食べ終わって、薬飲むと眠くなってきた。
黒崎が、食べ終わった食器を片付けてる。洗わせちゃって悪いな。
帰らないのかな。洗わなくて良いよ。
そろそろ眠い。でも、なんとなく人が居ると、寝にくい。一応お見舞いに来たって言っても、黒崎はお客さんだし。
寝ても、いいかな。
やっぱり、人が居ると嫌なんだ。こういう時は特に。
具合悪いと、心細くなる自分。情けないけど、自覚ある。
そばに居て欲しい、誰でもいいから、近くにいて、手を握ってて欲しい。安心するから……だなんて、そう思う自分がどこかにいる。情けない。いつも一人でも大丈夫なのに、こんな時だけは……。
子供の頃から……祖父と居た頃は、濡らしたタオルを額に置いてくれて、ずっと看病してもらった記憶がある。祖父が死んでからは、どんなに高熱になっても、誰も居なくて、その頃は良く熱を出したけど……広い家には、朝から夜までいつも誰も居なくて。寝ている間に来てくれたのか、知らないうちに水枕になっていた事もあるけど、でもずっと手を握ってくれなかった。行かないでって言っても、僕を置いて行った。
なんて……当たり前なんだけどさ。
昔から、体調が悪くなると、なんだか独りで居る事が寂しいだなんて感じる。僕は、本当はひとりでも大丈夫なのに。早く……治さなきゃ。
流しの音を聴きながら、僕はうとうとと……。
なんとなく、くすぐったい感じがして、意識がぼんやりと浮上する。
身体が熱い。
熱が上がってきたみたいだ。さっき着替えたのに、また着替えたいけど、今は動きたくない。
なんとなく、くすぐったい。まだ、寝ていたいのに。起きたくないけれど、それでも不快な感触じゃなくて、とても柔らかい、感じが嬉しいのが、くすぐったい。
薄く目を開くと、オレンジの頭が見えた。
「……黒崎?」
黒崎が、僕の頭を撫でていた。僕の髪の毛に指を絡めるようにして、そうやって僕を撫でていた。気持ちいい、なんて……僕は素直にそう思ったけど、今はそれを不思議に思うこともなく、ただその感触を味わった。
「起こしたか、わり。寝てろ」
「……うん」
具合が悪くなると、一人が寂しいって思う。誰かがそばに居て欲しくなるんだ。
師匠がいた時は、師匠がずっと看病してくれてた。その頃を思い出すんだ。それが僕はとても嬉しくて、風邪をひいているからって我儘を言った。そばに居てって、どこにも行かないでくれって。祖父は、何度も濡らしたタオルを絞って額に載せてくれて、僕の手をずっと握っていてくれた。
黒崎だって、なんか、こうやって近くにいてくれるの、嬉しい。だなんて思う僕は今本当に弱っているのだろう。きっと熱のせいだ。全部熱のせいだ。
横を向くとタオルが落ちた。取り替えてくれてるんだ?
ひんやり気持ちいい。僕が熱を出すと、師匠が濡らしたタオルを変えてくれて、頭に乗せてくれた。
会いたいと、思うほど寂しくなる。僕が一人だって思う。
「黒崎……」
手を、伸ばしたら、ちゃんと握ってくれた。
「石田、どうした?」
「………そばに、いて」
僕のそばにいて。治るまでここにいて。離れないで。
一人は、やっぱり寂しいんだ。
黒崎でいいや。
今だけでいい。僕が、寝るまで。あと、少しで寝るから。
少しぐらい、我儘言わせて。僕は熱を出してて、今ちょっと普通じゃないから。
そばに居てほしい。
一人になったら、思い出してしまうかもしれない。怖かったんだ。僕は、本当に怖かったんだ。最近は減ったけど、昔は毎晩のように夢にうなされていた。また、あの夢を見てしまいそうだ。僕の夢の中で祖父は何度も死んでいる。あの時の事をまだ覚えているから、僕がまだ赦せていないから、何度も僕は夢の中で祖父を殺してしまう。
僕に、ただ一人、祖父だけは優しかったんだ。
黒崎でいいや。今だけでいいから、僕に優しくしてよ。
我儘言ってる自覚はあっても、どうしようもない。だって、そうして欲しいんだ。我儘言ってる、自分が何言っているのか、よくわからない。僕は病人なんだから、そのくらいの我儘くらい聞けよって、我儘にも思いながら、それでも反応が少し気になった。
馬鹿にした顔とか、呆れた顔をされてたら、やっぱり嫌だから、不安になって黒崎の顔を見た。
黒崎は、見たこともないくらい柔らかい表情で、ふわりと僕に笑ってくれた。
安心していいって、その笑顔だけで嬉しくなれるくらいに、優しい笑顔を僕にくれたのが、僕は嬉しくて……たぶん口元は綻んでいたと思う。
「ああ……そばにいる」
黒崎は僕の手に、手の甲に、爪に、指先に、そっと口付けた。
柔らかくて、不思議な感触だった。
自分でも自分の唇ぐらい触ったことあるのに……黒崎の唇はとても柔らかくて、気持ちよかった。
「石田、俺さ……お前の事……」
ゆっくり睡魔が降りてくる。世界が優しい黒で包まれていく。
黒崎が何か言ってる。
なんだろ。ひどく眠いんだ。もう、僕は寝てしまう。
別に、いつもは一人でも気にならないのに。
そばに居て欲しいだなんて思った。
帰らないでって、言いたくなった。
「石田、お前が……」
黒崎が、僕にキスした。さっきされたような、強引なのじゃなくて、もっとふんわりして、触れるだけのキス。唇と、頬と目蓋と……何度も降る……夢の中に入ってしまいそうになるような感じ。
熱が出ていて、身体は苦しいのに……。
そうやって優しくされている事が、なんか、とても嬉しくて……。
僕は、もう寝ているのかもしれない。
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20101213