あの時、誰も残って居なかった。俺達以外誰も居なかった。退路は確保したから、逃げ延びた仲間も居るだろう。
たくさんの死体が平原に散る。敵と……仲間の死体が、戦いの激しさを物語っていた。それだけだ。結局、何も残っていない。
仲間の死体が俺達を見ていた。敵の死体が俺達を見ていた。目を大きく開いたまま、苦悶の形相で、血に塗れた死体が俺達を空虚な視線で見つめている。
二人だけ、俺と銀時と、世界で二人だけ、生きて、立っている。
俺達の間を抜けた一陣の風は、冷たくて、冷えていて、淀んで赤くて生臭い。
風は俺の髪を揺らして、去った。
後ろで結わいて居たはずなのに……いつの間にかほどけていた。横の髪がやけに短い。知らぬ間に髪を斬られたのだろう。
俺は、興奮で身体を振るわせていた。
すべてが、動かない。
荒野。
俺と、銀時が二人だけ、居た。
まだ、高揚感に苛まれている。ここにはもう何もないのに。今ここに転がるのは、数時間前までは生きていただけの、ただの死体だ。
俺自身の自我と呼べるほどの意識らしい意識はなくなり、視界は赤く染まり、握る刀の刃先にすら血液が通っているような、そんな錯覚。
殺す事に抵抗が無くなるどころか、手応えすら、覚えてしまう。動くものは、全て斬る。
そう、なる。そうなっていた。
誰もいない。もう、全部死んだ。全部殺したんだ。
心臓の音が自棄にうるさい。
いい加減に正気に戻れと言っているような、その音が今はただ煩わしい。
もういい。もう斬らなくていい。もう、大丈夫だ。早くこの場所から立ち去るべきだ。わずかに残った仲間はきっと逃げ延びてくれた。俺は仲間を信じる。ここに陣を構えていた敵の軍勢は壊滅させた。援軍が来るかもしれない、その前に早く撤退しなくては。俺も大きな怪我はしていない。銀時も赤く染まってはいるが、深手は負っていないようだ。
指先が、震える。まだ、動ける。
まだ、斬れると、焦燥感は、まだ身体全身に燻る。
先程斬られた肩口の傷は、たいした傷ではない。出血はもうない。焼けつく痛みは感じようとすれば在るだろう。ただ、熱い。身体中が全部熱い。握る刀の切っ先まで血脈が通い熱くなっていると、そう思える程に、熱い。
今は、まだ……敵を探そうとして居た。
もう終わったのだと、もうこのにいる必要がない、ここには斬るものがない、だから落ち着かせようと、して……。
「ヅラ……」
動いたのは銀時が先だった。
俺も、戦いの中で、理性を失う。俺のその姿が他人の目にどう映っているのか、狂乱の貴公子としての二つ名がついた。
銀時も、そうなる。
そうなって、鬼になる。
白い、鬼になる。
深紅の瞳を持つ、白い夜叉が……。
「銀時、お前は無事か?」
なるべく目は会わせないようにした。
まだ、俺は落ち着いていない。きっと、銀時も同じだろう。疲弊した体と摩耗した精神はもう限界だったのに、一度火がついてしまった戦闘への原始的な本能はまだ、体中で暴れている。このまま、もし敵が現れたら、俺はきっと刀を振るうだろう。俺の命がすべて枯渇するまで俺は疲れなど感じることができず、最期まで戦うだろう。
きっと、銀時も同じだ。
だから、今その瞳を見るわけにはいかない。
「…………」
落ちてきた陽に伸びる長い影は見えていた。それが銀時だと知っていた。近い場所にいる銀時の気配は強く感じていたのに、言葉は帰って来なかった。
どこか、俺が気付かない怪我でもしたのだろうか。
気になった。
鬼が負けるはずないとわかって居ても、それでもただ無言を伝えてくるだけなのは嫌だった。
から……銀時を見る。
そして、失敗したと思った。
吸い込まれて、しまうかと思った。
銀時はじっと俺を見ていた。
赤い瞳が、とても綺麗だと思った。
知っていた。
戦場で、高揚すると、銀時の瞳が血の色素を映す赤い色に成ることを、俺はだいぶ前から知って居たはずなんだ。
綺麗だと……白に赤はとてもよく映えた。綺麗だと、そう、素直に思う。赤は何より嫌いな、人の血液と同じ色なのに、色のはずなのに、それでも鬼の瞳の色はとても美しいと思った。
そして、怖い、とも思った。
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20130204
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