくて、ほとんど家に居ないっつってたし。
歩いてる所は、この辺でも高級住宅街。軒並み敷地が家三軒分ぐらいで、庭に二軒ぐらい立ちそうなでっかい家ばっか。
そんなちょっと緊張するような景色を歩いてる中、石田が、やけに馬鹿でかい家の前に来た時に立ち止まった。
この辺、それなりに高級住宅街だけど、付近の家と比べても全然見劣りしないような、住宅のCMに出てきそうな家。
でかい門。
庭もでかい。
家もでかい。
駐車場は三台ぐらい入りそうだ、シャッター閉まってるけど。
「……今日はやめよう」
「え?」
「アイツがいる……」
石田は険しい顔で二階の窓を睨み付けていた。って事は、ここが石田んちかよ……。
マジででかい家。
確かに石田って表札出てた。いや、石田って苗字ぐらいどこにでもあるけど……これ、石田んち?
とすると……本格的にコイツが坊っちゃんだって事がよくわかった。貧乏性は切迫した生活のせいで、石田はお坊っちゃんの方が素なんだ。
「え、帰るの?」
「帰るよ。顔をあわせたくない」
でも、せっかくここまで来たのに、今更帰るのも、ちょっと勿体無い気がする。
「別に良いじゃねえか。俺も挨拶しときたいし」
「嫌だよ」
遠いわけじゃ無かったけど、徒歩で一時間かからないくらい。学校だって全然通えない距離じゃねえし……こんな立派な家から出たいだなんて、よっぽど親と反りが合わねえんだろう。
「どうせ部屋から本を取ってくるだけだろ?」
「…そうだけど」
「別に俺は玄関で待ってるし」
「……別に、ここまできたならもう気付かれてると思うから、いいけどさ」
石田は溜息を吐きながら、合鍵を取り出した。
玄関は、扉二枚分。左右に開くタイプって……玄関だけでも俺の部屋ぐらいはありそうだ。
うちも別に小さい方じゃねえけど、ここまででかくない。
玄関ホールは吹き抜けになってて広い空間。
玄関入ると、寒い季節なのに、外はジャケット着ても寒かったのに、なんだか暖かいし……。
「暖かいな、この家」
「ああ、いつも誰も居ないのに環境破壊がしたいらしくて、全館空調だからね」
なんか色々……育った世界が違う……。
玄関に入って、靴を脱ぎかけた時に、石田が止まった。
「やっぱり、やめよう。誰か来てる……」
ふと石田が立ち止まった。
「客?」
靴が、二足。
どっちが親父さんのかわかんねえけど、どっちかだとすると、客なんだろう。一足は、先の尖った黒い靴。そんでもう一つは踵が潰れたような履き潰したかなりラフな革靴………なんか、どっかで見覚えがあったけど……いや、違うな。
石田は靴なんか見てねえで二階をじっと睨んでた。霊圧で解るって便利なんだかなんだか。
にしても、二階に客? この家、応接室が二階なのか?
「……あ、そうなんだ」
客なら、仕方ないかな。とか、思ったり……残念だけど。仕事の事とかで着てる客なら、邪魔しちゃいけねえだろうし……。
「悪いね。また今度……」
って石田が言いかけた時に………二階から、ズシンとやけに重たい物が落ちる音がした……。
続いて、ガシャンと物が割れるような音。
そんで、何やら怒鳴り声……。
な………何だ?
この静かな家から、凡そ似つかわしくない音がした……まさか。
「泥棒?」
「……まずい…!」
俺の言葉を聞いた石田は顔色を変えて、慌てて靴を脱いで階段を駆け上がる。俺も慌ててその後を追う。
泥棒か? そんで、喧嘩してんのか?
「おい、石田」
「ついてこなくていい!」
とか言われたって、玄関で待ってるわけにもいかねえだろうが。
万が一泥棒だったら、俺も居た方が安全だろうし。生身じゃお前だって強いけど、俺だって人間相手の喧嘩じゃ負けたことねえくらいには強いし。親父さん一人じゃ心配じゃないのか?
「もし泥棒だったら、アイツが犯罪者になるのは構わないけど、実家で人が死ぬのは気持ち悪いから、止めないと……」
階段を駆け登りながら、石田がなんか物騒な事を言った……けど……? え?
まだ怒鳴り声が聞こえるから、ご存命のようだけど……どっちも。
二階はいくつも扉があって……。この家、何部屋あんだ?
一番奥の部屋に、近付くと、俺達がそこに居るが解っているかのように、音はぴたりと止んだ。さっきまで聞こえてた怒鳴り声は、静まっていた。
石田が、扉をノックする。
「どうしたの?」
「雨竜。何でもないっ! 帰ったのなら部屋に戻っていろ」
分厚い扉扉の向こうから、怒鳴り声がした……のが、親父さんの声だろうか。
まあ……つまり、大丈夫って事………なのか? 知り合いだとしたら、だいぶ派手に喧嘩してた音がしたけど。
「黒崎、じゃあ玄関出てて、すぐに行くから」
「……あ、ああ」
なんかぐいぐい背中押されてるけど……俺、なんか石田に邪魔者扱いされてる?
「アイツ、死神嫌いなんだ」
ぼそりと、背中でそんな声がした。
……あ、そうなんだ。
滅却師がどんな一族なのか知らないけど、俺もどうやらお袋が霊感強かったの遺伝してるみたいだし、石田も遺伝で滅却師の能力持ってたりするなら、親父さんもそうだったりすんのか……とか。思って、少し怖くなった。今でこそ仲良いが、最初石田が突っかかって来た時の事を思い出したりした。あのレベルで嫌われてたりしたら、マジで殺される。
今の声を聞く限り、決して穏和そうな人じゃねえし、死神嫌いだっつうし、俺が親父さんに石田とのお付き合い認めて貰うの、けっこう大変そうだ。
とりあえずは、何か取り込み中だし、今日は大人しく帰った方がいいかも知れない。
→
20101214
一年ほど前に書いた話。
早く出さないから、原作でこういう目に合う。
今日はこれで限界だからまた明日。