20131010 02





 ガキの頃、誕生日って意味くらいは解ってたけど、それで何か貰うって意味が解んなかった。
 何か、貰ったのはヅラが初めてだった。
 ヅラから貰ったものは、ガキの俺でもいらねえよ、そんなもんって思うような物で、今だって何の役にも立たないもんで、無くなったって困るもんでもない。

 ガキの頃、その頃、勉強が終わったあと、川で水切りの遊びが流行ってた。
 俺は得意だったから五回は軽く水の上を石が跳ねる。意外と、というかまんま不器用なヅラはうまくいっても三回しか跳ねない。秘密の特訓だって河原に呼び出されて、その日俺はそれに付き合った。
 そんで貰った石。
『綺麗だろう』
『ナニコレ?』
『先生から今日が銀時の誕生日だと聞いた』
『誕生日だから何で?』
『普通はそういう物だろう? お前が生まれてきた事、生きている事を俺が喜ぶ日だ』
『へ?』
『だから、俺の嬉しい気持ちのお裾分けとして、誕生日に物を送るものだ』
『………』
『……と、先生から聞いた』
『……………』
『銀時?』
『よくわかんね』
『ずっと探して見つけたんだぞ。見てみろ銀時、綺麗な石だろ?』
 そう言ってヅラは俺の目の前にその石ころを掲げて、無邪気な顔で笑った。綺麗なんだかどうかは、その時の俺にも今でもよくわかんねえけど、ヅラがそう信じてるから綺麗な石なんだって無条件で信じそうになるくらいの笑顔だったから、俺にはそれが綺麗な石ころなんだって事になった。
 どこにでもありそうで、でもヅラが俺のために見つけて、ヅラが綺麗だって思った石ころは、俺の手の中に収まった瞬間に、たった一つの石になった。
 夏が止んで秋風はまだ冬の色は混ぜてなくて、けっこう暖かかった晴れた日だったと思う。水飛沫は冷たくなってきてたけど、陽を浴びるとキラキラしてた。

「これ? 覚えてる?」
 そう、訊いたことがある。
「なんだそれは? 汚い石だな」

 お前がくれた綺麗な石だよ。
 荒涼とした中に、空もあるし雲もあるし森もあるし、土の色もあるのに……一面が真っ赤だった。夕暮れ時だったからだけじゃない。全部血の色になっちまったような……俺の目にはほとんどモノトーンに見えた。でも、あの陽が沈んだら、闇が落ちてきて世界は単色に近くなるんだろう。
 生きてるのが俺達だけで、風は吹いてて雲は動いてて、鳥も飛んでたのに、時間は止まったかのように何も動かないような錯覚がした。
 大地の場所には俺達の友人だった奴も、俺が斬った敵も、数時間前までは生きていた肉として積み上がっていた。死んだから人じゃなくて、ただの人だった有機物に変わる。いつか朽ちて地になる。いつか、それが今じゃないだけで……誰が居なくなったのか、解んねえ。友達だった奴もこの中にいるのかもしんない。うまく逃げられてりゃいいけど、ヅラを慕うヅラの部下が俺の前で死んでった……俺達はそんな場所に立ってる。
 ……そんな荒涼を眺めて、隣にいたヅラに話しかけたんだ。

 きっとヅラも同じもの見て同じ色を認識して、同じ時間を感じてた。
 今まで、ガキの頃からずっとそうだったから、これからもずっと同じだって俺はその時信じてたし、ヅラもそう思ってたことぐらい知ってる。

「ばーか。綺麗な石だよ。すげえキラキラしてんだ。俺の宝物」

 綺麗な石。
 本当は綺麗じゃないかもしんねえけど。水につけると少し碧い色をしてるような気がするけど、乾くとただの黒い石。
 石なんか世界中のどこにだって転がって落ちてるけど、これは一つだけしかねえ。俺にとっての特別なもん。
 でもこれ見ると、あの時キラキラしてた川の反射した陽の光とか、木葉の隙間から溢れる陽射しとか、ずっと一心不乱に川に向かって石を投げ続けるガキの頃のヅラとか、そう言うの思い出して、だからすげえ綺麗な石。

 誕生日だから何かを送るって習慣があるのは鬼じゃなくて人間として生きていくようになってから理解したけど、何かを貰うのが嬉しいわけじゃなくて、俺の事を生きてるって事を、俺の存在を認めて喜んでくれるのが、嬉しい。
 ヅラが言ってた意味、あの時意味わかんなかったけど、先生もヅラが聞いたから納得できるような答えをその時に適当に考えただけなんだろうけど、でも俺はそれがいい。ヅラがそう信じて俺にくれた。

 別に、生きてて良かったって思うのは、誕生日が特別じゃねえ。
 ヅラが生まれた日に、俺の隣にいるのがヅラで良かったって思うことはあるけど、そんなの毎日思ったって問題ないわけで、それを毎日ヅラに言ったっていいかもしんないけど。

