二世代   02






 一応、当初の目的は果たした。石田の実家が見てみたいって、それは叶った。何だかんんだ言って、俺もちゃっかり上がりこんでるし……お邪魔しますとか言ってないけど。そんで石田が妙な所で坊ちゃんだったりすんのが深く納得できた。
 親父さんへのゴアイサツは、後でいい。日を改めて、落ち着いた時にした方が、高感度を持って貰えそうな気がする。



 って思った時に……がちゃりと音がして、扉が開いた。





 で、出てきた人物を見て………



 ………石田が分裂したのかと思った。ドッペルゲンガーがいた。




 いや、石田がいきなり三十代になったような……。


 一目で石田の親父さんだって解った……いや、石田は父親似だって。そのまんまじゃねえか。自分で父親とは似て無いとか言わなかったか? 鏡見たことないっけ、こいつ。 

 違うのは髪型と服と眼鏡のフレームと年齢ぐらいだって!

 なんか、切れ長の鋭い目とか、人を寄せ付けないようなオーラとか、血液通って無さそうな肌とか、ほとんど同一人物。石田の二十年後はもう見なくても解った。



「雨竜、帰ってくるなら連絡ぐらい入れろ」

「別に、こっちに置いて行ったもの取りに来ただけで帰ったわけじゃない。アンタこそ寝室で何やってんの? お客さん居るんだろう?」

「客じゃない」


 客じゃないって……しかも寝室って……言ったよな? ってことはまさか

 オトリコミ中、か?


 親父さん、まだ若そうだから、お袋さん居ないみたいだから………とか、何だか大人の事情と言うか情事を勝手に想像してしまったり……。

 だって、なんだか、親父さんの髪型、ちょっと乱れてるし……いくら家が全館空調だっつっても、この時期にシャツ一枚はキツいだろうし……やっぱりオトリコミ中だったんだろうか……とか想像。いや、自分の親では想像したくないけど、親父さん、若そうだし……とか想像



 しそうになった瞬間に、石田父の視線が俺に向けられた……この人は、きっと視線で人が殺せる……と真剣に思った。マジで背中に冷や汗が流れた。

 俺、それなりに強いと思うし、死神としてそれなりに戦歴上げてきたけど……俺、親父さんには視線だけで殺される、とか、思った。怖えっ! 石田も視線冷たいけど、慣れもあるけど、石田の冷ややかな視線を高濃度に凝縮させて、鋭利にした感じ……を浴びて、俺は凍りそうになった。


「あ、友達も来てるから」



 石田が、その視線に気付いてフォローのような物を入れてくれた。ああ、うん。今はオトモダチでいいや。今洗いざらい石田との関係をぶちまける勇気はない。世界中の誰に俺と石田の関係知られても困らない、むしろ石田は俺のだから誰も手を出すなと主張したいくらいだけど……今は、オトモダチがいいです。


 石田父に値踏みされてるような視線に居たたまれなくなる。


 えっと……やっぱりここは挨拶しておくべきか?

 石田の親父さんに会ったら何て言おうと思ってたんだっけ、俺は。
 雨竜君と清く正しく交際させて頂いている……って清くも正しくもねえな。昨日散々ヤったし、男同士って時点で法律で認可されてねえし。いや、だからオトモダチですから、今は。また、この次にでもちゃんとご挨拶をさせて頂こうと思いますが、ちょっと、今、親父さんの機嫌も本当に悪そうだし……俺が耐えられる自信ない。



「あ……黒崎です」
「帰ってもらえ」
「なっ……!」

 ………なんだ、その即答はっ! こっち挨拶しようとしてんのにっ!

「死神以前に名前が気に入らない」

「はあっ?」

 何だよっ? 何処の黒崎に怨み混もってんだ、親父さんは。俺は何の関係もねえだろ、初対面だろうが! 


「あんたに言われなくても、荷物取ったらすぐに帰るよ」
「お前には言ってない。ちょうど話があるから、お前は残れ」
「嫌だよ。僕だってやる事があるんだ」

 そうだ。今日は石田んちに俺が泊まって、甘い一夜を過ごすんだから! とか、腹ん中で反論してたら……。






「石田っ、てめ、いきなり投げ飛ばすこたねえだろ」





 部屋の中から、何か……すっげえ馴染みのある声が………!




