02








「あ……」





 桂は俺の姿を見ると、ぎこちない動きで間の抜けた声を発した。


 あ、じゃねえよ。


「へえ? お前、女だったの?」
「………」


 俺を睨み付ける眼光は、桂のものだ。間違いない。

「貴様……ナンパか?」

 そりゃ、ね。てめえが桂でなけりゃしてたけどな。こんな美女、そうそうお目にかかったことも無い。声ぐらいはかけてただろうよ。
 往来で桂だとバレなくたって、逆に目立ってる。

「桂だろ? てめえ」
「知らんな」

 横を向いたが……いや、てめえ、桂だろうが。

「攘夷浪士を束ねる頭領桂小太郎は、実は女だった。いいゴシップネタになるぜ」

 挑発は、成功してるのだろうか。

 一歩、近寄ると桂が一歩後退した。もう一歩近付くと、桂の背は壁に当たった。
 手近な場所に武器になりそうなもんはねえ。女モノの服を着ているから、刀は持っていないようだし……今が、チャンスだ。

 手錠は持ってなかった。今日は非番だったのが残念だが、逆に隊服着てたら、桂に見付けられてたかもしんねえ。こいつ、隊服には矢鱈と敏感だから。しかも隊服は目立つ。
 だから、ここまで追い詰めただけでも大手柄だって。

 慎重に、捕まえねえと。


「で、ここがお前のアジトなわけか?」
「……」

「否定したって、後で調べるがな」
「……………」


 じりじりと、追い詰める。横目で逃げ口を探してるようだが、逃がしてやんねえよ。

 手を伸ばせば触れるくらいまでの距離で、わざと止まってやった。ただの威嚇だ。今、あんたを捕まえようと思えばできるっていう。
 煙草を出して、火をつける。余裕あんのはこっちだ。煙が流れて桂が吸い込んだようで、軽くむせていた。

「お前も吸う?」
「いや、わざわざ肺を汚すような自虐的な嗜好は持っていない」

 ……普段はムカつくような言い方だが、今は気分が良いんだ。そのくらい許してやるよ。てめえを取っ捕まえんのでチャラだ。
 もう一度、煙を肺に入れようと煙草をくわえた時……

「っ…!」

 目の前を拳が横切った。

 桂が、不意討ちで拳を突き出した。掠めはしたが、避けるのには成功し、俺はその手を掴むことができた。

「っぶねえな。煙草ぐらい落ち着いて吸わせろよ」

 吸い終わったら、てめえを屯所まで送っていってやるから、大人しく待ってろって。

 手首を掴んで、その手首を強く握る。


「……っ」

 顔をしかめていたから、痛いんだろう。痛くしてんだから、いいんだけど。




 にしたって、細くねえか、この腕。手首なんか、女みたいに細い。

 本当に女だったんじゃねえの?
 俺の手を外そうと、両手で俺の手をはがしにかかってたけど……俺は片手だけ使って押さえ込める。こいつ、力、案外ないのかも。
 そりゃ、こんな細けりゃ、大して力はなさそうだ。

 こんな奴に、俺達は振り回されてんだと思うと、複雑な気分になる。
 こんな……どっから見たって女にしか見えない奴で、細くて、力もあまりない。

 まだ吸い途中だった煙草を、勿体無いが地面に落として、空いた右手で桂のもう一方の手を掴んで壁に押し付けた。






 こんな奴が……。


 憎らしいほど綺麗な顔で。

「………っ何を」

 壁に押し付けた桂が怒鳴り声をあげた。
 が、こんな状態じゃ、威嚇にもなんねえよ。

 桂は……こんな奴だったのか? こんな……。顔は、確かに見たことがある、何度も遭遇してる。それだって……、こんな奴だったか?



「大人しくしてろって」
「痛いだろうが」
「牢屋にぶち込まれたら、こんなもんじゃねえよ」


 攘夷浪士にはさんざん煮え湯を飲まされてる。恨みを持つ奴も少なくない。

 捕まった攘夷浪士は極刑と相場は決まっている。終身刑か、悪くて死刑。
 その前に、持っている情報を吐かせる為に、さんざん拷問を受ける。

 こんなに綺麗な男は、どんな拷問受けんだろうな、とか……下世話な事を考える。

 こいつに、それが耐えられんのか?

 握った手首は、これ以上力を入れたら折れちまいそうだ。
 身体だって……目線は僅かに下がるが、身長は大して変わらないのに、一回り小さい。
 普段敵対して見る桂は、矢鱈と傲岸不遜な態度で……こんな小さな奴だったか?
 何度か斬り合ったことだってあるが……こんな……。

 ちゃんと食ってんのか?

 これから受けるだろう拷問に耐えられんのか?
 耐えきれずに獄中死する奴だって、いんだ。

 こんな奴が………。



「離せっ!」
「放すわけねえだろ?」

 せっかく、捕まえたんだ。俺の手から逃れようと暴れてたが、俺の手を押し返すだけの力もありゃしねえ。


「叫ぶぞ!」
「どうぞ」

 こんな場所で、叫んだって誰も来ねえ事ぐらい、てめえにだってわかってんだろ?

「誰か来たら、お前が女を襲っているように見えるだろうな」
「誰が来るってんだよ。そう見えたとしたって、助けてくれるような奴は来ねえよ」

 わざわざこんな場所に来るような奴を助けてくれるような善人は、この辺には来ない。


「お前……女だったか?」
「…………」

 こうして、見りゃ、確かに女にしか見えねえ。顔はどうしたって桂なのに………。






「確かめてみるか?」

 桂が、笑った。
 腹立たしい程の綺麗な笑顔だった。


 ぞくりと、背筋に一筋汗が流れたように感じた。
 今、俺が考えて居た事を見透かされたような気がした。


 俺に押さえられてんのに、どっちが立場が上か、誰が見ても明らかだってのに、それでも、俺に顔を近づけて、少し笑った。挑発的で、蠱惑的な、笑顔だった。
 薄暗い、路地で……。


 誰も、こんな場所、来やしねえ場所で。
 桂が、赤い舌を出して、自分の唇を嘗めた。
 生唾飲み込んだ音が、自分の脳ミソにやけに煩く聞こえた……今の、バレちまったか?



「俺が、本当に男かどうか、確かめてみる気にはならないか?」

 桂の脚が、着物の併せ目から覗き、俺の脚に絡み付く……。


 白い、脚に、俺の視線が釘付けになる……。

 いや、こんな所で……


 赤い、唇は……濡れて……。

 やっぱり、こいつ、本当に男か?
 桂の膝が、俺の足の付け根を、緩やかに行き来する……。





















090306