思惑 01








 路地裏で、矢鱈に綺麗な女に会った……。

 紫の着物に蝶の柄を散らせ、紅い唇は艶めいていた。
 豊かな黒髪を背に流し………。
 まさかとは思ったが……。

「桂?」

 呼び止めりゃ、女は振り向く。









 非番の日。大して目的もなく、歩いていた。ぶらぶらしていただけだが……桂を、見掛けた。
 誰も連れずに、一人で往来を歩いていた。あんな目立つ容姿をしながら、雑踏に紛れ、一人で歩いていやがった。
 非番だったから……特に何の得物も持っていない。まずった。
 捕まえるにしても、これじゃ分が悪い。逃げられるのがオチだ。
 そっと、跡をつける。
 幸い気付かれては無いようだ。

 ――まずいな。

 時々間の抜けた奴だが。

 俺達の包囲網からいとも容易く軽々と俺達の頭を踏み台にし、飛び越えて逃げやがったと思ったら、俺達が見てる前で、何もない場所でつまずきやがった。それでも逃げられたが。
 峰打ちで何人もの隊士が倒れてる中で、俺にむかい凪ぎ払った刀は俺の前髪を掠め……次の動きに入る時に、肘を塀にぶつけて悶えていた。その時も逃げられたが。




 気付かないでくれよ。
 祈りを込めて、後をつける。

 チャンスを伺わないと、突っ込んで行っても簡単に勝てる相手じゃねえ。用心に越したことはない。チャンスは必ず訪れると、言い聞かせる。

 桂の後を見失わない程度の距離を置いてつけていく。





 どんどんと、人気のない道に入る。
 どこに行くんだ?


 こっちって……。
 まずい、わけじゃねえが、あんまり好きじゃねえ。嫌な場所だ。

 治安の悪さはこの江戸で随一を誇る。例えば、女が一人で歩いてたら、襲われたって文句も言えないような場所だ。警察が介入してない殺人もいくつもある。

 昼でも暗く、怪しげな営業してんだかしてないんだかわからないような店が何軒か。調べりゃまずいもん売ってんのは解るが、警察は不干渉地帯の暗黙の了解があるから、この辺は見て見ぬフリを決め込んでる。

 あんまり、この辺りは好きじゃねえ。
 通りをすれ違う奴らもほとんど居ない。居ても、目付きのイカれた奴等ばかりだ。ここに、女なんかが間違って迷い込んで、襲われたって、誰も助けてくれないような場所だ。

 こんな場所……に、アジトでもあんのか?

 見付けりゃ、手柄だ。

 桂は、細い路地をどんどん薄暗い方へ歩いていく。昼間なのに、建物が入り組んでいて薄暗い。

 見失わないように、距離を置いて、つけていくが……。




 ……何度か狭い路地を曲がった所で、見失った。
 角から様子を覗いて見た時には、そこは行き止まりになっていて、誰も居なかった……。


 やはり、つけていたのが、バレてたのか。
 屋根にでも登って逃げられちゃ、特にこんな場所だ。追いかけようもない。残念ながら俺は地面しか走れねえ。

 舌打ちをして、踵を返したが……。


 だが、本当に気付かれていたのか?

 煙草に火を付けて、考える。本当に気付かれていたのか? あんなに距離を取っていた。
 気付かれたとしても、桂がこの辺りにに来ていたのは事実。この辺に、目的があるはずだ。



 つまり……今後、ここで張ってりゃ、桂と遭遇する可能性もあるはずだ。


 二本目の煙草に火を付ける。



 桂は、本当は往来を大手を振って歩けないような身分だ。
 アジトがこのあたりにあんだろう。こんな場所だ、身を隠すにはうってつけの場所ってわけだ。俺達もわざわざこんな所調べもしねえ。


 だが、本当にただの行き止まりだ。どこの家の扉もねえ。
 隠し扉でもついてんのかと調べたが、それらしい物などない。

 出直すか。

 そう思って、もう一本煙草に火を付けた。



 その時、斜め先の家の扉が開いた。
 斜め先……奥まった路地の、一番奥の扉……その扉も物置の陰になるが……開いた、その音を聞いてそこに扉があったことがわかった。







 出てきたのは、矢鱈に綺麗な女………。




 黒い髪を背に流し、白い肌に濃紺の着物が映えた。紅い唇は小さめで、目元に着物と同じ色味を刺していた。


 やけに、綺麗な女が……。




 何で、こんな場所に女が? あまりにも場違いだ。女が居ても、その手の商売の女ぐらいだ。

 その女は、凛とした美貌を持ち、この場所には凡そそぐわない。


 女は、何事もなかったかのように扉を閉めて出てきた。ぴんと伸びた背筋で、顔に長い黒髪がかかって、よくは見えなかったけど……。



 顔は………桂だった。



 桂だった。
 が、女だった。

 いや、桂は変装を良くするから、女に変装してるのだろう、と言うことは解る。

 が……桂は、女だっただろうか……。

 いや、変装だって。
 女のはずがないだろう。
 あの太刀筋、女に振るえるわけがない……が。


 まさか、女だったのか?

 あまりにも、その姿に違和感がなかった。本当は女だったのだろうか。確かに、隊士の中でも桂の外見がどうのと言っていた奴もいた。殴っておいたが……。


 桂は、何事もなかったかのように、扉を閉めて出ていく。
 その指先までもが、女のように繊細で……。







「桂?」






 だよな?

 お前、桂だよな……?
 お前がここにいるって気付いてなけりゃ、知らない美人な女だと思って終わるぐらいだ。


 桂は俺の声に大きく反応をし、身体をすくませた。


 桂は、ゆっくりと振り返る。
 ぎぎぃ…と錆びた音が聞こえるかと思うくらいゆっくり……。



















090304