で、とりあえず、起こせと言われた時間に銀時の家に来てみたが。
しばらく玄関先で扉を叩き続けたが、気配を伺う限りでは中は静まり返っていて、誰も出てくるような様子はない。まさか、何かあったのだろうかと、思わないわけではないが……銀時に限って何か、などあるまい。居ないわけではなく、寝ているのだろう。もし万が一に何かがあったところで俺が心配してやる義理はないが、朝銀時を起こすという約束をしてしまった手前、俺はその約束を果たさねばならない。
とにかく、銀時を起こさねば。
ただ、こんな早朝から、玄関で大声を張り上げるのは、さすがに俺でも憚られる。
合鍵を貰っているわけでもないし、何故起こせなどと言ったのだろう。来てやったんだから起きるぐらいの努力をすればいいのに。
この家の鍵程度ならなんとでもなるから、銀時もそれを知っているからだろうか。俺が部屋まで来てたたき起こすまで、考えていたのか?
部屋に入ったら、案の定銀時は寝ていた。
服をだらしなく脱ぎ散らかしたまま、で、盛大にイビキをかいている布団……。
「銀時! 起きろ。来てやったぞ」
声を張り上げても、イビキは相変わらずだ。
昔から、そう言えばこの男は寝汚かった。俺が怒鳴りながら布団を剥がしても、蹴飛ばして敷布団から落としても、それでもよく寝ていたことを思い出す。
ただ、高杉ほどではないが、寝室に誰かが入って来る僅かな気配でさえすぐに目を覚ましていたが、これは俺が銀時に危害を加えないと言う全面的な信頼からなのだろうが……それとも、俺が舐められているのか?
「銀時、朝だぞ」
「…………」
布団を剥がしても、相変わらずだ。背を丸めた姿勢でよく寝ている。
仕事だと言っていた。昨夜は何時に帰って来たかはわからないが、だいぶ疲れていることはわかるが、起こせと言われたからわざわざ俺が起に来てやって起こしているんだから起きろ!
「銀時」
頬を張ってみたが、表情に何ら変化はない。
何か作戦を伝えるとか言ってなかったか? 害虫駆除だとかなんだとか、意味が解らないが、銀時を起こさないことには始まらない。とりあえずの任務は銀時を起こすことだ。
が、手を引っ張ってみるが、身体が少し持ち上がりはしたが、ぐにゃりとしたまま、また布団に逆戻りする。
銀時は背中と頭を布団に打ったが、うんともすんとも言わない。
どれだけ寝たいんだこの男は。
鼻を摘まんでみたが、口をだらしなく開いたまま、見事に寝ている。口まで塞いでやってもいいが、この眠りの深さだと、気付かずに永眠してしまうかもしれない。そうしたら俺が銀時を起こすことができなくなってしまう。
さて、どのように起こそうか。水でもかければいいか? バケツ、どこだ?
「銀時! 起きろ」
と、言ったくらいでは起きそうもない。
本当に……何だ? なぜここまで起きない。起こせといったのはお前だろうが! 起きろ!
髪でも引っ張って抜いてやろうか。白髪を見つけたたら抜いてやったと恩を着せて丸坊主にでもしてやればいいだろうか。白髪のテンパのハゲにでもなったらさぞかし三重苦だろうと思い、髪を引っ張ろうとした。
ら、その腕を捕まれた。
「ようやく起きたか、銀時」
とりあえず、なんだかんだ言っても恋人にハゲを作らずに済んだと安心しようとしたが……いや、やはり寝ている。
銀時が俺を掴んだ手は、髪を引っ張ったのが邪魔だという意味だったようだ。
「銀時、いい加減……っ」
怒鳴ろうと、した時。
強い力で引っ張られた。
バランスを崩して銀時の上に倒れ込んだ……が、これでも起きないのか、この男は!
本気で殴ってやろうかと身体を起こそうとしたが……知らずうちに、背に腕を回されて、布団に引き込まれた。
しかも、寝ているとも思えない力で、というか、寝ているから力の加減ができないのかもしれないが、羽交い締めにされて、身体を反転され、下敷きになった俺は……身動きできん。
「銀時! 起こせと言ったのは貴様だろうが。起きろ!」
「……るせ」
ようやく聞いたイビキ以外の銀時の声は、俺でさえ一瞬怖くなるほどに不機嫌だった……が!
知るか! 起こせと言ったのはそっちだろうが。
「銀時! 重いからっ! どけ!」
「……ヅラぁ」
と、今度はやけに甘えた声など出しおって。今更どの面下げて俺に甘えようとしているんだ。頼まれたことは遂行するぞ! 起こすぞ! 本気でお前を今から投げ飛ばそうと思いますから覚悟し……
「ヅラぁ…………」
ゴニョゴニョと、語尾は日本語にすらなっていなかったが……。
俺は、自らの耳を疑った。
なんて、言った?
いや、一応、そういう関係ではあるが、もう何年も、別になんでも無くて、特にそういう事もなくて、時々はやったりするけど、今更気持ちを確かめるような言葉など必要だとも思わず、もう、ずっとこんなかんじだったが。
今なんと言った?
そもそもこういう関係になった時も成り行きで、特に俺たちの関係に言葉など必要としていなかった。
いや、第一に俺と銀時の関係が、一般に言われている恋人だというのも何やら疑問があったが、型にはめる必要などあるまいと特に意識すらしていなかった。
一生言わないし、聞くことも無いと思っていたが……。
なんつった?
「銀時……?」
相変わらず、聞こえてくるのはイビキまじりの寝息で。
僅かに距離をとって、顔を見たら、なんともだらしなく緩んだ顔で。
「……ヅラ」
今、お前の夢の中に、俺が居るのが、確信できる寝言と、それがたいそういい夢なんだろうとあからさまな表情とに……。
「お前など、新八君の姉君に殺されてしまえばいい」
俺は、起こすのを放棄した。
了
20130626
ヅラ誕!
初出:2011-01-11
|