「土方。話がある」
俺の姿を確認すると、玄関で土方は目を細めて、似合わない笑顔なんかを作った。
「ああ、来てたのか」
土方の家の合鍵を渡されていた。合鍵を渡されていたが……真選組にまつわる何かがあるかもしれないと思っては見たが、非番の日だけに使うと言っていたこの家には簡単に見る限り、大したものはなさそうだ。何しろ金目の物すらない。あるのは布団と服と、そのくらいだろう。さすがに大規模に家捜しをする真似などできないが。
前回会った時に渡された合鍵を使い、土方の家にいた。
昼間、真選組に追いかけられた時に土方を見たから、夜には戻るだろうと思ったが、予想は当たった。
いや予想よりは早かった。土方も俺が来ている事を予想していたのではないだろうか。だって、息が上がってる気がする……もしかして走ってきた?
「………土方」
……今回こそ、ちゃんと言おう。
銀時にも相談してしまったが、言ってしまった手前、もう俺がしっかりと毅然とした態度でどうにかしない事には、今後永遠と墓に入るまで銀時がこの件に付いてネチネチと俺をからかって来る気がする……今後の俺のためにも、そして土方のためにも、俺がしっかりとしなくては。
土方が目を覚まそうとするつもりがないのであれば、俺がちゃんと現実を突きつけてやらなくてはならない。
「桂」
土方は、部屋に入ってくるなり、手洗いうがいよりもまず最初に俺を抱きしめた。
呼ぶ名は俺に間違いないのだが……俺を桂小太郎だとの認識の元、恋人などという単語を持ち出しているらしいが。
俺の名を呼ぶ土方に、抱き締められてしまっている。座っていた俺を引き寄せ、優しく、包み込むように、土方は俺を腕の中に閉じ込めた。
その熱に、俺は不思議な安堵を覚えて、その身体に体重を委ねる。敵だと理解しているはずだが……土方の腕の中の居心地は悪くない……それが、俺が毅然とした態度を取れない原因の一つだろう。いや、ほとんどかもしれない。
「昼間、あんた見たら、すごく抱き締めたくなった」
土方の胸に顔を埋める……すこし、鼓動が早い。やはり走ってきたのか?
俺は……何故、拒否しないのだろう。
居心地は、確かに悪くない。暖かい温度は、俺の安堵を誘う。
俺は、土方が真選組だと知っているし、男だとも理解している。それなのに何故俺はこの男の腕の中を居心地がいいなどと感じているのだろうか。
「あの件、あらかた片付いた。病院にぶちこんでた奴も半分は退院したぜ」
あれから、一月ほど経った。
どうやら、俺がのした奴等は全員捕らえられたらしい。国を改革する気も無ければ、礼儀も知らないただの暴徒に、攘夷志士などとは名乗ってもらいたくもないから、病院に送られようと牢獄につながれようと同情などしてやる気はないが。
それでも無事だった事が確認できただけでいい。俺が、殺したわけでないなら、それでいい。
「アンタとやりあった事は仕方ねえが、でも……犯された事はちゃんと伏せてあるから」
「犯されてない!」
触られただけだって気色悪いのに、万が一そんな事されたりしたら、本当に殺していた自信ある。もし本当にそんな目にあっていたら今頃証拠も残さずにミンチにして海に沈めてやっていたわ!
さすがに、そこは否定させてもらう。
「変わんねえよ。同じだ」
「同じなわけないだろうが! そこはちゃんとお断りしたからああなったんだ! そもそも貴様は俺を誰だと思っている! そんな不名誉な事態がお前の中では事実になっているのか?」
「どっちだって同じだ。アンタに触ったんだ」
いや、流石に触られる程度で殴ったりするほど俺も大人気ないつもりはないが。
「アンタに触ったんだ、赦せねえ……あの場に行ったのに、俺はあんたの為に何にもしてやれなかった」
………いや、俺がもうそれ相応の仕返しはしたんだが。
「まだ、怖いか?」
「……怖くはない」
怖いわけではないが……本当に気持ち悪かった。未だに、思い出せばあの嫌悪感は皮膚の上に蘇るほどに言い尽くせない。あの後、風呂に何時間も入り、皮膚が赤くなるまで洗ったのに、それでもあの嫌悪感はこびり付いてしまった。
だが、怖い……とは、思わない。
「じゃあ、俺が触っても平気か?」
「……土方?」
何を言っているんだろうか。もう、抱き締めているじゃないか?
この状態は、すでにかなり接触している。
こうやって二人で合う度、俺を抱きしめておいて、今更確認を取らずとも良いのに……。
「……大丈夫だ」
嫌だったら、今頃殴り飛ばしている。嫌じゃないから、俺は今ここにいる。
こうやっているのも……不思議と心地よいと感じていた。暖かいと、それがとても安心できる温度だった……土方が新選組だと解っているのだが。
それが、俺には本当に不思議だ。
俺は、俺であって、土方は土方なのに……。
「キス、していい?」
少し、身体を離し、土方は至近距離で俺を見つめた。土方の手の平は俺の頬に添えられていた。
近い。
吐息すら感じるほど、近い場所で土方が俺の目を見つめていた。
「土方………」
こうやってこの男が俺だけを視界に入れている状態を、俺は気に入っていた。
こいつは敵だというのに……土方を俺が独占していると言う優越感から来るものだろうか。
普段は開ききった瞳孔で、殺意すら含んでいる視線が、こうやって二人きりで俺を見ている時は、柔らかい色をしているのも、どこか嬉しいと、感じている。
俺はそっと、土方の頬に触れた。
ゆっくりと、土方が近づいてくる。
止まったような時間だった。
このまま……何をされるか、解っている。
避けようと思えば、避けられたはずだ。
何故、俺はこの男とキスをしているのだろう。
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20121119
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