20101106 02 |
黒崎がが連れてきたのは、駅ビルの中にあるシルバーアクセサリーの店だった。
駅ビルは紅茶を買いに来る時に時々来るけど、一人暮らしで裕福な暮らしをしているわけじゃないから、洋服なんかはあまり買わないから、他の階には来たことがなかったけど、あることぐらいは僕も知ってた。
黒崎が時々利用する店らしいけど、私服で会うこともあまりないから、へえ、とかの簡易的な感想しか言う事が出来ない。今もウォレットチェーンを付けているのがそうだって言われても、黒崎が服装に気を使うという意外な一面を知ったぐらいで、だからどうだって言われても困る。
滅却師の証であるブレスはずっと身に着けているけど、服装に気を使ってるわけじゃなくて、僕が滅却師じゃなかったらつけてないものだ。
だけど、ずっと見ていると、確かにデザインは凝っていて、欲しくなる気持ちも解らないではない。
だからと言って僕は基本的にアクセサリーを身につけるような習慣はないし、誕生日プレゼントに何がいいかなんて解るわけないし、どんな相手かも解らないし、何よりも、この店あんまり女性らしいとか言い難いんじゃないだろうか。
黒崎が似合うって事は、それなりに存在感があって、女の子ならもっと繊細で折れそうな細い指輪とか、小さな石のついたものとかの方がいいんじゃないだろうか。
「お前、つけてみろよ」
って、言われたって!
「なんで僕が」
「いいから」
「何がいいんだよ」
何がいいのかわからないけど、黒崎は僕の手を掴んで、黒崎が目をつけた指輪をはめられてしまった。
「僕、指は細い方じゃないよ?」
別に、太い方でもないかもしれないけど、女性と比べたらやはり問題ある程度には太いはずだ。
物心ついたときから滅却師としての修行をしていたから、それなりに指の骨もふとくなっているはずで、女性用に選ばれても困る。
確かに、この店のデザインはいいと思う。繊細だし、存在感あるし。特にアクセサリーをつける習慣がない僕でも勧められたら買ってしまいそうになるくらいには、いいデザインだ。僕は男だから、こういう少し強めのものも合うかもしれないけど、女の子がつけるとなると、やっぱりちょっと強すぎる気がする。
「いいんだよ」
「いいのかなあ……趣味が悪いって、言われるのがオチだと思うけど」
もし僕が好きな子が出来て、指輪をあげたいって思ったら、恥ずかしくても女性の店に入ると思う。
ああ……黒崎は恥ずかしいのか。
確かに黒崎みたいな見るからに不良の高校生が、指輪とか選んでたら、僕が店員だったら微笑ましく見守ってしまうに違いない。
「だって、僕はいいけど、相手は似合うのか?」
「ああ、大丈夫」
大丈夫だって……そんな事あるわけないだろう。
悪いけど、身長はそんなに高くないけど、手はそれなりに大きいと思うよ? 女の子の手とはやっぱり違うと思うし、サイズだってわかってんのかな? 細い子だったら薬指は7号ぐらいで選んだ方がいいと思う。7号じゃ僕なら小指にも入らないと思う。それにこういうデザインはそれなりに大きくないと見栄えがしないし。
もしかして、色白の子なのかな?
