君の瞳に乾杯 03   



 









 足首を、掴まれた。

「っ……!」

「なあ、もういいの?」
「何がだ?」

 諸用を終え、戻ってきた時に、再び銀時は同じ場所に転がっていた。こいつはずっとここにいたのだろうか? それとも今またここに来たのか、それは解らないが……本当に夕方までここで寝ている気じゃないだろうな、こいつは。
 呆れて、起こす気も失せ、完全に寝ていると思って上を跨ごうと思ったのが間違いだったのだろうか。そもそも、こんな所で横になられても、邪魔でしかない。

「足首」
「………」

 倒れた天人は俺の足首を握った。骨まで握りつぶされてしまいそうだと思った痛みは、案の定、翌日は歩く事にも痛みを覚えるようになった。ただ、骨には異常はないと言われ、ただの捻挫だろう。もう何も冷やす必要もないほどだ。次の戦まで動かさないようにしていれば治るだろう。
 現にもう普通にしているだけでは痛みもない。

 だが……この男に知られていたのは、厄介だ。
 何が厄介かと訊かれても困るが……俺の弱味を握られているような、そんな気がしてしまう。

 戦いの時に、もしまたこの男の庇われたら……きっと俺の矜持に傷がついてしまう気がする。

 俺は、銀時には負けたくない。
 同じ年頃で、同じ場所で、同じ空気を吸って育ってきた。
 ずっと隣にあった。
 同じように生きてきて、俺は強くなるためにあらゆる努力を惜しんだつもりはない。

 この男は……今もこうだらしなく……。


 何故、俺はこの男に敵わないのだろう。
 先天的な戦闘の能力は確かにあるのかもしれない。それでも俺は自己の鍛錬で乗り越えられると信じている……それでも敵わない。俺は、先の戦でもこの男に守られたんだ。
 勿論、同じように俺が銀時を守ることもある。銀時の圧倒的な戦力を減らすことなどできない。こいつを失うくらいならば、俺の戦力が亡くなった方がまだ欠損は大きくない。俺には、それだけだ。戦において感傷などよりも戦力の勘定の方がはるかに大事だ。
 銀時が、一兵卒と同じ力しかなければ、俺は見捨ててしまっているだろう。きっと、そうだ。

 戦の時の銀時は……鬼のようだから。
 人よりも、鬼になる。

 殺すために、そこに存在するような、そんな鬼。その戦力を失えるはずがない。これからの作戦においても主軸となる。

 俺も、確かに銀時よりは劣るが、状況を把握し、陣を動かす能力に関しては引けを取らない。動き方、機動力に関してだけならば、銀時よりも上だろう。
 だから、俺と銀時の力はある意味で拮抗している。
 背を預けるのはちょうどいい。それだけで、信頼していると、そう思っているわけではない。


「大丈夫だ。お前が心配するほどではない」
「そう? まだ腫れてね?」

「………そうだな。あと二日もあれば完治する」

 弱味を、知られるのは嫌だった。
 だが、実際痛みはもう殆ど無い。二日もあれば完全に治るだろう。俺個人の感傷よりも、自己、自分の部隊の状況を把握しておくことは必須だ。

 俺達の次の戦は、三日後に迫っている。
 敵の武器庫を落とす。

 足は、治るだろう。
 失敗は許されない。この俺が失態をするはずはないが……何があっても、俺はこの男の足でまといにだけはなりたくない。


「まあ、俺が付いてるから大丈夫だって」
 銀時は、屈託がない笑顔を俺に向ける。俺に信頼を寄せていると、そう無条件に信じてしまえるような、そんな笑顔だった。

「……それこそ不安だ」
 お前は、知らない。
 俺がお前を憎んでいることを。今更、気付くはずもないだろう。なにしろ、今に始まったことじゃない。

 昔からだ。本当に、幼い、出会って間もない頃から、俺はお前が本当に嫌いだった。


 俺は負けたくないんだ。お前の強さを妬んでいる。なぜ俺がお前ほどに強くないのだろうか。
 負けたくない。と、そう思っている。
 こんな奴に、俺が負けるなど考えたくない。


「おまじないしてやろっか?」
「なんだそれは」
「ん? 舐めてやる」

「この熱い時に、ふざけるな! 貴様はこれから兵糧に行ってこい! 輸送隊の到着予定が過ぎている。このまま物資が来ない場合、あと何日保つか調べてこい」
「ええっ、このクソあちいのに、なんで俺が」

 先の戦で、また、兵士の数が減った。
 おかげで、兵糧はもうしばらくは持つだろう。

 ……おかげで? なんのおかげだ?


「つべこべ言うな。さっさと行って来い。それによって作戦も練り直す必要があるかもしれない」
「へいへい……俺にご褒美何かねえの?」

 俺が、もっと強くなれたら……この男のように、強くなれたら……


「そうだな……涼しくなったら、俺の部屋に来い」

 廊下に転がる銀時は、口の端を釣り上げるようにして、笑った。やけに男臭い顔だったのが、鼻につく。

「………じゃ、暑いけど、頑張りますかね」


 一度くらい、踏み付けておけば良かったかもしれない。








20130117