俺は、自分で何を言っているのか、自覚していたはずなのに……今の俺の台詞は本当に自分の口から出たとは信じがたい。それでも、譫言のように呟いた言葉は確実に自分から漏れ出した欲求だった。
こんな……触って欲しいなどと……羞恥に顔ばかりか全身が熱くなる。あさましさのあまり、自己嫌悪に陥る。土方の顔が、見れないから、俺は土方の服に顔を埋めた。今、俺の顔を見せられない。
この男が、誰だか解っているのに。土方も俺が誰であるか、理解しているのに……それでも、俺の我が儘はなんの呵責もなく受け入れられた。下着の中に手がするりと滑り込み、直に土方の手が俺に、触れた。
「っ………あ…」
直に触れられて、手で包まれる。その感触に思わず湿った声が口から漏れた。
ぬるりとした感触がしたから……俺はもう先走りを漏らしていたようだ。恥ずかしい。
……土方なんかに、触られて、反応している自分が、わからない。これは、本当に俺なのだろうか。自分である自覚が持てなくなる。
この前の男達に肌を触られた時は、嫌悪しか無かったんだ。吐き気と、鳥肌と、皮膚の裏側をウジが這うような嫌悪感で占められた。
それなのに……今土方に中心を握られて、俺はこんなに反応している。
土方の手が俺に触る。握られて、敏感な部分を擦られると、身体中が震えた。
そのまま流されてしまいそうで、どこかに意識ごと流されてしまいそうで、俺は必死で土方にしがみついた。
「……ぁ…土方っ……そこ……あっ」
「ケツにも入れられたんだよな」
そう言いながら、土方は俺の尻に手を回した……ああ、そうだ。そう言えば、そんな言わなくてもいいようなことまで、この男に言ってしまった。
俺の中に……土方の指が……。
「土方っ! 待て」
「待たねえよ」
「待っ、あっ……!」
ぐりぐりと、指が中に沈んでくる……が、そんな場所に入るはずなんかないんだ。女性のように潤んだりしない。もともと何かを入れるように備わっている場所ではないんだ。
「…ぃ……あっ……痛っ」
「仕方ねえな」
「なっ……」
土方が俺の肩を押すと、俺は簡単に畳に転がった。刀を持って対峙している状態ではこの男に負けるつもりはないが、今こうしていて……前を直に握られていて……力など入るはずが無い。そこはいくら俺だとて急所なのだから……何故、俺はこの男にいいようにさせているのだろうか。
俺は、この男に、自分の弱い部分を触れさせている。
しかも、それを自分で願った……それは何故だ?
敵、なんだ。この男は。知っている。誰よりも俺が……俺達が自分と相手を理解しているはずなのに……。
理解、しているはずなのに……俺は。自分が今何を考えているのか、何を望んでいるのか気付いて……怖くなった。
「やっ……嫌、だ」
嫌だ、と……そう思った。嫌だった。怖かった。このまま俺が俺でなくなってしまいそうな気がした。
俺が、望んでいる? それは何かの間違いだ。自分が、解らなくなってしまいそうなんだ。それが、怖い。
だから、嫌なんだ。
嫌だと、その意思を伝えるための手段が俺は解らなかった。怖いと、思った。怖いのが、嫌で……俺は譫言のように、嫌だと繰り返していた。
「……桂」
土方は床に転がった俺に体重がかからないように覆いかぶさりながら、本当にこの男の行為かと疑いたくなるほどに優しく、俺の頭を撫でた。
「大丈夫だ。大丈夫だから、桂……」
何が、大丈夫だ。
お前も、だ。
俺と土方との立ち位置は鏡で合わせたように対象なのに……何故、土方は怖くないんだろう。俺は、こんなに怖がっているというのに……。
俺の頭を撫でながら、似つかわしくもない柔らかい笑みを浮かべる土方に手を伸ばした。土方の顔に触れ、そのまま首筋を通り、心臓の上で手を止めた。服の上からでも、解った。
大丈夫だと言ったくせに……お前だって、心臓を、今にも破裂させそうな勢いで鼓動させているじゃないか。
怖いと、思ったんだ。
自分が自分だと知っていながら、土方に触れる事を心地よいと思い、触れられることを望んでいる自分自分でなくなってしまうような気がして、怖かったんだ。だから、嫌だと思った。
俺がそれを怖いと感じていて……でも土方も同じ気持ちをしていないのであれば、それは嫌だった。立場を自覚して、同じ立ち位置にあるんだ。俺達は同じ感情を同じ温度で同じ距離で向けていなくてはならないはずなんだ。だから、俺だけが一方的に怖いと、そう思っているのは嫌だと思ったんだ。
でも……土方の心臓は、この速さは、さきほど走ってきたからの脈拍の上昇ではないだろう。さすがにそれはもう落ち着いてもいい頃だから、きっと走ったせいなどではなく、俺のせいだ。
土方だって……同じように感じているんだと、そう思ったら落ち着いた。俺達は、同じ感情なんだ。同じように、怖いと思っているんだ。
そう思ったら、少しだけ、怖くなくなった。
「桂……俺は、怖くないから」
嘘を付け。
お前だって、そんなに心臓を早めていて、怖がっているからじゃないのか?
そう、思ったら少しだけ俺の恐怖は和らいだ。怖いと、そう思うことは間違いない。ただ、同じ心境の人間が隣にいると、自分が強くあらねばならないような錯覚をしてしまうからだろうか……不思議と俺の鼓動は落ち着いてきていた。
「桂……?」
「……大丈夫、だ」
「怖くねえ?」
「ああ……怖くない」
怖くない……わけではないが、でも、もう大丈夫だ。取り乱したりすることはない。
怖くない、と。そう告げると、土方はほっと溜息をついて、俺に口付けてきた。俺も、久しぶりに真剣に恐怖を感じた。きっと、この男も同じことを思っていたはずだ。
だから、安心させてやるように、土方からの口づけを受けながら、腕を土方の首に回した。
土方も俺と同じように、自分の融通の効かない感情を恐怖に思っているから、同じように感じているから、だから……二人だったら、大丈夫だと、そう思ったんだ。
きっと、大丈夫だ。
同じ心を通わせているんだ。
なんかちょっと違うかもしれないと認識を改めたのは、ほんのちょっと後のことだった。
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20121212
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