君の瞳に乾杯 05   



 









 あの時、誰も残って居なかった。俺達以外誰も居なかった。退路は確保したから、逃げ延びた仲間も居るだろう。

 たくさんの死体が平原に散る。敵と……仲間の死体が、戦いの激しさを物語っていた。それだけだ。結局、何も残っていない。

 仲間の死体が俺達を見ていた。敵の死体が俺達を見ていた。目を大きく開いたまま、苦悶の形相で、血に塗れた死体が俺達を空虚な視線で見つめている。


 二人だけ、俺と銀時と、世界で二人だけ、生きて、立っている。
 俺達の間を抜けた一陣の風は、冷たくて、冷えていて、淀んで赤くて生臭い。
 風は俺の髪を揺らして、去った。

 後ろで結わいて居たはずなのに……いつの間にかほどけていた。横の髪がやけに短い。知らぬ間に髪を斬られたのだろう。



 俺は、興奮で身体を振るわせていた。

 すべてが、動かない。

 荒野。

 俺と、銀時が二人だけ、居た。




 まだ、高揚感に苛まれている。ここにはもう何もないのに。今ここに転がるのは、数時間前までは生きていただけの、ただの死体だ。
 俺自身の自我と呼べるほどの意識らしい意識はなくなり、視界は赤く染まり、握る刀の刃先にすら血液が通っているような、そんな錯覚。

 殺す事に抵抗が無くなるどころか、手応えすら、覚えてしまう。動くものは、全て斬る。

 そう、なる。そうなっていた。

 誰もいない。もう、全部死んだ。全部殺したんだ。


 心臓の音が自棄にうるさい。
 いい加減に正気に戻れと言っているような、その音が今はただ煩わしい。



 もういい。もう斬らなくていい。もう、大丈夫だ。早くこの場所から立ち去るべきだ。わずかに残った仲間はきっと逃げ延びてくれた。俺は仲間を信じる。ここに陣を構えていた敵の軍勢は壊滅させた。援軍が来るかもしれない、その前に早く撤退しなくては。俺も大きな怪我はしていない。銀時も赤く染まってはいるが、深手は負っていないようだ。

 指先が、震える。まだ、動ける。
 まだ、斬れると、焦燥感は、まだ身体全身に燻る。

 先程斬られた肩口の傷は、たいした傷ではない。出血はもうない。焼けつく痛みは感じようとすれば在るだろう。ただ、熱い。身体中が全部熱い。握る刀の切っ先まで血脈が通い熱くなっていると、そう思える程に、熱い。

 今は、まだ……敵を探そうとして居た。


 もう終わったのだと、もうこのにいる必要がない、ここには斬るものがない、だから落ち着かせようと、して……。





「ヅラ……」

 動いたのは銀時が先だった。

 俺も、戦いの中で、理性を失う。俺のその姿が他人の目にどう映っているのか、狂乱の貴公子としての二つ名がついた。
 銀時も、そうなる。
 そうなって、鬼になる。

 白い、鬼になる。


 深紅の瞳を持つ、白い夜叉が……。




「銀時、お前は無事か?」

 なるべく目は会わせないようにした。
 まだ、俺は落ち着いていない。きっと、銀時も同じだろう。疲弊した体と摩耗した精神はもう限界だったのに、一度火がついてしまった戦闘への原始的な本能はまだ、体中で暴れている。このまま、もし敵が現れたら、俺はきっと刀を振るうだろう。俺の命がすべて枯渇するまで俺は疲れなど感じることができず、最期まで戦うだろう。

 きっと、銀時も同じだ。
 だから、今その瞳を見るわけにはいかない。



「…………」


 落ちてきた陽に伸びる長い影は見えていた。それが銀時だと知っていた。近い場所にいる銀時の気配は強く感じていたのに、言葉は帰って来なかった。
 どこか、俺が気付かない怪我でもしたのだろうか。

 気になった。
 鬼が負けるはずないとわかって居ても、それでもただ無言を伝えてくるだけなのは嫌だった。

 から……銀時を見る。

 そして、失敗したと思った。


 吸い込まれて、しまうかと思った。
 銀時はじっと俺を見ていた。


 赤い瞳が、とても綺麗だと思った。

 知っていた。
 戦場で、高揚すると、銀時の瞳が血の色素を映す赤い色に成ることを、俺はだいぶ前から知って居たはずなんだ。

 綺麗だと……白に赤はとてもよく映えた。綺麗だと、そう、素直に思う。赤は何より嫌いな、人の血液と同じ色なのに、色のはずなのに、それでも鬼の瞳の色はとても美しいと思った。


 そして、怖い、とも思った。








20130204