 誕生日だけは、口に出してもいいって、そんな感じがする日。

 勝手に時間は流れて、勝手に俺は年をとって、区切りをつける必要も無いんだけど……でも、今日だけは俺をお前が認めてくれる日。

「………馬鹿はどっちだ」
 ヅラは、少し赤くなった……から、覚えてたんだ。よく覚えてたもんだ。


「今年は……すまないな、俺の心をモノに還元できるものが思いつかない。俺は今、刀とお前の心と俺一つだけが持ち物だ」

 こんな場所でこんな状態で、別に期待してるわけじゃねえって。

「じゃ、お前でいいや」
「もう渡してあるはずだが」
「そうだっけ? 少なくねえ?」
「本陣に戻り、お前の足首の処置をしてからだ」
 ……バレてたらしい。 気付かれないように動けてたつもりだったんだけど、流石に俺を持ち物としてるだけある。

さっきの戦で、死体だと思ったのに、足掴まれて転んだ。少し捻ったみたいだ……あの赤い手が、敵だったって信じる。仲間だったって……それは信じない。顔まで見てない。だからあの手は敵だったんだ。ほっとけば死ぬだけの……。


「本陣に戻ったらって、今日が終わっちまうじゃねえか」
「仕方ないだろうが。貴様の都合だけで動けるほど俺も安くはない」
「へ? 有料?」
「知らなかったのか。貴様が支払った分しか渡せん」
「じゃあ、もうとっくに全部もらってもいいはずじゃねえ?」
「俺を誰だと思っている。俺は高いぞ」
「へいへい。じゃ、なるべく早く帰りたいから、連れてって」
「なんだそれは」
「おんぶ」
「ふざけるな! 貴様俺よりも太っているくせに。肩は貸してやってもいいが、自分で歩け」
「太ってるって何だよ! 筋肉だっての! てめえは骨と筋しかねえかも知んねえが」

 馬鹿らしい会話をするのは、わざとだった。なるべく、何も考えないような、考えるのを拒否できるような会話ばっか選んでた。俺もヅラも。

 怖いって。
 本陣に戻りゃ、みんないるはずだ。俺達の部隊も、撤退を決め先に逃がした奴らは、ちゃんと戻ってるはずだ。大丈夫だって……。

 ヅラの肩借りて、ヅラに体重をなるべくかけないように歩いた。ヅラも強がっちゃいるが、俺に気づかせないようにしてるから気付かないふりしてやってるけど、左手がほとんど動かない。

 怖いって……。
 これが途切れたら、真っ暗なもんが、降ってくる気がした。夜が近づいて、暗くなって、同じように俺の中にも、ヅラの中もまっ黒で覆われそうな気がして、馬鹿みたいな会話を続けてた。俺の手が震えてたのは、俺の手首掴んでるヅラの右手が震えてたから、伝染したんだきっと。

 ここに、は俺達二人だけだけど、戻りゃみんないるんだって、そう思って、そう信じないと足が前に進まなかった。


「ずっと、俺は……銀時」
「ん?」

 なんとなくヅラの方を見たら、ヅラが笑ってた。
 いつもの偉そうな笑い方じゃなくて、もっと無邪気って言葉が似合いそうな、心から笑ってるって信じそうな綺麗な笑顔だったから……その笑顔はそのまま俺の中に落ちてきた。


「……また同じ日に、お前の隣にいることを約束してやる」
 ヅラが、いきなりそんな事を言った。

「……何なの、いきなり」
 いきなり真面目な話し始めんじゃねえよ。笑い飛ばそうとしたのに、俺の極度の緊張は、笑顔を作ることに失敗した。

「今日はこんな日だったから、お前に俺の気持ちを何も渡せない」
「やめろって」
「だから、また同じ日にお前の隣で、お前が生まれた事と、お前が生きている事を、俺が喜んでやる。未来の俺をお前に」
 ヅラが、来年も俺に同じ気持ちでいてくれるって、その約束がどうやら今年の俺のプレゼントらしい……お前がその時も生きてるって、

 だから、それもらうために、俺も生きてりゃなんなくて……。

「てめ、こんな時に……卑怯じゃねえの?」 
 知ってたって、わざわざ気持ちなんか言葉にしない。
 する必要を感じてない。
 しなくても知ってる。

「こんな時に真面目な話すんじゃねえよ。苦手なんだよ、直球は。何年俺と居るんだ、てめえだって知ってんだろうが」

 でも……。

「ああ、そうだな……ありがとう、銀時」

 くそ。

 情けねえな。

 情けねえ。情けなくて、駄目だ。

 胸が痛え。
 苦しい。嬉しすぎんのも、身体に良くないらしい。

「っ……」
 苦しくて、呼吸が詰まる。

「銀時?」
「見んじゃねえよ、えっち」

 情けなくも、ぼろぼろ涙零してる俺がみっともなくて、不覚にもヅラの言葉が嬉しくて泣いてる俺なんか見られたくなくて、下を向いた。

 こんな戦争の中で、明日だってわかんねえのに、それでもヅラが約束した。
 どんな小さな約束も、ヅラが約束破ったの知らねえ。ヅラは俺に対してのその約束を果たすために俺を全力で守るんだろう。
 俺も、ヅラから今と同じ言葉を聞きたいから、ヅラを絶対に死なせない。

 ずっとって……そう、思って







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