黒崎が誰を思ってリングを選んでいるのかなんて見当もつかないけど、僕の指で試してる所を見ると、もしかしたら白い子なのかもしれない。
僕は、確かに肌の色は薄い。と思う。その自覚もある。
外に出て活発に遊ぶようなアウトドアが好きな子供時代を送った経験もないし、今だって朝早くから、学校終って暗くなるまでボールを追いかけてるような汗を掻くのが好きな運動部じゃなくて、文化部だし。
前に小島君に指摘されて、気がついたけど、そういえば、確かに肌の色素は薄いのかもしれない。気にした事なんかはなかったけど。
児島君と手の甲で色を比べてたら、あろうことか、小島君よりも僕は肌の色が白かった。近くの女の子が何人か寄ってきて、僕とも比べたけど……彼女達よりは、白いかもしれない。
肌が白いだなんて健康的とはいいがたいし、男子として色白って褒め言葉の範疇じゃないから、女子から羨望を集めても嬉しいとは思えなかったけど。
今はめているリングは、ブラックオニキスのついた少し大きめのデザイン。
デザインが強めだったから、有沢さんとかと思ったけど、有沢さんは日に焼けて健康的な小麦色の肌をしているし。そうなると……誰だろう。井上さん……は流石に似合わないと思うよ、ここのデザイン。朽木さんならデザインはアリかもしれないけど、7号でも大きいんじゃないかな。ピンキーリングとか選んだ方がいいと思うけど……そもそも、黒崎は誰に買おうと思ってるんだ? 僕も知ってる人なのか? それすらもわからないってのに、何で黒崎が僕をこんな所まで連れてきたのかは、本当に謎だ。
謎だけど。
僕のを見つめながら真剣に悩んでる黒崎に、もう帰りたいとか言いにくい……から、もう僕の手の権利はしばらく黒崎に譲渡しようと思った。好きにしなよ。
もし意見をしたところで、僕は相手のことすら解らないんだからね。少しでもヒントがあれば協力ぐらいは出来たけど……いや、僕の手を貸すという、意味不明な協力はしてるけど。
ただ、黒崎が何となく僕の指にはめた、その指輪が……
「あ、これ、綺麗だね」
気に入った。
別に指輪とかする趣味もないし、料理する時邪魔だし、裁縫する時邪魔だし、顔を洗う時も邪魔だけど、それでも、綺麗だって思った。
他のと比べると石も使ってないし、シンプルだけど、細いほど細くはないけど、綺麗だって思った。
値段も石を使ってるわけじゃないから高いほど高くもない。今、僕の財布の中にはいっている金額でも買える。
送られてくる生活費は実際使いたくないだけで、切り詰めてる僕の家計の手腕もあってだいぶ貯まってきている。あまり考えたくもないけど、父親の事だから僕の誕生日には何かをするつもりはなく、いつも振り込まれている生活費の金額が少し多いぐらいだろうと予想している。そしてきっと当たる。
お金は、ないわけじゃない。
ちょっと、欲しい、な、これ。
実際僕も今日誕生日なんだから、今度自分へのプレゼントとして買いに来るのもたまにはいいかもしれない。
必要のないものだって解ってるけど、記念品なんてそういうものだ。たまには、贅沢したっていいかもしれない。それに、来月はクリスマスでだいぶ懐が暖まるはずだ。このくらいの値段だったら、大丈夫。
これを買ったからって一週間朝昼晩モヤシ炒めが続くわけじゃない!
「んじゃ、それにするか」
「あ、いや……」
いや、僕は、気に入ったんだけどね?
僕には似合うよ?
僕に似合ったって、どうしようもないと思うけど。確かに肌の色からすれば、黒崎よりも僕に近いのかもしれないけど。
僕に似合うからって、彼女に会うかどうかなんてわからないし、イメージも出てこないし、それに……もし、万が一に受け取ってもらえたらの可能性だけど、黒崎が渡して、それを相手がつけるということは、そこには何らかの盟約が発生し、たぶん恋人とかの関係になるのだろう、ということはつまり……黒崎の彼女とペアになってしまう、という事?
いや、それはないだろう。
いくら僕にこんなに似合うからといっても、黒崎の彼女とペアリングって、ないよ。
「じゃ、これ二つ買ってくる」
「は?」
「俺の分」
おれのぶん?
二つ?
「君の?」
「ああ」
「君も着けてみなよ? 君はこっちの方が似合うだろ?」
いや、シンプルなデザインだから、似合わないって事はないけど、黒崎の手は節張っていて、骨が太くて、いかにも男の手だから、もし買うとしたら、こういうのよりもしっかりとデザインのある重量感のある方が似合いそうだと思うんだけど。
「でも、なんかペアリングっていいだろ?」
ペアリング?
