お前のためなら死ねる 前   



 








 ヅラの部隊が全滅した……砲撃で、壊滅したんだ。

 ヅラの部隊で生き残ったのは隊長のヅラだけだった。




 怒りで我を忘れたヅラを、俺は見てらんなかった。辛いのが、全身に溢れてて、それが痛すぎて、見たくなかった。
 ヅラの部隊が潰れたら作戦は全部潰れる、一旦退いて体勢立て直さないと、ヅラの部隊だけじゃなくて、俺達の全滅は目に見えてた。
 こうなった事態を責めてる暇なんて誰にもない。誰が悪かったのか、原因追求してる暇なんてねえんだ。一刻の猶予もない。俺達全軍が撤退だ。


 けど、ヅラは止まらなかった。

 敵陣に一人で突っ込んで行こうとして、俺がヅラの背を羽交い絞めにして止めてる。俺が一瞬でも気を抜いてヅラを離したら、ヅラは行っちまうんだろう。

 そりゃ、ヅラの個人的な戦闘能力は馬鹿みたいに高くて、一個師団独りで潰しちまえるくらいには戦いに関しては秀でていて、舞台を統率する能力も高い。

 だからこそ。


 無くせるわけねえんだ。お前を失えないんだよ、俺達は!
 俺達がヅラを失えるはずがない。こいつが、万が一居なくなった時の損失は、部隊一個分なんかと比較できない。その程度の戦力なんだ。
 コイツの作戦は誰よりも確実だ。ただ、今回は斥候が無能だっただけで、相手の能力が俺達の想像よりも上だっただけだ。

 だから……


「離せ、銀時!」


 ヅラが自分の部隊離れて、少し離れた俺の隊と連絡を取りに来た時……ヅラの部隊は戦艦に見つかって砲撃にあった。

 今戻ったら、まだ船が居るのに、放せるわけがねえ。
 敵兵力は、まだ息のある奴を殺したり、食料潰したり、今あっちで煙を上げてる場所……に船が見える。

 弔いに向かうべき場合じゃねえ。お前を失う事は、俺達にはできねえんだ。

 行きたい気持ちは、痛いくらい解る。俺だって何人も大事な奴目の前で死んでる。撤退かかっても、俺だけでもいい、全部壊してやりたいって、そう切望したこともある。
 でも、もう……俺達は、立場を任されるようになった。戦果を上げて、評価されて、俺だけじゃなくて、俺達になったんだ。俺も、俺の部隊の奴らが一人でも欠けたら……。

 だって、あいつら、心底からヅラの事慕ってた。あいつら全員に俺が嫉妬向けそうになるくらい、ヅラの事を尊敬してて、そんでヅラの為に命かけちまえるような奴等だったから……。







 そいつらが、一瞬で吹き飛んだ。

 黒煙が上がる、あの場所だ。こっからも、そう遠くない。だから、俺達は今撤退をし始めている。天人と、俺達の戦力差は歴然だった。死なないために、今は生き延びるために、体勢を立て直す時間が必要だ。
 お前はお前の部隊を何よりも大切に思ってたとしても、俺達はもっと大きな俺達になってる。
 一つの志を抱えてる、俺達なんだ。


 刀握って怒りに任せて飛び出したヅラの背を羽交い締めにして、止めようとしてる俺をも、ヅラは投げ飛ばそうとしてた。




「落ち着け! ヅラ、今行くんじゃねえ!」

「離せ! 止めるなら銀時、貴様も斬り殺す!」

「馬鹿言ってんじゃねえ! いいから落ち着け」


 バカな真似すんなって。
 今、行ってどうすんだ! どうやっても独りじゃ無理だ!


 落ち着けったって、こんな状況、落ち着けるわけがねえ。そんなこと解ってるけど、でも頼むから、行くな。


「死にてえのかよ」
 死なせねえよ。
 なんでもいいから、お前は死なせねえ。

「まだ一人でも生きてる奴が居るかもしれないだろ!」
「も無理だ! 今行ったって、お前が死ぬだけだ」
 そんな事が、解らねえ奴じゃねえ。状況の分析、即時の決断力、総合的な視野は、誰よりもヅラが優れていた。
 だからこそ、ヅラが要なんだ。



「俺が死んでも、あいつらの仇を討てるならいい!」

「冗談言うんじゃねえ!」


 止まらねえ。
 どうやってコイツを落ち着かせられんのかわかんねえ。
 いつもコイツが一番冷静で的確だった。


 この戦局で、ヅラが居なくなったらどんだけの痛手か、自分の価値判断出来ねえ奴じゃ無いはずだ。誰もお前の変わりなんか出来ねえんだ!

