20101106 03










 ケーキがあるから、紅茶もティーバッグじゃなくてちゃんと、とっておきのダージリンを入れたけど……それにしても、何でこんなことになってんだろう。洗濯物しちゃいたいのに。

 ケーキを食べたら満足して帰るのだろうか。


「石田、誕生日おめでとう」

 そう、言われて驚いた。

「……教えたっけ?」

 教えたつもりなんてなかったし、訊かれた事もなかったし、確かに今日が僕の誕生日だけど、建国記念日と憲法記念日が逆だって何も困らない程度の感覚だから。

「いや、水色に聞いた」
「そう……」

 そう……って、納得したふりをしてみたけど……僕、小島君に誕生日教えた記憶、ない、はず。うん、ない。
 小島君だけじゃなくて、浅野君にも言った覚えないし、学校で僕の誕生日とか言った覚えない。生徒手帳だって別にいつも胸ポケットにしまってあるから、落として見られたこともないし。なんで、知ってるんだろう。
 小島君は本当に見た目に騙されてしまいそうだけど、けっこう強かな性格してるから、この分じゃ他の情報も握られている可能性がある。ような気がする……。


「誕生日おめでとう」
「……あ、ありがとう」

 不意に祝われてしまった。

 誕生日に何かするって、あまり経験がないから、この場合どんな対応をしていいのか解らない。
 日付が一日変わるだけだし、戸籍上年齢が上がるだけだし、僕は昨日の僕と何も変化がないし。

 誕生日が来たからって、祝われる言われはないけど……だけど。

 黒崎が、嬉しそう。

 黒崎がお祝いされているわけじゃないのに、黒崎がとても嬉しそうに笑っている。何が嬉しいのかなんてわからないけど、伝染してしまいそうな黒崎の笑顔が、少し嬉しいだなんて思った。
 僕はそれだけで嬉しかったから満足した。から、本題だな。

「で?」

「でって何が?」
「話があるんだろう?」

 話があるって言ってた気がする。ケーキのオプションまでついてるんだから、何かある。
 きっと頼みにくい事なんだろう。

 今日、僕はお金を一円も出してない。昼も奢られてるし、ケーキも黒崎が買ったわけだけど……何か、あるんだろう。

 話があるって、どれだけ頼みにくい事なんだろう。


「あ……いや」
「何?」

「えと……」
「言いにくい事なのか?」

「まあ、言いにくいっちゃ言いにくいけど……」

 歯切れの悪い黒崎の態度に、よっぽどの事なんだとは理解できた。
 何だろう。

 誕生日プレゼントまで買って、それを渡す為の算段で、僕に協力要請か? 僕は女の子とあんまり仲良くないよ? それよりもクラスの人ともあまり仲良くないよ? 人付き合いはあまりいい方じゃないけど。

 部活の誰かだろうか。呼び出してくれとかか?


「これ、受け取ってくれ」

 そう、言って出されたものは……。

「何故だい? さっきの買ったやつだろう?」

 会計は見ていないが、袋のロゴはさっきの店のもので間違いない。黒い袋で、銀の文字。何語かわからなくて、読み方も解らないけど、形は覚えてる。もしかして、会計を見せないようにしている間に、僕も誕生日だって知っていたから、何か気を利かせて買ってくれたんだろうか。そこまで気が利く男か? こいつ。

「そうだよ。さっきのだよ」

 ……さっきのって。どういうことだ?

 あんなに選んだものを僕に渡す……? まさか、買ったはいいけど、告白する勇気が出なくて、渡すのに怖気づいて僕に押し付ける気か?

「振られるの解ってるからって、僕に押し付けるのはよくないよ」

 せっかく買ったんじゃないか。玉砕するのは黒崎の勝手だけど、そこまで僕をつき合わせておいてそれはないだろう?



「ちょ、振られるって……」
「ちゃんと告白したらもしかしたら受け取ってくれるかもしれないし」

 頑張りなよ。別に玉砕しようと誰と付き合おうと構わなかったけど、自分の労力が無駄になるのはやっぱり少し勿体無い気がした。せっかく買い物まで付き合ってあげたんだから、つき返されるとしても、渡すぐらいの根性は見せてもらいたい。




「好きだ。石田」




「……」




「お前が、好きだから、その指輪、受け取ってくれ」





「………………僕?」




「そうだよ。悪いか」





 ……うん。
 似合わないねその表情。
 耳まで真っ赤にしてふてくされたような表情は、黒崎には似合わないから、思わず笑ってしまいたかったけど……今、笑っていいのか?

 今、黒崎はなんて言ったんだ?
 それとも黒崎の渾身のギャグか? 悪いけど僕そんなにお笑いに興味ないから今の主流の笑いがどんなものなのか解らないよ?

