思い切り頭を殴られたらしく、頭いてえ……。
くそ、失敗した。
情けねえ。
どうにか、他の隊士と連絡を取りたくても、連絡するような物も手錠も刀もどうせ取り上げられてんだろう。確認したくとも、今は後ろで手を縛られてる。
くそ、情けねえ。
気になる組織があったから、数日前から単独で張り込みを続けてた。
最近急激にのし上がってきた、裏で武器なんかも取り引きしてるらしい貿易会社のバックにあるらしいって過激派の攘夷党が見当ついたんで、そこの組織とのつながりがわかりゃいいって思って、単独で張り込みしてた。まだ、真選組を動かすにゃ早計だったから、裏が取れたらって……。
その独断がいけなかった。
俺一人でも十分だって思ってたのも、まずかった。
張り込みと様子見ぐらいは一人で大丈夫だって思ってたんだが……。
だがこれで、黒って事か。
後ろ暗いところがなけりゃ、俺にこんな真似をするはずがない。
それに……さっき、桂を見た。あいつがいた、それだけでも十分な証拠だ。
さっき、張り込みを続けてたら、桂が、いた。
もう薄暗く、そろそろ夜になるし、少し離れた場所だったが、あの黒く長い髪は桂以外にはありえなかった。そして桂で間違いないだろう。俺が、桂を見間違えるはずなんてねえ。
海岸付近にある倉庫群の一角だ。そんな場所に、何かが無けりゃ桂がわざわざ出向くはずなんてねえ。
俺は、周囲の気配を伺いつつ、その組織のアジトの裏口に回る。
桂も桂で、何か探ってんのか? だとすりゃ、つまり高確率で、ビンゴだ。
桂は相変わらずこっちからすりゃ目の上のタンコブだが、あいつは桂の意に染まらないやり口の組織は、片っ端から叩き潰してきてる。つまり、天人と絡んで武器密売なんかで組織を拡大してる過激派の連中を桂が気に入るはずなんかねえ……ってことは、つまり、ガゼネタってわけでもなかったわけだ。
桂も桂で何か調べてるんだろう。
本当だったら、桂を見つけたって理由で真選組に召集かけて、この組織に強襲かけることも考えた。きっとそっちの方が良策なんだろうが、慎重に動かなけりゃ桂に気付かれる。桂がなんか掴んで出てきたら、俺が桂を捕まえりゃ漁夫の利って事だ。
それに、桂が乗り込んだんだったら、何らかの騒ぎが起きるはずだ。その隙を狙った方がいい。
少し、様子見のために、時間がある。
俺は、裏口から気配を消して忍び込んだ桂を見送った……。から、一服しようとして、気を緩めたのが敗因だろう。
で、
後ろから、一撃。
で、今。
俺の存在にいつ気付かれたんだか、それにすら気付けねえなんて、俺もヤキが回ったんだろうか。桂に頼ろうとせず、自分で何とかすべきだった。
もしくは、桂が侵入する前に、桂をとっ捕まえて説得して、俺達で一緒にこの組織を……ってのは、過ぎた冗談だ。フィクションにしたって突拍子もなさすぎる。
ともかく、俺は捕まった。
拘束された手は、堅く縛られてるようで、動かせもしねえ。
とりあえず、周囲を把握する。
現状把握を第一優先にして、情けなくて泣きたかったりすんのはとりあえず後回しだ。
部屋は牢獄ってほどでもなく、適当な部屋だった。古ぼけて半壊したスチールラックが埃をかぶっている。暗闇で目覚めて目が慣れてるせいもあるが、窓は、俺が転がってる壁の側に一つ。床にできた明かりは、窓から差し込むのは月明かりだろうか。地下ってわけじゃなさそうだ。
足は縛られてねえから、立ち上がって窓をのぞき込むが……だいぶ高い場所だ。五階か六階ってところか……七階ほどは高くねえ。それにしたって、この窓からの脱出は長いロープでも無けりゃ無理だ。うまく着地できても足の骨が砕ける程度の高さだ。何しろ手が動かせねえから、今の俺がここから脱出する場合、高確率で地面との衝突で死ぬ。
