君の瞳に乾杯 01   



 








 俺は鬼の瞳に恋をした。








 これでもかと言うほどに照りつける太陽に苛立ちすら覚える。風は申し訳程度にそよぐ程度で、窓を開いた程度のことでは涼は得られない。

「だらしがない、銀時」
 蝉の喧しい声がますます熱さを助長させているが、それ以上に……。

 暑いのはわかる。
 俺だって人間だ、暑いのは同じだ。
 少しでも陽当たらない風通しのよい場所に居たい気持ちは理解できるが……。

 いくらなんでも、廊下に寝られたら、邪魔だ。うっかりと踏んでしまうところだった。


「あっちー……」
「………踏むぞ」

 本当にだらしがない。うっかり踏んでしまえばよかった。

 そもそも俺は、昔から銀時をあまり好きではなかった。昔から、この男を気に入らないと思っていた。
 昔からだ。
 あまりにも昔から、この男は何も変わる気配がない。だらしがないし、やる気がないし、稽古もサボる。子供の時分から、何ら変わっていない。昔から、俺はこの男が嫌いだった。

 サボるくせに、常に修練を積む俺と互角……とりわけ戦闘においての戦闘能力が俺よりも……それは、あまりいい気分がしない。鍛錬でも意気込みでも日々の積み重ねでもなく、生まれ持った先天的な部分はどうやっても埋めようもないのだろうか。

 戦場での銀時は、まるで鬼のように畏怖される対象だというのに……銀時は、廊下に全身で脱力しきったまま、今にも溶けてなくなってしまいそうだ。
 だらしない。こんな場所で、せめて服をちゃんと着ろと思う。前をしっかりと止めずに、胸元を出して、廊下に足を投げ出して。

「本当に踏むぞ」
「いやー、やめてー」

「ほら、起こしてやる。手」
「んー、俺暑いからここにいる、起きるまでここに住んでる」
「邪魔だろうが」
「陽が暮れたら起きるからー」


「………勝手にしろ」

 上から睨み付けると、銀時はヘラヘラと笑った。







 ………過ちだと思う。

 男の俺が、いくら幼馴染みの腐れ縁と言え、何故こんな男に抱かれたのか、本当にあの時の俺が解らない。

 ただの気の迷いだとは思っているが。本当に魔が挿したとしか思えない。





「小太郎くーん……」

 温い声をしながら、銀時は俺の足首を掴んだ。

「足を掴むな、暑苦しい!」
「あ、なんだ。お前も暑いんだ?」

 決まっているだろう!
 お前と違って常識的なまともな感性を持っている俺は、服を平常通りに着ているが、俺だって人間だ。この陽気で熱くないはずがない。

「……俺以外にも誰かに踏まれてしまえ」

 いい加減に起きようともしない銀時を見捨てる。こんないい加減な男に時間を取られるのも馬鹿らしい。足を振って、銀時の手を振り払った。

 一瞥だけ投げ棄てて、二、三歩歩いたところで……後ろから銀時に抱き締められた。


 ……ぐしょりと汗が張り付く。
 言い知れぬ不快感に思わず怒鳴り付けた。

「銀時っ! 暑いんだと言ってるだろうが!」


 そのまま殴ろうとしたら、さと身を反らし、避けられてしまう。銀時は本当に戦闘能力に関しては右に出るものが居ない。俺ですら、勝率は四割だ。腹立たしい以外の何物でもない。朝稽古も含め、日々の鍛練を欠かした事がない俺でも、銀時に勝てない。


 何故……俺は、ただ苛立ちばかり募らせる相手の気持ちを受け入れたんだ?




 ヘラヘラとした表情が俺の神経を見事に逆撫でる。

 怒鳴りそうになって、この熱いのに無駄な消耗だと言い聞かせて落ち着いた。







 ………何で俺はこんな男の好意を受け入れたんだ?











20130112