 ギャグだとしても黒崎の顔は、あまり笑って欲しそうな顔をしているわけじゃないから……本心? 本心で僕を好きだとか言ったのか、今?
 

「何で?」
「何でってなにが?」

 何がって、まず何が? だろう? 僕を好きって僕の何が好きなんだ? まず、性別からして君に好かれるような要素はないと思うんだけど。

「何で僕なんだ?」
「悪いか」

 好きって、僕をか? 好き? 鋤じゃなくて? いや、落ち着け僕。

 好きだって、つまり僕に対して特別な感情を持っているということか? 恋愛感情という感覚を僕に向けているということか? 


 好きだって……言われたけど。


 虚と戦う時は背中を預ける事もあった。その部分では信頼してる。けど!
 日常生活の中じゃクラスメイトよりも友達未満ぐらいの関係だと思ってたんだけど!

「悪いとかじゃなくて、好きだとか言われても、理解できない」

 理解できない。まず意味が解らない。

 だから、断った、つもりだった。

 好きだって言われたら、嫌いだって言われるよりも普通に嬉しいけど、そんな特別な意味合いを込めて好きだって言われても僕はただ困る。

 理解できないから、君の感情は受け取れないって、そう言う意味で言ったつもりだった。




「何が?」




 けど、黒崎の反応はすごく軽かった。


 何が? って訊かれたけど、何がってことはないだろう? 何が、じゃないよ。どこもかしこもだよ!



「何がって、君が僕を好きだってことがだよ」

 まず、そこだろ?
 男同士だとか大事な大前提を横に置いても、黒崎が僕を好きになる要素はまず無いように思えるんだが。
 友達としてだって、話が続かなかったり趣味が合わなかったりして、親友にすらなれそうもないって思うのに。

「そっか?」

 そうだよ。

「何で?」

 何で、どうして、どうやったら君は僕を好きだなんて思えるんだ?

「何でもくそもねえよ。理由とかあっても結局こじつけになっちまうから、ただ気がついたらお前に惚れてた。理由つけんなら、お前の事が気になって、気が付いたら惚れてた」

「…………」

 女の子から、好きだって言われたことは、今までに何度かあった。多くはないけど、何度かあった。僕を肯定されているようでやっぱり嬉しかったけど、僕がその子を知らないし、忙しいし、平均的な同世代よりもあまり恋愛には興味がなかったから断ったけど。

 それでもこんな、悪びれずに当たり前のように好きだなんて言われたことなんか、一度もないよ。断ったら、悪くもないのに、告白してすみませんって謝られた事もあるよ。

 しかも、好きだって、理由もなくて僕を肯定できるって、君はそんなに僕と親しかったか?


「だから、付き合おうぜ」

 で、だからってどこに続く「だから」だよ! 接続詞、間違ってるって、絶対!

「だから、何で?」

 だからってこうやって使うんだよ。だから、なんでその結論なんだ!

「好きだから」

 ……理論の整合性が、皆無だと思う。それはかなり無茶なただの屁理屈だって。

 君が僕を好きで、それで付き合うって、まず大前提に大事なものがあるだろう!? もし僕が男同士の恋愛に偏見を持っていないとしても、まず大前提に!


「僕は? 僕は君を好きじゃなくても?」


 大前提だよ。
 付き合うって、つまり両想いってことだろ? 僕が君を好きになって初めてお付き合いできるんじゃないのか?


「好きじゃないのか?」

 黒崎の意外そうな顔が……僕の罪悪感を吹っ飛ばしてくれてありがとう。


「考えたこともないね」
「おかしいなあ。俺がこんなにお前の事好きなんだから、お前も俺を好きになると思うんだけど」

「……何その理屈」
「んじゃ、とりあえず付き合ってみるか?」

「は?」
「お前が俺に惚れる自信あるぜ」

「なんだよ、それ。好きにならないと思うよ?」
「んじゃ、試しに付き合おうぜ。お前が正しいか、俺が正しいか」

「付き合わなくても解るよ。僕が正しい」
「付き合ってもないのにわかんねえだろ」
「解るよ。好きにならないね」

 黒崎、は、今、僕に振られている自覚あるのだろうか。
 今、僕は黒崎と付き合えないって言ってるつもりなんだけど……もしかして理解されてない?

 そんなに対人関係は得意じゃないけど、口下手な方でもないと自負しているんだけど……やっぱり、解ってないのか、黒崎は? ちゃんと言ってみたら、どうだろうか。

「今僕は君を特別な対象としては考えてないから、付き合うなんてできない」

「俺に負けるのがそんなに恐いか?」
「なっ! 違うだろ、勝負じゃないだろ?」

 いつからそんな勝負が発生してるんだ!

「んじゃ、勝負しようぜ? お前が、勝ったらこの指輪やるよ」

 どんな勝負だよ……。

 付き合ってみて、僕が黒崎のことを好きにならなかったらその指輪は貰えるって?

