熱と眠気で朦朧とした頭で、朧気に黒崎に適当に返事したのは覚えてる。
黒崎が何か言ってたのは確かだ。
何かを言っているけれど、僕はとても眠かったし、眠くなくてもろくに聞けるような体調じゃなかった。だから仕方なかった。そんな時に何かを言う黒崎の方が悪い……けど。
でも一体、僕は何の約束をしたんだ?
黒崎が僕の家に居る現状。
一体、何だこれは。
いや、別にそれはいいけど。黒崎と仲良くなった事は別にいいけど。
あれから……学校でなんとなく、黒崎が僕とよく話すようになったことや、浅野君みたいに黒崎からのスキンシップが多くなってきたこととか……。
まあ、いいけどって思ってた。いや、本当に困ってないけど。もともと嫌いだったけど、悪い奴じゃないくらいは知ってたし、話してみたら面白いし、趣味も性格もまったく違うけど、意外と気が合うし。
だから、いいんだけど。
明日休みだから遊びに行っていいかって聞かれたから、この前看病してくれたお礼と言うか引け目があったからっていうわけじゃなくて、本当に黒崎が遊びに来ても何も困らない状況だっただけだ。
だから、今、黒崎が我が家に居るけど。
それは別に構わないけど……何で、この体勢なんだ?
何で、黒崎が僕を抱き締めてたりするんだ?
一体どういう流れでこうなった?
玄関入って、夕飯の買い物付き合ってもらったから、お粥作ってもらったし、今日は何かご馳走しないとって思って、珍しく国産の牛肉を奮発して買った。200gだけど。冷蔵庫に買ったもの入れてから、黒崎にお茶出して、黒崎が僕を抱きしめたって……どういう流れだ!?
「……石田……好き」
は?
「すげえ、好き」
へ?
黒崎が耳元で囁いた言葉に僕は僕の鼓膜を疑った。空気振動ではなくて宇宙から降り注ぐありえない電波をキャッチしてしまったのではないだろうか。
いや、そもそも、好きって、何をだ?
この状況だと、もしかして僕をか?
「……お前と両想いだって、すげえ嬉しい」
両想い? 何が? 量重いって何?
「くくくくろさきっ?」
ちょっと待て、ちょっと落ち着け。何で君が僕を抱きしめているんだ? そう言う体勢だよな? 何で? 僕の感覚で言うと、黒崎は僕の出したお茶を飲む場合じゃないのか?
「……この前告白した時に、お前も好きだって言ってくれただろ? すげえ嬉しかった」
この前って……どの前だ? 好きだって? 僕が黒崎を? 僕が黒崎を好きなのか? 知らなかった。
いや、僕は個人的には、浅野君ほどではないにしても普通に女の子が好きだと思う。特定に誰が好きになった事はないけど、誰かを特に意識した事はないけど、たぶん普通に女の子が好きなんだと思ってたけど。
僕が黒崎を好きなのか? そんなこと言ったのか? 僕が?
「俺……すげえ、嬉しかった」
正気、か? まず僕が! 今一体どんな状況なんだ? 落ち着け! まず僕が!
「好き、なのか?」
僕が、君を?
そうなのか? 僕がそう言ったのか? 馬鹿な。
ライバル視する事はあっても好きだなんて言った記憶は無いけど、よく覚えてないけど、言ったのか?
そもそも、個人的には黒崎を死神じゃなければ嫌いってほど嫌いではないけど……まあ、他人の意見無視して強引に猪突猛進なあたりとか、苦手だって思う所がないわけじゃないけど……いや、実は言ったことないけどずっと苦手だって思ってたし、話も合わないし、死神じゃなかったとしても、黒崎が実際は不良なわけじゃないけど見た目が見た目だからあんまり近付きたくないタイプって思ってたけど、最近少し話をするようになったら、なかなか面白い奴だって解ってきたって段階なんだけど、今。
「えっと……」
ああ、たぶん。
黒崎があの時、何か言っていた。僕は熱を出していて、眠くて、黒崎が優しくしてくれて、とても嬉しかったのは覚えているけど、寝るまでそばに居てくれるって言ってくれてたと思ってた。僕を安心させようと、何か優しい言葉をかけてくれていた。
だから僕は、朧気に返事をした。
きっと、その時だろう。そのくらいは解るけど。
「石田、好きだ」
黒崎の腕に力が込められた、少し苦しい。
摺り寄せられるように僕の首筋に押し付けられた黒崎の頬が、すごく熱かった。
……何を馬鹿な事を言ってるんだって……笑い飛ばしていいのかな、この雰囲気で……。空気、今凍ってる。
違うんだ。あれは、黒崎の話を何も聞いていなかったんだ。ただの僕の寝言なんだ。
そう、言ったら、今の空気はますます凍りついてしまうに違いない。
「……黒崎」
いや、だからと言って、このままのわけにもいかないだろう? なんとかして誤解を解かなければ。一体、どう言えばいいんだ?
「ん?」
呼びかけると、黒崎は少し腕の力を緩めて、僕の顔を覗き込んだ………誰だこいつ。
これは、僕の知ってる黒崎じゃない!
黒崎はもっと、こう……眉間に刻まれたシワがデフォルトで、笑っても怖い顔をしている、あからさまに見た目いかにも不良って……。
何だ、この、犬が全力で尻尾を振ってるような……つられて、うっかり僕まで笑顔になってしまいそうな顔は!
いや、可愛いとか、何で、僕が黒崎に対して感じなきゃなんないんだ? おかしいだろ?
どう考えても、どこをどう見ても黒崎だろ、これは! なんか、間違ってる。絶対、どこか間違ってる。
「石田、俺の事、好き?」
ああああえええっと!
だから! なんて、答えればいいんだ?
いや嫌いじゃない。黒崎的な奴は相容れないと思ってたけど、黒崎は話してもなかなか面白いし嫌いじゃない。って、最近知った。だから、今そこなんだ。好きとかの段階じゃなくて、もっと基本的な……。
「黒崎」
「好きって、聞きたい。もう一度……」
「………」
じっと見つめられて……。
色素の薄い瞳だな、なんて思った。
怖い顔してるくせに、瞳の色は、柔らかかった。
「石田、好きだ」
黒崎の顔が、近付いてくる。
僕は、身体が動かない。
何をされるか、なんか、解った。
でも、動けない。
僕は、こんな黒崎の柔らかい表情、見たことない。
きっと、誰も見たことがないんじゃないかな? いつもこんな顔してれば、不良だなんて誰にも言われなかったはずなのに。
僕だけに、見せているのだろうか?
みんな、知らないって、優越感なのか、なんなのか。
黒崎が、僕をじっと見てる。すごく優しい表情。優しくしてくれるって言われるような、安心して頼っていいって言ってくれているような、身勝手にもそれを信じ込まされてしまうような、そんな優しい笑顔が……
「………好き」
って、何を言っているんだ僕は!
今、僕はなんて言った!?
ちょっと待て、違う。黒崎じゃない。黒崎じゃなくて、今鏡があったら見せてやりたいくらいに自分でも見たことないだろうってつっこみたくなるくらいに柔らかく浮かべてるその笑顔が好きだって言う意味で、黒崎をじゃなくて……いや、まあ黒崎のその笑顔が好きって言う事はつまり黒崎が好きって言う意味になるんだろうか。
じゃない。
違う。僕が言いたいのは、だから! あああああもうっ!
夢なら覚めてくれ。
もし僕が寝ているなら、頼む、早く目を覚ましてくれ!
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20101227