初めて会った時に、女神様かと思った  14 








「銀時聞いてくれ。どうやら、今俺は真選組の副長の土方十四郎と恋人になっているようだ」

 と言った瞬間に、銀時は俺の顔をめがけて、口に含んだピンクの甘ったるい液体を俺に顔面に噴射した。

「銀時、何をする! 汚いだろうがっ!」

 銀時は、苺牛乳を気管に入れてしまったらしく、ゲホゲホと激しく咳き込んでいたが……手近にタオルがなかったので、仕方なく隣に座る銀時の袖口で顔をぬぐった。
 いつもなら銀時の機嫌を損ねるだろうその行為も、銀時の意識の眼中に入っていないようで、口元を拭おうともせずに、垂らしているから、銀時の顔も銀時の袖口でぬぐってやった。


「今、てめえの頭の中でどんな妄想が繰り広げられたんだよ! 現実に帰って来い」
「妄想ではない。現実だ」

「現実でって、太陽が西から登るくらいあり得ねえだろうが!」
「だが頬をつねったら痛がっていたぞ?」
「誰の頬だよ! 自分のでやれ。ちゃんと目ェ覚ませ! もっかい言ってみろ、どこの誰だって?」

「真選組の土方」
「おーい、目ぇ開いたまま寝てるんじゃねー、目ェ覚ませー。現実に戻って来ーい。どこに行ったー、ヅラー」
「ちゃんと起きてるわ」

「だって、相手って男だろ?」
「ああ。俺も男だ」

「お前、とうとうそっちの趣味に走ったのか?」
「とうとうって、どういう意味だ?」
「男にばっかし告白されすぎてトチ狂ったか?」
「俺ほどの美貌だぞ? 別に女性相手にも不自由はしておらん」

「しかも、その上何であの男の名前が出てくるんだよ! お前、自分が誰だか解ってんのか?」
「攘夷志士の桂小太郎だ」
「んで相手は誰だって?」

「真選組副長の土方十四郎」


「だから、どうしてそうなった!?」



「なんか……成り行き?」




「ばっっっかじゃねえのっ!?」



 さすがに、馬鹿ではない桂だと否定する気も起こらないくらい、今回はまいった。

 まず、断る事を忘れてしまった。
 流石に衝撃の事態に俺もテンパってしまっていたようで、あっけに取られている間に、なんか、付き合う事になっていた。

 満面の笑みを浮かべて、あのいけ好かない真選組の男が、甘い顔で俺を好きだの何だの言ってきて、言われているうちに……


 ただの嫌がらせだっただなどと言いにくくなってしまった。

 だって、俺は俺は土方のショックを受けた顔が見たかっただけなんだ! 何しろ俺達は敵だ! お前のことなんか好きなわけあるまい! だから、「付き合ってやろうか」だなんて言ったって、まずありえない事が前提だろ? 騙したわけじゃない、どう考えたって挑発を含めたただの冗談だ。

 あの真っ直ぐな目を見ていたら、何か……まるで俺が騙している気になってしまった。
 ただお前が傷つけば良かった等と言ったら、俺がまるで極悪人になってしまう気がする。

 俺を俺と気付かずに、女だと思い惚れた事までは、こいつが大変な節穴馬鹿だったと思うことで十分納得できたが……

 俺が桂小太郎だと理解してからも、俺をまだ好きだなどとほざくとは思いもよらず。



 土方がショックを受けた顔が見たかったのだから、今更再び「冗談だった、なにお前その気になっているんだ?」 と言えば、さらなるショックを受けた土方の顔を拝むことができるだろうが。