 お前馬鹿か?


 キレて正体ぶっ飛ばして、我を忘れてるだけだ。てめえの怒りなんて、俺達の誰もが理解してやれる。お前が泣きたいなら、俺が胸貸してやるから、俺じゃ役不足ってなら、一緒に泣いてくれるやつだっていくらでもいる!


「離せ! 頼む、行かせてくれ」


 ヅラの、長い髪が逆立ってるような気がした。

 怒りで、何も見えてねえ、コイツのこんな顔、見たことねえ。




 キリキリに張り詰めた糸が、最後の糸が切れそう。切れたらそのまま関節から重力のまま地面に落っこって、ヅラの全部が終わりそうで。

 暴れて俺にも刃向けてきそうなこいつに、俺は背中から、必死でしがみついてる事しかできねえ。
 離したら、無くなる。それは確信だ。


 どんな鬼神だって、あのでかい戦艦に一人で立ち向かえるはずなんてない。無理だ!




 気持ち、わかる。

 ヅラの部隊に、俺もヅラ以外でも仲良い奴何人も居た。一緒に飲んだことだってある。一昨日だってどうでもいい話して笑った。
 だから、俺だってお前の気持ちくらい、解るんだよ! だから、行かせらんねえっつってんだよ!








 俺だって、腐れ縁のヅラじゃないけど、心底から認めた親友だって死んだ事もあった。



 ……あん時。


 ヅラが、俺を止めた。
 あの時、ひでえ戦だった。
 アイツが目の前で死んで、首から噴き出した血が俺の顔にかかった生温さは、まだ恐怖として俺の皮膚の底の方にこびりついてる。
 アイツ以外だって、俺の前で何人も死んでく奴見たのに、俺の大事な奴が目の前で殺されて……

 俺だって、全部吹っ飛んだ。

 俺の中で俺だって認識できてたもんが全部、意識も記憶も自我も、何もかんもどっかに飛んで行った。

 敵も味方もわかんねえぐらい、斬った。斬って、殺した。
 状況も見えなくなった。俺が何してんのかわかんなくなって、ただ、俺は目の前の敵を殺した。

 撤退の命令出てんのに、そんなの聞こえなかった。全部動かなくなるまで、俺も動かなくなるまで斬り続けるつもりだったんだと思う。覚えてねえけど、あの時、目の前が真っ赤に染まった事だけは覚えてる。あの時の怒りは一生忘れねえ。忘れたくても忘れらんねえんだろう。


 でも、結局、負け戦だった。
 俺一人でどんだけ殺したって、どんだけ斬ったって、勝てる状況じゃなかった。

 ヅラが後ろから俺を羽交い締めにして、無理矢理後退させた。暴れた俺の鳩尾にキツイの一撃喰らわせて、俺の意識を失わせて俺をあそこから撤去させたのは、ヅラだった。


 今って……そん時と、同じだ。

 ただ、立場が逆なだけで、同じだ。
 気持ちは……解る。死んだ命の数じゃねえ、重さでもない。

 ただ、真っ赤になって……それだけになる。



「ヅラ、落ち着け! 頼むから行くな」

「……………」

 刀持ってる手がガチガチ鳴ってる。
 全身がぶるぶる震えてた。怒りで高揚して、ヅラが身体を震わせていた。

 だから、羽交い締めしてた身体を今度は抱き締めた。
 俺の体温を伝えるように、後ろから包んでやれるように、俺が、抱き締めた。



「今行ったって死ぬぜ? お前を独りじゃ逝かせねえよ」

「……無理、だ……銀時。どうしよう、おさまらない」


 怒りで震えてる。
 ヅラが震えてんのは、俺の全身で伝わってくる。だって、解ってる。お前がいまどんだけ痛いか、大事だったやつらの重さが全部ぶつかってきて、痛くてどうしようもねえんだ。この痛み、慣れる方法なんてねえ。毎日のように仲間だったやつらが死体って有機物に変化しても、そんなのが日常になってそれにいちいち涙流してる余裕ないから自分の感覚を感情を鈍化させたって結局、勝手に心が削られていく。