って、今黒崎の口が言ったような気がするけど気のせいだろうか? この顔でペアリングとか言った気がするけど……いや、ここは、何に合わない事言ってるんだよって?
それとも上の空程度に同意しておくべき?
黒崎がそうしたいなら勝手にすればと思ってたから今ここまで付き合ってるけど……そもそも……指輪だって、重いと思うけど……?
好きです付き合ってくださいと同時に渡すつもりなんだろう? いや、やっぱりネックレスとか勧めとくべきだったかな。リングなんて、独占欲が剥き身のままだ。少し隠した方がいいと思うぞ。しかもペアだなんて……重過ぎると思う。
「まだ付き合ってもいないんだろ? 引かれるって」
「そっかなあ。んじゃ秘密に買っとく?」
「どうしても欲しいなら、そうしなよ。好きで持ってる分には何も言われないと思うけど」
「わかった。じゃあ会計するから、あとでCD屋で待ち合わせな」
「え? 別に欲しいCDないけど」
「じゃあ、本屋」
「……じゃあ、本屋」
本屋……と、言ってから、別に渡すものは決まったのだし、僕はもうかえっても良かったんじゃないだろうかと、ようやくそこで気付いた。
それにしても、……残念。
リングなんて欲しいと思ったのは初めてだ。そのくらいに僕には似合ったと思う。別に必要かそうでないかと考えれば、決して必要なものではないが、それでも欲しいと思うくらいにはいい出会いをしたが……。
黒崎の彼女とならまだしも、さらに、黒崎とお揃いだと思うと、さすがに諦めがつく。
僕と黒崎と黒崎の彼女とペア……は、勘弁したい。
そんな事を本屋で料理雑誌を読みながら思っていた。
時々立ち読みする雑誌、今月号はケーキの特集だった。もう早々とクリスマスを意識しているのだろうか。見ていたら食べたくなってきたけど、作るとなるとそれなりの量ができるから、仕方ないけど近くのケーキ屋でケーキでも買って帰ろうかと思う。誕生日だし。
「なあ、今からお前んち行っていい?」
「何で?」
唐突に訊かれたから、黒崎の真意を測りかねた。
いや、突然なんだ?
別にかまわないけど、今日は天気予報では夜も晴れてるらしいから、あまり好きじゃないけどたまった洗濯物を片付けてしまいたいけど、それを放っておいてくれるなら別にかまわないけど、何かあるのか?
暇だから僕のうちに来て見たいとか?
いや、別にかまわないけど……だけど、何でだ?
「話が、ある……」
「別にいいけど」
別にかまわないけど、今日は天気予報では降水確率が0%だったから、日が沈んでから外に出すのは好みじゃないけど、そんな事も言ってられないくらい、うっかりと洗濯物がたまってしまったので、僕は勝手に洗濯物を片付けるけど、邪魔し無いなら勝手にすればいいと思う。
何故か……本当に何故か、黒崎にここまで付き合ってしまったのだから、気が済むまで付き合ってやろうかと言う気分になった。
話って、相談の事だろう。小島君とかに訊けばいいのに。いや、黒崎よりも鈍感じゃないと思うけど、それにしたって相談する相手間違えてると思うけど、まあそれで黒崎の気が住むならいいんじゃないだろうか。
「あ、ケーキ買ってこうぜ? 食品売り場にあっただろ?」
「はあ?」
いや、うん、買うつもりだったけど? 黒埼も僕が開いていたページを見てケーキが食べたくなったのだろうか。
「あれ? お前、甘いの嫌い?」
「別に、嫌いじゃないけど……」
どちらかといえば、ケーキは好きだ。
甘党じゃないけど、普通に好きだともう。辛いのも酸っぱいのも苦いのも、味のバランスがよければ嫌いじゃない。
だから、黒崎と僕はケーキを買いに行って……
そして、何故、黒崎は問答無用でケーキをホールで買うのか、さっぱり意味不明だ。
しかも、僕のうちに来て、ホールを嬉々として取り分けてるのが、本当に意味不明。
黒崎、そんなにチョコレートケーキ好きなのか?
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20101106