他に扉はあったが、ドアノブは見あたらなかった。押してみたり、何度か体当たりをかましてみたが、鉄製のドアは、ビクともしねえ。
立ち上がった高さに、覗き見ができる程度の穴があったが、こっちからじゃほとんど何も見えなかった。薄暗いが、廊下になっているようだ。蛍光灯はついていた。階段はあるはずだが、どっちにあんだろうか……。
とりあえず、監視カメラなんかは見あたらねえから、手を何とかできりゃ……そっから、だな。
が……さて、どうすっかな。
手の縄を切れそうなもんを探してみるが、部屋の中に置かれているのは、結局錆びかけたスチールラックぐらいだ。
どうやら機を待つしかなさそうだ。
扉が開いたら、即座に行動できるように、扉近くの壁によっかかって座った。
こっから、窓が見える。ちょうど月が見えた。今、何時だろう。時計は……腕時計は奪われていないようだったが……背中で縛られてる手首は見えねえ。腕時計は市販のとりわけ高い物でもない普通のもので、多少防水効果がある程度だから、隠し武器を仕込んでるような怪盗みたいな真似はしてない。
このまま……じゃ、結局埒が明かねえ。
座って、時が経つのを待つ。今、俺にできるのはこのくらいだ。
だから……この扉が開くまで、待つ。
唯一、それがチャンスだ。
目を閉じて、扉の近くに座って、部屋の外へ意識を飛ばすようにして、静かに時を待つ。
……どこかで、声が聞こえた。
さっきまで静かだったのに、にわかに騒がしくなった……。
なんか、あったのか?
そういや、桂が乗り込んでるはずだ。あいつの事だ。認めんのは悔しいが、敵として不足ねえ相手だ。
桂が暴れてくれりゃ、この組織を潰した手柄は掻っ攫われるが、最終的には真選組もかけつけるだろう。
情けねえが今は、そんな手段に頼るしかねえ。
情けないが、今は頼れるものが桂しかない。そんな情けない状況だが、それに賭けてみるしかねえ。
怒声が響く。
どうやら派手に暴れてるらしい。桂の事だ、この建物を破壊するような行動に出なければいいが……まだ何の証拠も掴んでねえんだ。どうにかして……
くそっ。手が動けばこんなとっからすぐに脱出すんのに。
騒ぎはしてるのに、何が起こってるのかは把握できない。何が起こってんだ?
階下から、怒声は響く。
その怒声は、ようやく徐々に上がってきている。
まさか……こっち、来るのか?
ちょっと、まずいか?
とりあえず、この部屋の中は外側からは見えるようになってる。こっちからも、少しは見えるが……扉の外の全貌は把握できねえ。
俺はまだ気絶してるふりを続けて、扉が開いた瞬間を狙うしかねえな。この扉が開くかどうかも解んねえが、中を見られてもまずくねえような状況にしておかねえと。
さっき、俺が転がされてた場所に同じように寝転がる。
怒声が近づいてくる。
足音は、複数だ。
何人? 三人? いや……。
扉の外で、鍵が開く音……チャンス、到来か?
じっと、気配を殺す。
相手もバカじゃねえ。こっちも手を縛られてるぐらいで、敵の喉笛食い千切ってやろうと狙ってんだ。俺が転がってんのを確認してんだろう。
今はまだ、動かない方がいい。
目を閉じて、気配を探る。
扉が、開いた。
今、だ!
俺は、一気に身体を起こし、扉に向かって、入ってきた人物に体当たりをかまそうとして……
が……。
桂が……。
俺が体当たりをかまそうとした人影は、桂で……。
扉が開いた瞬間に、桂が乱暴に背を押されてこの部屋に入ってきて、部屋の床に叩きつけられた。
桂が、床に転がった。
んで、扉が、閉められた。
チャンスは、逃した。
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