君の瞳に乾杯 04   



 









 斬る、斬って薙ぎ払い、殺す、その単調な作業は、一瞬でも気を抜けば即座に死ぬことができる。
 ……だいぶ、きつい。
 前回の戦で負った脚の怪我が治り切らなかった、平時に生活しているだけでは何の問題もないのだが……足首が痛みを通り越し熱を帯びている。熱い。刀を握る手が滑らないように、対峙する敵を睨み付け、力を入れる。戦場は怪我をかばいながら戦えるほどの優しい場所ではない。
 凪ぎ払い、振り下ろして、刀についた肉片が斬り味を落としている。血をまとい、肉の脂がこびりついた切れ味の悪い刀は鉄の棒と変わらない。皮膚の皮一枚斬る事にすら力が必要だ。

 それでも、俺が止まることは許されない。だから、走る。足首が熱い、その熱は全身に広がり、俺はその痛みですら高揚することを自覚する。
 俺がこの戦場でなんと呼ばれているか知っている。狂乱の貴公子などという二つ名は、たいそうきまりが悪い。貴公子に見えるような戦い方はしていないはずだ。腹の奥から克己するため叫び、斬って、殺して、命を奪うためだけに存在している俺が、そのような軟弱なものだと思われたくない。

 俺は、鬼がいい。

 人より一弾上の、人よりも強い、鬼になりたい。





 俺は、刀を振るいながら、戦場を見渡す。どこに誰がいるか、まだ誰が在るか、視界の隅に映る程度でも把握して置かなければならない。敗戦は許されない。それでも、撤退になる場合に備えて機を見ておかなくてはならない。

 だから、少し反応が遅れた。

 敵が刀を振り上げて向かって来て、

 俺はその攻撃をかわそうとして……


「……っ!」

 足首が、俺のものなのに、俺の言うことを効かなかった。どうやら思った以上に負担を強いていたようだが……自分の足なのに。負担をかけているのは足首だけではない、ほかの部分も限界だと悲鳴を上げている。それでも、膝をついて俺が地と共になることは、まだ許されない……そんな事は誰よりも俺が熟知している。
 俺が、見つめる前に、俺の理想がある。俺の志を掲げ、俺の命を賭して、目指し、守り、作り、

 だから……


 足首に力が入らない……俺は、膝をついてしまった。


 その隙をついて、振り下ろされるのは、当然だ……刀が降ってくる。

 俺は、地に転がってかわそうとしたが、それすらも間に合わない。身体を捻り、致命傷だけは避けようとして、体勢の均衡が崩れ地面に手を付いた……まずい。


「ぐぁ……っ!」

 斬られたのは肩口。
 痛みは熱として襲う。一撃目は、致命傷は交わせたようだ、が。

 その後の激痛を感じる間も無く、攻撃が……来る!


 頭に振り下ろされる、白刃を、俺は、避ける事もできず



 見て……




「ヅラっ!」


 ギイィンッ……と刀がぶつかる甲高い音がした。


 俺の前立ち、刀を受け止めた。

 俺の前に、白い鬼がいた。


「……銀時」

 刀を力任せに押し返そうと地に足をめり込ませながら、刀を握っている銀時の背中は、敵の天人と比較して、随分と小さく見えた。
 俺達ヒトの倍はあるような、二足歩行の獣は、銀時に圧力をかけてくる。銀時の背が軋むような音を立てているような気がした。

 俺が、居るから……俺がここで膝をついているから、銀時が動けないのは、解った。

 俺は、生きているのに。
 まだ、生きて刀を握っているのに。
 まだ、死んだわけじゃない。剣を離したわけじゃない!

 足は、もう感覚がないが……両足がなくなったわけじゃない、一本になっても、俺は戦う。俺のために、俺は戦う。

「銀時っ!」

 手を軸にして、俺は感覚のある方の足で、地面を蹴った。
 まだ動く腕で反動を付け、身体を回転させ、俺の踵は、銀時を潰そうとする天人の頭頂部を狙った。

 踵はうまい具合に天人の頭にぶち込まれ、片足があまり使えない俺は、無様にも地面に転がったが……。


 一閃した銀時の刀は、鈍い血の色の残像を残して、天人の首を跳ねた。人ではない色の血を吹き出しながら、天人は地に音を立てて沈んだ……。



「……銀時」



 態勢を、立て直す。
 まだ、俺は動ける。
 足は痛みを持つが、まだ痛みがある感覚はある。
 つまり、この足は俺のものだ。俺の足ならば、俺の意思だ。痛み程度の邪魔で、俺が立ち止まるわけには行かない。

 俺は、まだ戦える。

 その、意思を込めて、俺は銀時の背に呼びかけた。


 気配がピリピリとする、気迫。

 その、圧倒的な存在感……が、銀時を、包んでいた。





「銀時……」

「馬鹿野郎っ! 気ぃ抜いてんじゃねえ!」

 銀時に一喝されて、一瞬だけ睨まれた。
 一瞬だけ振り返り、俺を見た銀時は、頭から赤を流し、片眼は血の色に染まっていた。同じだ。俺が片足が思うように使えないように、銀時も片眼は思うように見えないだろう。俺がこんな所で刀を離していいはずがない。

 血で染まった赤い目をしていた。

 でも、解る。赤だと、解る。血を映したような、赤い……紅い瞳の色。普段は、落ち着いた色をしている銀時の瞳は、血を写したような赤に光っているように思えた。

 その色に、俺は睨まれた。
 俺は、その色に見られた。






 射ぬかれた、ような気がした。

 ずくりと、腹の奥が、疼いたような気がした。




 身体中が高揚するのがわかる。

 暑い。熱いんだ。
 その一瞬で、身体中の血液が沸騰したのかと、思った。


 足の痛みなどは、その温度に凌駕された。痛みなど、些細なことは俺の意識から抜け落ちた。


「……」
 銀時。俺は、声もなくお前を呼んだ。







 戦っているお前は鬼神のようだ……と。



 白い鬼が……俺を守った。
 俺が、鬼になりたいと思っていた。俺は鬼になりたい。





「……悪い」

 ようやく見付けられた言葉を口にした。その言葉は是非もなく、ただ空間に吸い込まれていく。
 声も、言葉も、空気の重さも、血の深い赤も、ただ今は無意味だった。

 ここに、鬼がいる。



 ここが戦場でさえなければ、俺はすべてを忘れただろう。すべてを忘れて銀時の血を映したような瞳に飲み込まれてしまうところだった。

 赤の血の色は見慣れた分だけ嫌悪が募る、その色は……美しいとすら、思った。




 ……大丈夫だ。


 俺は大丈夫だ。


 鬼が俺を護った。
 俺は、まだ戦える。



 だから俺も鬼に触発される。
 身体中の毛が逆立つような高揚感が血に乗り、全身に巡る。


 斬られた痛みすら、興奮を助長させる要因になる。

 刀を握る手に力が入る。身体が軽くなる。


 余計な事を考えるだけの重さは、銀時のその圧力に全て取り除かれた。






 俺は刀を握り直し、咆哮を上げながら、敵陣に向かい突撃した。













20130125