銀時から電話があったのは、俺がいつも寝る時間の少し前。
忙しい時は規則正しい生活などできないが、忙しくない場合には基本的には決まった時間に起床し、決まった時間に食事をし、決まった時間に就寝するから、俺がまだ起きているのなど銀時は知っていたのだろう。
特に何の用も無く掛けてくることも多かったし、馬鹿な話で盛り上がって夜更かししてしまうこともあるので、銀時からの電話になんの警戒もしていなかったが……内容を聞いて、寝てしまって出ずに次の日にかけ直せば良かったと激しく後悔をした。
『なあ、明日朝って暇?』
暇? って何だ? 俺には攘夷という崇高な使命のために四六時中忙しいつもりだが。
そもそも朝ってなんだ? 何故朝限定なんだ? 新しい店が出来て、昼飯でも食いに行こうという誘いは先日あったし、花が咲いている時期には散歩に出ることもあったが、朝というからには、どこかに行こうという誘いではないだろう。
『頼みがあるんだけど』
頼み? とは?
俺に何かしら頼るべき事などあるのか? 悪いが攘夷にまつわる事でなければ指一本さえ動かしてやる気はない。そもそも頼まれるのは職業柄貴様の方だろう?
『俺、今から仕事でさぁ』
そうか。大変だな。同情はしてやる。現状に不満が有り俺に愚痴を言うならば、おとなしく俺とともに攘夷に戻ればいいものを。
銀時は時々、子供達には言えないようなあまり公表できないような仕事もしていることもある。金銭的な事を考えれば、銀時のような有能な奴がはした金で迷い猫探しや浮気調査ばかりを引き受けているのを見ているのも腑に落ちないが、時々愚痴る内容を聞く限りでは、御愁傷様と言ってしまいたくなるようなものもある。これから仕事という事は、子供らには内密にしたいような、それなりに大きな仕事なのかもしれない。声がだいぶ沈んでいるから、あまりいい内容の仕事ではないのだろう。
『明日、依頼が入ってて、朝早いのよ』
「そうか。ご苦労様」
『起こして。七時』
……何を、甘えているんだこいつは。
「リーダーはどうした。お前よりもリーダーの方が朝は強いだろ?」
『いや、そうしたいのは山々なんだけどさ、今の仕事でここ最近帰宅が二時過ぎてんだ。多分今日もそんくらいだし、神楽は風邪ひいてしばらく新八んちにあずけてあるし』
「だったら新八君にでも頼めば良いだろう」
『それが、明日の朝からの依頼ってお妙からなんだよ。新八もお妙と一緒に待ってるって言うし』
「ならば、頑張って起きれば良い」
『うわ、お前の大好きな銀さんが殺されてもいいっての?』
なんでそうなるんだ? 依頼を受けてなぜ銀時が殺されるんだろう?
「殺されるってなんだ? ただの仕事の依頼だろ?」
『遅刻したら殺すって脅されてんだけど』
受話器から聞こえてくる銀時の声は芯から凍えていた。
銀時が女性との約束に浮かれているのではなく怯えていた。
昔から、銀時と俺は所謂そういう仲だが、銀時は昔から女性が大好きだった。俺も女性が大好きだが(特に年上の既婚者)、浮気とまでいかなくとも、他人に鼻の下を伸ばしている恋人を見るのはあまり楽しものではなかったが……。
怯えて、いる。
新八君の姉君には何度か面識があるが、有無を言わせぬ才気というか、むしろ鬼気がある事は納得できる。新八君も中々の剣の腕前だ。同じように育っていたとしれば、それなりの使い手なのかもしれない。そう、思わせるほどの迫力は確かに彼女にはあった。
銀時のこの怯えようは、彼女が絡んでいるとなると、少し納得できるが……わざわざ、なぜ銀時に頼むのだろう。
「そんなに困った事があるのか? どんな依頼だ?」
姉君は儚そうな可憐な風貌だが、芯が強そうで、実際にもかなりの使い手だとは思うが、その彼女が銀時にわざわざ依頼、となれば、なかなかの難問なのだろうか。
『害虫駆除だって』
「ほう。そうか」
鬼気迫るような迫力を纏いながらも、やはり姉君も女性なのだな。虫が殺せないなどと、か弱い部分もあるらしい。
『この前風呂場で悲鳴を上げたら、でっかい害虫が出てきたらしい』
「風呂場で大きな虫か」
確かに丸腰の時に襲われるのは中々の恐怖だ。俺も先日入浴中に真選組の襲来があり、なかなか難儀したものだが……いや?
逆では、ないのか?
今、悲鳴を上げたら害虫が出てきたと言わなかったか? でかい害虫が出たから悲鳴を上げるのではないのか?
『風呂場まで来る害虫にトドメは刺すから誘き出せって依頼。だから、お前、協力してくんない? お前が暴れて目立てば害虫そっちに行くから、血を見ないですむし。その打ち合わせ、朝7時から』
……話がさっぱり掴めない。何故志村家の害虫駆除の為に俺が暴れる必要がある?
「とりあえず、七時に起こせば良いわけだな?」
『ああ。その時に作戦の詳細話すからさ』
「解った」
……いや、さっぱり解らん。
ワケが解らないまま、俺は受話器を置いた。
→
20130619
|