熱に効く薬 04










「……………えっと」


 僕は、突き出されて僕の口元に運ばれている蓮華に乗ったお粥を凝視する以外の行動が思いつかなかった。

 ……えっと……。

 いや、たぶん、これは食べろって事だと思うけど。たぶん、きっと食べろって言ってるんだと思うけど……食べさせてくれるって……何でだ? 流石にそこまで弱ってないよ?


「黒崎、自分で食べれるんだけど……」

「いいからいいから」


 何がいいんだ!
 逆に食べにくいよ!
 何だ? 黒崎は? 何がしたいんださっきから?

 人に食べさせてもらうのって、食べにくい。少しぐらいなら起きれるから、そこのノート片付けてもらって、テーブルで起きて食べた方がよっぽど食べやすいんだけど。

 もしかして僕に優しくしてるつもりなのか? それにしたって、これはどういう好意だ? 黒崎なりの好意だというのは解るけど、厚意はあつかましいを通り越して僕には迷惑に近いんだけど。どう考えても有り難いとは言い難い迷惑未満でとにかく僕をただ困惑させるだけの効果がある。
 もしこれが好意だとしても、僕に優しくして何のメリットがあるんだ? 

 僕が人より秀でていることと言えば……まあ、大体において僕は何でも出来るけど、見返りとして僕に勉強を教えて欲しいとかだろうか? 別に黒崎だってそこそこ勉強できるから、僕が教える必要なんてないと思うし。


 無条件の上機嫌をどうやって挫かせればいいか僕には解らない。黒崎は蓮華を渡そうとしないし……どうやらこの調子じゃ食べるまで帰ってくれそうにないし。

 だから……仕方なく黒崎が持ってる蓮華に乗ったお粥を食べる。黒崎が息を吹きかけて冷ましたのと、押し問答のせいで時間が経った事もあるけど……適温。

 ……意外とおいしい。
 卵粥だった。
 風邪のせいで味覚はあんまりないから卵の味はよくわからないけど、美味しいと思った。


 飲み込んでから、黒崎にお礼と、やっぱり自分で食べるって言おうとした。

 美味しいから、まったくないと思ってた食欲も少し出てきた。これなら少しは食べれそうだ。食べたら薬の効きも早いし、きっとすぐに治る。有難うって言おうと思った。

 でも、そんなに病人気分を楽しみたいわけでもないし、別に介助してもらわなくても自分で食べられるから、蓮華を貸してくれって言おうと思った。


 ら、黒崎は妙な顔で僕を見てた。

 妙な……妙だ。
 すごく間の抜けた顔。

 これがこの地域で喧嘩が一番強いと悪名高い噂の不良だとは誰が思うんだ? いや、別に今はそんな悪評が立ってるわけじゃないけど、それでも中学の頃は不良とかの世界とは隔絶された優等生の僕の耳にも黒崎の噂は耳に入る程度の、怖い不良だと一般には認識されていたはずの、その黒崎が。


 なんか……
 すごく間の抜けたアホ面。


 が、僕を凝視してた。口と目を開いたまま、僕を見てた。



「黒崎……?」

「……悪い。自分で食ってくれ」
「あ……うん」


 全然悪くないけど。そう、お願いしようと思っていたけど。

 蓮華を受け取って、もう一口食べる。
 美味しい……。僕が作った方が美味しいと思うけど、非常食として買ってきたレトルトのお粥はお腹が空いてても不味くて食べられなかったから、こうやって作ってくれるのはありがたい。卵もふわっと出来てて、黒崎の見た目に似合わずに、料理のセンスあるんじゃないか?



「そういえば、眼鏡かけてねえのな」

 食べ物を口には言ったまま喋るなという教育のせいで、食事中に返事を返すのはタイムラグがあるのは、諦めてもらいたいけれど、今はそれを伝える手段もないから、ちゃんと聞いてると意思だけでも伝えようと、黒崎を見た。

 ら……なんか、何だろう、このだらしのない顔は……?
 今さっきの間の抜けた顔も驚いたけど、この顔も写真に残して後々笑いものにしたい程度には、妙な表情をしている。

 鼻の下が伸びてるぞ、なぜか。
 表情が緩みきってて、隙だらけの顔の、笑顔。眉間のシワどころか、脳味噌のシワすらも消えていると疑いたくなるような、チューリップが全開に開ききってしまっているような、そんな笑顔を黒崎の顔で見たのは初めてだから、しばらく咀嚼を忘れた。

 これがこの地域で喧嘩が一番強いと悪名高い噂の不良だとは誰が思うんだ? 中学の頃は僕の耳にも……

 ……えと、これは、僕は指摘せずにスルーしたほうが良いのだろうか? 見なかったふりをした方が良いのだろうか。それとも黙って鏡を渡した方が良いのだろうか。


「さすがに寝てる時はかけないよ」
 僕は、あえて気が付かないふりを選んでみた。うん、黒崎がどんな表情をしていようと、黒崎の自由だ。

 確かに黒崎の前で眼鏡を外したのは初めてかもしれない。けど、別に素顔を晒したからって、恥ずかしいとか思うわけじゃない。眼鏡をしている僕の顔の方が見慣れてるだろうけれど、それほど眼鏡を顔のパーツの一部だと思って生きているわけじゃない。
 それに目は悪いけど、眼鏡がないと何も見えないほどに目が悪いわけじゃない。近い場所なら適当に見える。テレビ見る時くらいしか家じゃ眼鏡かけないし。


「俺、石田が眼鏡外した所初めて見た」

「……そう」
 悪かったね、眼鏡顔で。
 学校じゃはずすこともないからね。

 黒崎の顔が、未だにだらしない笑顔なのはやっぱり、一言、言及すべきだろうかと、しばらく悩んだけれど、早く薬を飲んで寝たかったので、やめた。









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