「だが、あいつ、マジなんだ」
あの男、マジなんだ。
俺が桂小太郎だと把握し、自分が真選組の土方十四郎だと理解して尚、俺が愛しいなどと言うんだ。
……俺は、こんな事をしている。
最近は派手なテロ行為をしなくなった分、裏で色々としているために、他人の真偽を見極める事は目を見れば解るようになった。昔から嘘をつく奴かどうかを見抜くのは得意だと自負している。何をどう考えているかなど心の機微を感じるのは不得手だったが、昔から嘘を吐いているかどうかを見破る程度のことは、目を見ればわかった。
土方からは、嘘の気配はしなかった。心を偽れるような二枚舌を持っていないことくらい、少しでもあの男と話せば、誰でもすぐに解る。
会えば、俺が好きだと言う土方は、昼間町中で真選組として対峙する時とは違い、優しい目をしていて……
とても、言いにくい。とてもじゃないが、言い出せない。
先日も、背中に痒みが沸き起こるくらい、歯の浮くような台詞でずっと俺の容姿を褒め称え、ずっと緩んだ表情で見つめられていた。
あれが土方と同一人物などととても思うまい。しかも対象がこの俺だ。
俺の青写真の中でも驚天動地の不測の事態だ。
「じゃあ、お前も惚れちゃえば? それで円満解決だろ」
「男同士で、だぞ? 無理だ」
どう頑張ったところで、なんの生産性もない。いや、男同士だという大前提を差し引いてもあいつは真選組なのだが。
まだ、お付き合いと言っても、土方の家に二度ほど茶を飲みに行き、手を握られたり、髪を梳かれたりしたくらいで、清い男男交際ではあるが。
今後、どうなるかが解らない。
第一、俺にはそっちの気がまったく無い。女性にであれば、相手の立場を考慮したとしても、それなりの興奮は出来ると思うが。
付き合うったって、手を繋げば満足できるような交際で満ち足りる年齢でもない。俺も、この歳でお付き合いした相手と何もなく過ごせるほどぼ君子でも潔癖でもない。
どうせこのままお付合いが続いてしまえば、それなりにそういう事をするんだろうが……。
昔から、男に手を出されそうになった経験は、俺がダントツの記録を保持している。どうやらこの長髪が原因だとは思うが、俺の自慢の髪だ切るつもりもない。おかげで、何をどうするかだなんて何の役にも立たないような知識は、残念ながら知ってしまっている。戦争してた頃は、周囲に女っ気がなかったせいか、男同士でまとまっていた奴等も複数居た。
その辺は、俺に被害がないならば、自由意思は尊重していた。というか、見ないふり、というか、関わりたくなかった。
やはり触れば柔らかい女性には熱膨張もするが、同じモノをぶら下げた相手にどうやって興奮すれ良いんだ!
悪いが、入れんのも入れられんのもお断りだぞ!
「じゃあ、そうやってちゃんと言いな」
銀時は、テーブルの上の金に一瞥すらせずに、ソファーにごろりと横になった。しかも、テーブルにあったジャンプを顔に乗せて俺から遮断して、完全に寝る体勢に入っている。これ以上は聞く気はないと言う意思表示はしっかりと俺に伝わった。
やはり俺がどうにかしなければまずい問題なのだろう。
やはり、俺がちゃんと言わねばならないか。
言わずとも、土方がちゃんと現実を見て、俺の自分と俺の立場把握すれば、諦める以外の選択肢が無いことに気づくだろうとは、思っているのだが、まだその機会は訪れていない。
だが、あの男は、今は何やら仕事が忙しかったり何やらでトチ狂っているだけだ。それ以上ではないはずだ。
ちゃんと、言うしかないか。
男同士であり、真選組と攘夷志士だと。
銀時が何か良い案でも思い付いてくれれば良いと思ったのだが。
土方が、傷付かないように諦めてもらえるようになれば良いと思ったんだが……相手の心を抉らずに気持ちを強制的に途絶えさせる事などできるはずはないのだろう、やはり。
昔、近所に居た黒い大きな四郎と言う名の犬は「待て」が出来たが、好物を目の前にして向けられる、辛そうで悲しそうな眼差しに、俺は耐えらなかった事を思い出した。四郎は「待て」が出来たが、俺にはできなかった。
土方との関係は、非生産的で、不毛でしかないのに。
関係を断然させる事を思うと、土方の目がが「待て」を命じた時の太郎の眼差しに重なる。
顔も、どことなく似ているような気がする。
だが……仕方ないか。自分で撒いた種だ。
「邪魔したな、銀時」
「……俺だってマジだったんだけどな」
俺は、銀時との関係を断絶する気はないので、何がとは、訊かないでおいた。
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20121117
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