看病しながら 04










 着替え終わってすっきりしたのか、石田が自分で布団をかけ直した。もぞもぞと、布団の中で居心地のいい体勢探してた石田が、安定する場所を見つけたらしく、ふうと一息ついた。俺はそれを横目で観察するだけ。

「ありがとう、薬効いてきたみたいだ」
「……そりゃ、良かった」

 帰れってか?
 つまり暗にそう言ってるんだと思うけど。いや、食事もとらせたし、着替えさせたし、薬も飲ませたし、あとは石田が十分に睡眠とれればいいだけで、もう俺の存在用ナシなんだけど。
 逆に、いつもこうやって一人暮らししてるような奴は、俺が居ると人の気配がして眠りにくいんじゃないかとか思ったりするから、とっとと帰った方が石田のためでもあるんだろうけど。
 俺だって別に、ここでやる事ねえし、さっきパン買ってきたけど、かなり腹減ったから家帰れば飯がある。俺だって帰りたいのは山々だけど。


「本当に助かった」
「おう……」


 帰りたくても帰れねえ男の子の事情があんだよ、こっちには!!!


「………」
「……………」
「……………………」
「………………………トイレ借りる」


 ……情けねえ!













 トイレ借りて、狭い個室でとりあえず落ち着いて、気まずい気分で戻ると、石田は寝てた。

 熱計るの忘れてた。
 そっと、起こしちまわないように気を付けながら、額に手を当てる……ちゃんと、手洗ったぞ? と、心の中で謝罪しながら、そっと石田の髪を掻き分けて、額に乗っけた。
 食べたせいか、少し熱が上がってるような気がするけど……一般的な市販の解熱剤だけど、薬飲んだし、大丈夫だろう。月曜には学校に来れるようになってりゃいいけど。

 変な髪型のせいで、顔に髪がかかる。邪魔じゃねえのかな?

 薄く開いた唇から、熱い吐息が漏れる。

 ………こうして見ると、やっぱ綺麗な顔してる。整った。パーツ自体は派手じゃねえけど。

 女だったら、高校時代パッとしなかったけど、大学デビューとかしてミスコン選ばれるようなタイプだな。


 ………いやだから、石田は男だって。
 さっきから、俺、本当、どうかしてる。

 石田が可愛いだなんて思うし、笑顔見ると心拍数上がるし、極め付けに見事に身体に反応が出た所……。

 どれもこれも、石田のせいだって事にしておく。
 今まであんま見てなかったけど、うっかり石田が美人だったり、笑うと可愛かったり、熱が出てちょっと気弱になってて素直だったりしたせいだから、全部石田のせいだって。そう言うことにしておく。今日のことはそれで、思い出さない。
 石田だってどうせ俺の事嫌ってんだから、俺に世話になったりしたら気まずいだろうし……

 ………嫌われてんだけどさ。どうせ。

 そりゃ好かれてるだなんて思ってねえけど、やっぱ、嫌われてんのってへこむ。
 俺は、石田の事嫌いじゃないんだけど。
 むしろ、もっと話してみたいし、もっとさっきみたいに笑ってくれないかとか、思ってるんだけど……まあ、風邪限定な素直な石田に会えた事で、今はちょっと気分いいけど。


 とりあえず、さっき買ってきた冷却シートを、石田の額に貼って………。

 又とない、貴重な体験したし…………。

 帰るか。

 ペットボトルの水と、スポーツドリンクと、薬、代えの冷却シートをテーブルに並べて……。
 大丈夫だろう。

 首筋に、手を当てると、早い鼓動と、発熱した体温が伝わった。
 ……やっぱ、ちょっとまだ心配だけど。






「……くろさき?」


「あ、悪い、起こしたか?」

「………うん」

 石田は、電気がついてるからか、ちょっと眩しそうに目を細めながら俺を見た。

「じゃあ、俺帰るから」

 そう言って、石田の布団をかけなおす。起こしちまったけど、こんだけ熱上がってるから、すぐに寝付けるだろう。

「携帯の番号書いとくから、なんかあったら、呼べよ? 一応これでも医者の息子だから、少しは頼りになるぜ?」

「…………」


 石田の目が、不安そうに揺れた。

 じっと、俺の顔見てた。

 ………こいつ、こんな顔もすることあるんだ……。いつも偉そうな態度とか、人を馬鹿にしたような口調とか……いや、思い返してみると、俺限定かもしんねえけど……嫌われてるようだから……やっぱ、なんかへこむ。


「帰るの?」
「あ、ああ」

 熱出した石田は、凶悪な可愛げがあるって、知らなくていい情報も仕入れた。

 本当は、もうちょっと様子見てたいけど。
 心配だし。


 もう少し熱が下がって落ち着くまで、そばに付いててやりたいけど。



「………帰るんだ」
「大丈夫だって、すぐに熱も下がるから」

 布団の上から、落ち着かせるように二回ほど軽く叩いた。意識、少し朦朧としてんだろうな。


「くろさき、お願いがあるんだ……」

「ん?」







「僕、が眠るまで、居て」



 石田が、布団の中から白い手を俺に向かって伸ばした。





「………………ああ」

 俺は、差し出された石田の手を握った。


 熱い手。
 短く切り揃えられた卵型の爪のついた、長い指。骨ばってて、やっぱ男の手だけど。綺麗な手をしてた。
 その手を、しっかり握る。

 熱で、不安定になってんだろうな。家族も居ねえし……寂しいのかもしんねえ。俺のうちは母親居ないけど、賑やかだから、誰も居ないってのわかんねえけど……。
 こんな時ぐらいは誰かに甘えたいって思うの、石田もなのかも。
 やっぱ、風邪ひいたりすると、少し弱気になるから。





「お前が寝るまでは、ここにいるから」


 お前が安心するなら、俺で良けりゃ、そばに居てやるから。
 石田が俺でいいなら、俺は、今お前のそばに居てやりてえ。
 俺でいいなら、もっと甘えて欲しい。

 そう、言いたかった。言いたかったけど、どうやってそれを石田に伝えればいいのか解らなかった。
 だから、安心させるように、俺は笑顔を作った。



「だから、安心して寝ろよ」

「……ありがとう」



 そう、言って、赤い顔をした石田の手を強く握ると、石田の指先が、僅かに俺の手を握り返してきて……。


 ふわりと、微笑んだ。






 ………………見とれてた。

 完全に、今、石田に見とれてた。

 何、やってんだ、俺は……。
 さっきから、本当に何やってんだ。すっかりペースが乱されてる。


 どうせ、こいつ俺のこと嫌いなのに……。
 いつもそんな事、大した事じゃなかったのに、今はそれが何か悔しい。
 こいつに、嫌われたくない。

 せめて、もうちょっと熱が下がるまででいいから、一緒にいたい。
 だから、こうやって、手、繋いで居れば……少しは慣れてくれんじゃないかとか、そんな事思ったりした。


 そんな事思いながら、寝息を立て始めた石田の顔、ずっと見てた。






「くろさき」




 ふと、石田に呼ばれた。まだ、寝てなかったんだ。
 ずっと見てたの、ばれてただろうけど。





「僕、本当はね………」

「ん? どうした?」

 思いがけず、優しい声が出たのに、自分でもびびった。










「本当は、君の事、好きなんだ」







 すうっと、苦し気な呼吸が、ちゃんと寝息に変わるまで、俺は………ただその顔を見ていた。
















090705