「……負けたら、もっと僕のものじゃないか」
「よく解ったな」


 もし僕が負けて黒崎のことを好きになったら、その指輪はでも僕のだろう? つまり結局僕が受け取らないって選択肢はないんだ? いや、いいけどさ、その指輪、気に入ってるし。




「……もう、いいよ」


 少し黒崎に付き合ったら、すぐに僕が黒崎の事を好きにならないのを理解してもらえるだろうし、黒崎も自分の感情が間違っていることにも気づくだろう。

 きっと、間違いだ、何かの。
 死線を共にして、生死の狭間の緊迫した緊張感の胸の高鳴りを、謝って恋愛感情にすり替えてしまっただけだろう。黒崎は、意外とというか、やっぱりというか、バカだから。


「付き合ってくれんのか?」
「仕方ないからね。せっかく買ったリングも勿体ないし」

 指輪は、装飾品には興味がない僕でも僕の指にはよく似合うし。

 黒崎とペアっていうのは気に入らないけど……僕は本屋にいて勝ったかどうかはわからないけど、結局買ったのかもしれない……貰えるなら嬉しいし。一応、今日が僕の誕生日なわけだから、貰ってもバチは当たらないと思う。


 不毛な会話するより、やってみればすぐに不毛な関係だって解って貰えるって。


「黒崎、で、付き合うと言っても、そもそも何をすればいいんだ?」
「……」

「悪いけど、僕は人目を気にする方だから、外で手を繋いで歩くとか嫌だよ」
「………」

「それに、いくら付き合ったとしても、キスとかはちゃんと両想いじゃないとしないよ? さすがにその辺は僕も馬鹿じゃないから先に約束してもらいたいな」
「…………」

「あと、絶対に誰にも言うなよ? さすがにこの年で同姓愛者のレッテル貼られたくないし」
「……………」

「絶対に気づかれないように、外では今まで通りに振る舞えよ。あんまり馴れ馴れしくするなよ」
「………………」

「そうすると、結局今までと変わらないと思うんだけど……黒崎?」

 畳み掛けるように条件を突きつけてしまって、飽きれてんのか? だとすれば思い通りなんだけど……。でも大事な条件だ。別に僕は黒崎が好きじゃない。でも付き合ってるだなんて噂でも流れたら、とか、考えたくもない。



「…………」

「黒崎? 聞いてる?」

 黒崎は、しばらく僕の顔から視線を動かさずに、口を半開きにしたまま……口の中、乾くぞ。


「黒崎、どうしたんだ?」

 黒崎が僕を見る目は、じっと瞬きもしないで……目も乾かないか?



「…………っ」



「黒崎?」










「…………っっしゃあっ!」






 突然の、雄叫びに、僕の心臓は止まりかけた!

 いや、うち、壁薄いから! 近所迷惑だから。いや、このアパート、ワンルームの一人暮らしの人が多いから、下の人も隣の人もまだ帰ってきてないけど。でも、外にも響いたぞ、絶対!


「言ったな? 付き合うって言ったよな、今! 間違いじゃねえよな!?」

「え? あ、……ああ」

 好きだとは言ってないけど、仕方ないからとは言ったつもりだけど。


「っしゃ! 撤回はナシだぞ! 二言はねえな? あっても聞かねえけど。今日からお前は俺のだからな!」

「は? いや、だから、君の事を好きにならないって証明できるまでの期間だから」

「ああ、死ぬ前までには絶対俺に惚れさせて見せる」

「ちょ……っ」

 しまった……、期間決めてないだなんて、僕はなんてミスを! 死ぬまでって、僕が黒崎をずっと好きにならなかったら、おじいさんになってもお試し期間中になるのか?

 いや、でもすぐに証明できれば良いわけで……どうやればいいんだ?


「いや、黒崎。ものには限度ってあってさ。せめて一年でどうだ?」

「わかった」

 やけにあっさり承諾されてしまったけど……しまった。一ヶ月って言っとけば良かった。交渉の基本は最低ラインからのスタートだろうが、僕のバカ! なんで一週間とか三日とかにしておかなかったんだ!


「大丈夫だって。すぐにお前は俺の事好きになるから」
「その自信はどっからわいてくるんだよ……」

 すぐにって、無理だよ。君を好きになんてならない。せいぜい僕の言葉が正しかったとあとで噛み締めればいいさ。


「すぐだって。俺がこんなにお前に惚れてんだからさ」




 そう言って、黒崎は僕に全開の笑顔を向けて……その笑顔が、曇りがなくて僕にまっすぐに向けられていて……。



「石田、好きだ」


 その笑顔に、不覚にも、少し……顔が熱くなった。


 とても、不覚だと思った。

























20101107
14000
このあと、黒崎に惚れたことを認めたくない雨竜君とか可愛いと思う。