お前のためなら死ねる 後   



 








 どんだけ、経ったか……。

「ヅラ……」

 ヅラの嗚咽は消えないものの、気が触れたような叫び声を上げることはなくなってた。
 俺にしがみつく力が、少し弱くなってた。泣き疲れたんだろうか……。



「……済まない」


 ……ようやく、落ち着いたか。
 これから……俺達は、どうする? 作戦は中止だ。本隊に合流するにしても、気付かれないようにしないとならない。ヅラの部隊が壊滅した場所に立ち上る黒煙は本隊からも見えてるはずだから、作戦の中止は決定だろう。

 これから……そんなこと、考えてる余裕なんか、ねえよな。怒りと、悲しみと、疲弊して摩耗しきった心は、刀握って敵斬って毎日のように誰かが死んで、痛みを覚えてたらやってけねえから、できる限り鈍化させているつもりだけど。
 こんなふうに、今みたいに、大事な奴らの命の重さ、握り締めるように泣いたの、多分初めてなんじゃないかな。

 辛かったし、痛かったんだろう。

 これからどうするって、本当ならヅラに意見を求めたかった。隊長よりも、ヅラの方が指示は的確で、作戦は適切だったから。

 でも……きっと今はまだ無理だろう。
 落ち着いて、もうしばらくして……船が見えるほど近くに敵がいるんだ。今すぐにだって逃げなくちゃなんねえけど……俺の部隊の奴らは、さきに本隊に合流する指示を出しておくべきだろうか。

 俺は、今ヅラを離すことができないから。

「ヅラ……」


「すまない、もう、大丈夫だ。取り乱して悪かった」

「お前さ、……俺を置いて死ぬとか言うんじゃねえよ」

「……すまない」


 俺、ほんとはヅラが泣いたの初めて見た。
 ガキの頃怒られた時だって、でっかい犬にちょっかい出して追っかけられた時だって、試合で俺にずっと連敗だった時だって、ヅラが泣きそうだって思った事は何度かあった。でも、俺がヅラの涙見たの、初めてだった。








「銀時………頼みがある」

 そう言ってヅラは顔を上げたヅラは、ヅラに戻ってた。


 いつものヅラだった。
 頭良くて、状況が見えてて、自分が何であるか、自分が何をしているのか、何をしたいのか、全部見えてるヅラだった。全部真っ直ぐに前を見るヅラの顔してた。

 だって、俺を見る目が、いつも通りに真っ直ぐだった。


 ったく……美人が台無しだ。お前の取り柄って顔ぐらいなのに、そんな顔……俺だけにしか見せるんじゃねえぞ。
 綺麗な切れ長の目が腫れて赤くなってる。眼蓋が真っ赤に腫れてる。

 俺は、涙で頬に貼り付いた髪を、そっと払った。




「頼みって? お前を独りで行かせるような真似だけはできねえよ」

 そんだけは、いくらお前の一生のお願いだって聞いてやんねえ。俺の事考えてくんねえお前の頼みは聞けねえ。





「なあ、銀時。こんなのはどうだ?」





 そう、言って………ヅラは泣き腫らした目で、せっかくの美人が台無しなのに、それでもうっかり見とれるように、綺麗な笑顔を俺に向けた。

 そして、俺に伝えた内容は












「…………そりゃ……」

「銀時? 妙案だとは思うのだが」

 ……なんて作戦考えるんだ、こいつ、本当に無茶苦茶だ。

 今、泣いてる間に考えたのかよ。正気吹っ飛ばしたふりして、本当はどんだけ冷静だったんだよ。

「なあ、ヅラ。それは……」

 確か今、ヅラが言った作戦なら……なんとか、なるかもしんねえけど。

 部隊長が許すはずねえってのに……。



「俺と銀時と、二人居れば大丈夫だ」


 二人だ。
 ヅラだけ行かせるなんてできねえ俺を逆手に取りやがって……。
 俺とヅラと、二人。
 突破もできる。ちゃんと後退経路も確保されてる。安全なわきゃねえが、俺とヅラの戦闘力考えりゃ、二人でなら、なんとかなる、そんな作戦だ。




「……俺も、かよ」

 作戦の中にはちゃんと俺の戦力も入っていた。




「頼む、銀時。俺のために死んでくれ」

「何でてめえの為に死ななきゃなんねえ?」

「俺独りじゃ逝かせてくれないのだろう?」



 そう言って、ヅラは笑った。
 泣き腫らしたぼろぼろの顔して、美人が台無しの酷い顔して、それだって……こいつ綺麗だって再確認しちまえるような笑顔だった。




「笑い事じゃねえよ」

「反対するのなら、ここでお前を斬ってでも、一人でも俺は行く」


 ……………こいつ。



 俺の弱味把握しやがって。

 二人で船落とすって。なんて作戦考えんだよ。


 二人で……可能性があるとすりゃ、確かに、この作戦以外ない。俺には思いつきもしなかった作戦だけど、確かに、これなら、俺達二人ならどうにかなるかも知んねえ……

 ただ、俺もヅラも、死ぬ確率の方がだいぶ高い。

 けど、ゼロじゃねえ。

 どうにかしなきゃなんねえんなら、するしかねえ。







「仕方ねえ、一度だけだぞ」

「さすがだ、銀時。愛しているぞ」


 その笑顔見る為に、お前のお願いをきいちまう俺がいる。


「冗談言うな」

 ふざけた口調でふざけた事言うヅラに、ムカついたふりしてみたけど、やっぱり嬉しかったりする。
 俺に向けた愛なんて、俺への腐れ縁よりもどうせ希薄なんもんなんだろうけど。俺達の志と俺への愛情を天秤にかけたら、ほとんど気体みたいなもんなんだろうけど。



 でもさ。

 それでもいいや。



 愛情とか、むつかしいことじゃなくても、ヅラが俺のこと頼ってくれて、死ぬ時は俺の知らないとこじゃねえってそう言ってくれてんなら、何だってしてやるよ。


「今回だけだからな」

「ああ。俺の一生のお願いだ」

 本当に、今回だけだぞ。今後、どんなに可愛くお願いされたって、一切お前のお願いなんか聞いてやんねえからな。その代わり俺たちが無事に戻ってきた時は、全力で俺のお願い聞けよ?



 今回だけだからな、お前の為に死んでやんの。







「銀時……さすがは俺の親友だ」












20130105