 とても、できない。いくら敵であるとは言えど、俺にだって良心くらいはある。




「その、依頼だ。困っている」
 貯金から数万円。
 相場などわからないから、とりあえずテーブルに叩きつけてみたが、銀時はその金に触れようともしない。

「先生、俺の幼馴染みはついにホモになってしまいましたー」
「茶化すな! 本当に困っているんだ!」

「勝手に困ってろ!」
「幼馴染みだろうが」

「てめえのおかげでこっちは今まで散々苦労してきたんだよ! 今更てめえの尻拭いなんざしたかねえよ」
 どう言う意味だ? 俺がいつ銀時に迷惑をかけたんだろうか……? いや、もう長年の付き合いだ。銀時がつついた蜂の巣に襲われそうになったり、銀時が民家の庭先の美味しく色づいた柿を盗んでいるところを家主に見つかり一緒に追い回されたり、俺も俺で銀時には色々と迷惑をかけられているのだから、おあいこだろうが。
「何がだ?」
「……別に、お前は知らなくていい」
「そうか」
 知らなくていいと言うならば、いちいち根に持って責めるような真似はよしてもらいたい。

「悪いがその尻拭いの為の依頼だ、貴様仮にも万事屋だろうが。少しぐらい幼馴染に知恵を貸してくれ」
「丁重にお断りします」
 本当に、困っているのに……と意味の溜息をつくと、それを見た銀時は大袈裟に溜め息を吐き出した。いや、こっちだろうが、溜め息は。


 何しろ、攘夷以外のことでこれほど窮地に追い込まれる事になるとは思わなかった。攘夷以外のことでこれほど頭を悩ませる羽目になるとは思ったことなどないし、こんなことで悩む羽目になるとは想定外もいいところだ。

 俺は今まで真っ直ぐ前だけを見て生きてるつもりだった。攘夷を完遂させるために、道などなくとも俺の後に道ができればいいと、我無者羅に突き進んでいるつもりだったのに。



 なぜ、こんな無駄なことで俺は頭をいっぱいにせねばならないんだ!

 悪いがここ最近、頭を占めるのはそればかりだ。いや、ちゃんと自分の為すべき事は見失っているつもりはなく、数日前も暴利を貪り甘い汁を吸おうと江戸に飛来した天人を策で追い返すことに成功したばかりだ。一応自分の本分は見失っていないでいられるが……。

 本当に、調子が狂う。


「昔から一刀両断だったじゃねえか」
 確かに、断った。
 全て、断ってきた。
 男にそんな気配を醸されそうになった瞬間に、真摯なる殺意を向ける程度には、片っ端から全部断ってきた。言っても聞かないような相手ならばちゃんと俺の拳で俺の意思を伝えた。
 気色悪いし、何よりこんなに俺は男気に溢れているというのに、男の俺に惚れるなど、侮辱されているような気がする。確かに見た目だけなら、そこいらにいる奴と比べるまでもなく俺の方が美しいが!

「だが……」
 最近では開き直って、この容姿も有効活用しているが、戦場において役に立つのは自分の強さだけで、容姿を有効に使う場面も無く、女のような顔にはそれなのにコンプレックスがあり、惚れられると、それは俺に対しての侮辱以外には感じなかったから、全て、断ってきた。

 身近に居た奴から、初めて会った奴から、全ての男からのアイノコクハクは断ってきた。だって気持ち悪いんだから仕方がない。生理的に受け入れられないのだから仕方がない。そもそも俺の方が正常なのだから仕方がない。

 もしかしたら、俺は人間は見た目じゃない中身だと思っておきながら、面食いの部類に入るのだろうか。あれだろうか、「ただしイケメンに限る」というやつだろうか。
 見た目だけで言うのならば、土方は確かにいい男の部類に入ると思う。至近距離で見ると、端正な作りの顔はこの俺でさえ惚れ惚れと堪能してしまいたくなるような造作をしているが……だが、それとこれとでは話は違う。そもそも土方よりも見た目が麗しい男からの愛情さえ俺のこの拳で断ってきた。見た目じゃない。
 だって俺の方が美人だ。
 だから、土方を殴り倒してしまえない理由は、土方の顔が良いからではない事は確かだ。

 俺が、男になど惚れるはずがない。

 そう、思っていた。
 今でも思っているつもりだというのに……。











20121110