 聞いた事があるどころじゃねえ……16年間そばで聞き続けた……。

 この声………。


 とか、俺がひきつった瞬間に……親父さんが、扉に近付いてきた気配に向かって、思い切り部屋のドアを閉めた……ドアから、なんだかデカイものが、盛大にぶつかる音がした………。


 ……………えっと……顔面直撃した事ぐらいはわかるけど……。


「てめっ! 何すんだっ!」


 って、勢い良くドアを開いて出てきたのは……やっぱり声の通りに、俺の血縁者の熊……。


「……親父っ!?」


 が、こんな所で何やってんだよっ!


「おお、我が息子。奇遇だな」

 奇遇だな、じゃ、ねえだろうがっ!?

 道端でばったり遭遇とか、そんな可愛らしい話じゃねえだろうが! 何で、石田の実家の親父さんの寝室らしき部屋から俺の親父が出てくんだっ!



「お、雨竜君、お邪魔してるよ」
「……あ、こんにちは」


 石田をちらりと見ると、やっぱりわけわかんなそうな顔で、ひきつった笑顔になってた。


「さっさと帰れ」


 親父さんが、眉間にシワを寄せて言い放つ……。いや、なんか、滅茶苦茶親父が邪険にされてますが。え? どういう関係この人達?

 しかも、親父が嫌われてんなら、その息子の俺ってかなり印象最悪なんだろうってのは、向けられた視線で理解できた……てか……視線に殺意込められてたぞ。



「雨竜君久しぶりだなあ。たまにはうちに連れて来いって言ってんだろ、一護」

 親父は凍て付いた石田父の視線を一向に気にしないで、石田の肩に手を置こうとした手を、親父さんが払いのけた……いい音がした。



「雨竜、もしかしてこの男の家にも行ったのか?」

「それが何だよ。何で指図されなきゃなんないんだ」


 石田は、何度も家にも連れて来てた事もあるし、遊子と何だか料理一緒にしてたりするし……。石田もそれなりに楽しそうにしてた。ただ、親父がビールを石田に勧めるから、石田はそれだけが困ってるって言ってたけど、親父とも普通に喋って笑ったりしてる。

 なんか、親父が良く、雨竜君は可愛いねえと言ってた……。そんな事ねえよ、今は猫被ってるだけで、かなり狂暴で、すぐに怒るし、すぐに物を投げるし、すぐに手が出るし……とか、反論してたけど……石田の親父さん見た後なら、石田が可愛く見えたりもするかもしんねえ。いや、石田の方が百倍可愛い。まだ親父さんを虎とか豹とかに例えるなら、石田はまだ猫に見える。



「雨竜、ちょうどいい。少し話がある」
「僕は無いけど」
「私はある。部屋で待っていろ」

「石田、押し付け教育は良くねえぞ」
「お前は帰れ」
「へいへい」

 親父さんが睨み付けた視線をさらりと親父は受け流して、肩を竦めた。



 んで、親父が部屋に戻って行く……。


 てか、寝室って言ってた……あんたら、何してたんだ?



「おい、石田、俺のベルト知らね……がふっ」




 親父さんが廊下にあった置物を投げたのがヒット。したらしい、派手に鈍い音が聞こえた。


 えっと……今のガラス製の置物、けっこうでかかったよな? 無事か、親父……。


 てか、ベルトって……ベルトって何のベルト? いや、考えないで置こう。




「石田っ、てめえ殺す気かっ?」

 あ……俺、今朝石田に辞書投げられた時に同じ台詞言った……親父は無事だったようだけど。



「とにかく、雨竜、お前は残りなさい」

 親父さんがそう言って、荒々しくドアを閉めて部屋に戻った。

  事態が飲み込めない俺は……、というか俺達は……廊下に残された。いや、部屋に入る勇気なんて微塵もねえけど。




 中から、また、物音が聞こえてきた……から。



 時々親父が青アザ作って来た理由が解った……気の荒い猫と格闘してたとか、妙な言い訳が気になってたけど……いや、猫とかそんなんじゃなくて、やっぱ豹とか虎とかそんなレベルだろ?




「黒崎、何か……ごめん」


 石田は、何だか困ったように、珍しく狼狽していて……いや、多分親父は頑丈だから無事だと思うけど……俺も今石田と同じ心境だと思うけど、きっと間違いないだろう。



「あ、いや……俺の方こそ」

「うちの父が何だか……おじさん、大丈夫かな」

「あ、親父なら大丈夫だと思う」

 ……たぶん。

 いや、事態、飲み込めねえって言うか、飲み込みたくねえって言うか。



「……とりあえず下に行こう」

「あ、ああ」





 部屋の中から、何やら怒鳴り声が響いている……。



「あの置物、気に入ってたのに……」

 階段を降りてる時に石田がぼそりとそんな事言ってた。まあ、多分、割れたな。





















20101215