 痛みを感じなくして、そうやってるつもりなのに、心が勝手に摩耗してく。心臓をヤスリで削り取られるような感覚。






 俺、……こんなヅラ初めて見た。



 解るって。
 俺だってお前の気持ちなんか痛いぐらい解る。
 大事な友人が何人も目の前で逝った。
 怒りで前が真っ赤になる事くらい、解る。



 だけど状況見ろ。


 お前が死ぬわけにゃいかねえだろ? 俺にとってお前は特別だし、俺達にとってもお前の代わりは居ない。






「助けて、銀時、助けてくれ。俺を行かせてくれ! お願いだ。一生の分の頼みだ! 俺を、行かせて、あいつらの所に行きたいんだ」





 身体を回して、ヅラは俺の肩に顔を埋めた。
 声も震えてた。

 お前の願いなら全部叶えてやりてえけど……縋られたって、それだけは無理だって。


「お前を死なせねえ」
「死んだって、かまわん!」


 一瞬、その言葉に今度は俺が怒りでどうにかなりそうだった。
 ヅラの肩掴んで、俺の方に向かせてから、


 俺は渾身の力で、ヅラの、横っ面叩いた。



 パン、っていい音がした。





 音を立てて、ヅラの手から刀が落ちた。

 からからと、重たく乾いた音がした。



 ガキの頃から一緒なんだ。ヅラと殴り合った事なんか、数えきれねえけど、こんな風に叩いたのは初めてだった。
 殴って、殴り返されて、痛かったけど、殴ったっ手だって痛かったけど、こんなに心臓が痛かったの、初めてだ。


「お前……いま、なんつった?」


 今、なんて言った?
 俺の聞き間違いだよな?
 お前の言葉じゃねえだろ?

 死ぬだなんて、何言ってんだ?

 お前、俺を目の前にして、何言ったか自覚あんのか?




「………銀、時」




 ぽろり、と、ヅラの目から涙が落ちた。



 ヅラの目から涙。


 見開いた目から、どんどん溢れて来る、涙。





「……っ」




「ヅラ………」










「っあああああー―――!」







 咆哮のような、






 ヅラの、泣き声……だった。





 喉が割れちまうくらい叫んで、身体中全部出しちまうような重い声で、魂削るように叫んで、それがヅラの泣き声だった。


 俺が苦しくなった。


 お前を助けてやりてえ。
 助けてやりてえけど、お前を行かせるわけには行かない。


 死なせねえ。

 お前をなくせねえ。お前が居なくなったら、そしたら今度、俺を誰が止めてくれんだ?
 俺を止められるやつなんてヅラぐらいしかいねえんだから、お前が死んだりしたら、俺は世界を全部壊すまで、きっと止まらねえ。






 抱き締めた。
 身体中で、ヅラのこと抱き締めた。俺がいるって、俺は生きてるって、俺は死んでないって、知ってるだろ? 俺がここにいるだろ?

 ヅラも俺に、抱きついてきた。
 しがみついてきた。俺の身体すがって、身体中の怒り吐き出すようにして、大きな声で、泣き声じゃなくて、ほとんど悲鳴みたいな鳴き声で、ヅラは泣いてた。




「逝かせねえ。お前の頼みなら何でもしてやるけど、今お前を行かせることだけは出来ねえ」

 お前を俺から奪うんじゃねえ。
 しがみついてくる必死の力が痛い。だから俺もヅラの背骨が軋むくらいの力で抱き締める。


 壊れちまうような気がした。


 こうやってしっかり捕まえとかねえと、ヅラがどっかいっちまうんじゃないか? そうしたら、俺が壊れちまう。そしたら、誰が俺のこと直してくれんの? 馬鹿らしいけどそんな気がした。

 だから必死で俺は抱き締めた。ヅラのためじゃなかった、全部俺のエゴだった。











20121229