君の瞳に乾杯 02   



 








 荒々しく、刀がぶつかる金属音と怒声が響いた戦場。断末魔の叫び。血の臭い。強く吹いている風すら感じる余裕もない。体にまとわりつく空気が重い。極彩色の赤い世界だ。そんな戦場……まだ死んだことはないので見たことはないが、地獄とはきっとこんな場所なのだろうか。
 それでもここが、戦場だ。ここが俺達が生きている場所だ。

 そんな地獄で、色を伴わない白い鬼が、赤を切り裂くようにして戦っている。
 俺は視界の端で銀時の姿を確認した。一体、また一体、自分の身体の一部と化したような刀を自在に操り、敵を切り裂く。

 銀時は、戦場では白い鬼の姿をしていた。白の残像を目蓋に焼き付け、俺も刀を握り直して敵陣に向かい駆け出す。
 研いだばかりの刀は肉の油で、切れ味が摩耗していた。自分の腕も疲労が蓄積しているためか思うように動かない。首を飛ばしたかったのに、俺の腕が思うように動かなかったせいで、敵の体の肩口に埋まり、骨にぶつかり、そこで止まる。刀がもっと鋭利であれば、俺の身体がもっと軽く、強く在れば、骨までを断ち胸部にまで食い込ませることができたら、もう一撃で倒せただろうが。苦痛の叫びを上げながら、異形の天人は俺の刀を握り、押し返してきた。
 刀を掴まれて……体格の勝負では圧倒的に不利だ。上背も俺の二倍くらいある。重量は俺を何倍にもしたような、そんな相手に力で叶うはずもない。
 俺の刀を掴まれた。引き抜こうと、刀を俺に取り戻そうと、両手で握り、

 その隙を見逃してはくれなかった。

 別の一体が、俺に向けて鈍重な斧を振り下ろす……

「っ……」

 やけにゆっくりと俺の眼前に落ちてくる刃を、ただ見つめて……





「ヅラぁっ!!」

「………!」


 硬質な金属が激しくぶつかる音が響いた。斧の刃を横から突き、俺に振り降りる斧の軌道を逸らしたのは、銀時だった。

 軌道が逸れた斧は天人が俺の刀を握る腕に向かって振り下ろされた。俺の刀を握っていた腕は、俺の刀を、それでも離してくれなかった。本体から切り離されてなお、ぶら下がったままでも、俺の刀を握り続けていた……。

 握り締めている刀にまで、血脈が通っているような、錯覚がした。本体から切り離されて、ただの肉と化したその腕が、俺を離さない。俺に、その腕がしがみついている。
 天神は醜い悲鳴を上げながら、血を吹き出している切り離された腕があった部分を片手で掴み、地面に転がっているのに……切り落とされた腕だけは俺を、掴み続けている。

 思わず、自分の手から刀を離したくなった。
 刀を、地に叩きつけたくなった。


 仲間の腕を切り落とした苦痛に一瞬だけ意識を取られた斧を携えた天人に、向かい銀時は刀を一閃させた。

「何やってんだ! バテてきたんだったら、死ぬ前に下がれ!」


 銀時の刃は浅かった。
 銀時であれば、首を跳ね飛ばすぐらいは出来ただろうが、俺と同じように首の骨で止まった。この男も、力が落ちてきている。
 それでも、致命傷には変わりがない。首から人とは違う色の血液を溢れ零しながら、目を見開いたまま異形は膝から崩れ落ちた。

 ただ、目は……地面に転がってからも、凍るような視線を俺達を送り続けていた。

 見えているはずなどないのに。
 もう、死んでいるはずなのに……動かない目は、空虚な温度で俺達を凝視していた。


 ああ……。


 もう、嫌だ。


「っ……!」
 腕を斬られて痛みに転がる天人が、痛みに慣れ、俺の足首を掴んだ。
 酷い、力だ。足の骨までが圧迫される。
 ごり、と嫌な音がした。このままでは足の骨がそのまま潰されてしまう……俺は俺の刀を握る肉片をそのまま、俺の足を握る天人の心臓に刀の切っ先を埋めた。

 これで、この敵は敵ではなくただの死体になった。死体は、ただ地面に転がる有機物で、足を取られることもある障害物で……もう、感情の伴わないものだ。動かない物だ。

 それでも、死体は俺の足を離そうとしなかった。俺の刀を握った手は、ようやくずるりと地面に落ちた……。

 体中に吹き出している汗は、熱さのせいではないだろう。全身が、総毛立つような感覚は、大した労力も感じずに封じ込めることにはもう慣れきっている。


「銀時、お前も、な」
 お前も、力が落ちてきている。銀時ならば、刀の切れが悪くなっていることを加味しても、一閃させた刀で、骨ごと断てたはずだ。銀時にも疲労が見えているのは分かっている。
 もしこれ以上刀を握れないというのであれば、早めに下がってくれた方が有難い。自分の命は自分で守れない奴は、ただの足でまといにしかならない。


「るっせ。行くぜ」


「……ああ」


 俺達は、眼前を見る。
 敵は圧倒的多数。

 地面を、蹴りつけて、俺達は走り出した。








20130115