初めて会った時に、女神様かと思った  13 








 会いたくないと思っているのに、何故こんなに頻繁に土方と遭遇してしまうのだろうか、何か俺は悪いことでもしたのだろうかと自分を見つめ直してしまいそうになる。
 土方だって俺には会いたくないはずだ。真選組としてではなく、一個人として、きっと今、俺にどんな顔をさらして会えば良いのか解らないはずだ!

 そうに違いないのに!
 何故一週間もしないうちに!
 遭遇せねばならないんだ!


 しかも、いつもなら逃げ切れるはずなのに……土方の妙な気迫に圧されている現状……俺が、押されている、だと?

 刀を構え、普段ならば逃げ切れるはずだった。今までは逃げ切れていた。この男一人程度で俺が遅れを取るはずがない。
 何故、この俺が土方ごときに追い詰められなければならない!
 前回とは違う場所だが……壁に追い詰められた現状は同じだ。

 さて……どうするか。

 この前トラウマ的な切り札は既に使ってしまった。もう使えないだろう。

 もしかして、前回土方が助けたと思っていた女が俺だったとばらしたことで、俺への怒りが募ったのだろうか。
 だから今、俺の背には壁があり、上にも下にも左右にも逃げられない状況なのだろうか……。
 もしかして、土方は怒りによって戦闘力が跳ね上がるタイプの地球人か? 前回の事実は恥を克服して怒りとして昇華したのだろうか。

 どちらにせよ、追い詰められているの現状は悔しいけれど事実として受け止めざるを得ない、刀を握る手にも自然と力がこもる。
 どうすれば、逃げ切れる?
 背中を冷や汗が一筋、流れたのを感じた。

 まずい、状況だ。前と同じように八方塞がりだ。
 前回同様、後ろは壁。足場はなく、屋根にの上に逃げ切れることはできそうもない。目の前には真選組。
 いや、前回は土方の弱みを切り札として握っていたが……同様に、俺にとっても弱点となるような諸刃の剣ではあったが、それでも確実にダメージを与えることができた。
 だが、前回使用してしまったために、それはもう使用できない。
 手加減などして勝てる相手でないことは解っている。死ぬ気で斬りかからないと、こっちがやられる。
 悪いが、俺はこんな場所でこんな男に捕まってやる義理はない。

 緊迫した空気が張り詰めていて、痛いくらいだ。

 相手の隙を窺う。軽々しく隙を作ってくれるような相手ではないが。


 呼吸を見計らい……相手が動くのを待つ。

 土方の、呼吸が若干乱れた。


 今だ……と。





「解った………付き合おう」




「……っ」

 斬りかかろうとした瞬間の言葉に、俺のバランスが崩れた。
 土方の刃は俺に向けて突き出されるのかと思っていた。その構えをしていたから、俺はそれを避け、土方の出かた次第では斬ることになると、覚悟をしていたのだが……。

 土方が息を吸ったのが見えた。その時だと、思ったので動いたら……今、なんつった、こいつ?

 体勢が崩れたので、慌てて立て直そうとしたら……この状況下で土方は、俺を目前にしながら、よりによって、刀を下ろすような真似をした。


 今、土方は、なんて言った? 解ったって、一体何が解ったんだ?
 そればかりか、鞘に収める……のは、何故だ?

「……?」

 今、そのついでに、付き合おうとか言わなかったか?
 どこへだ?
 屯所までなどと言うならば当然だが、御免被る。


「桂……」
 土方が、俺を呼んだ。俺の名を呼び、顔を上げて真っ直ぐに俺を見た……。




「あれから、アンタの顔が頭にチラついて忘れられねえんだ」
「………」
 いや、傷痕を見せるまで俺だとも気付かなかったではないか! 顔など覚えても居なかったではないかっ!
 いけしゃあしゃあと、よくそんなセリフが出てくるものだ。

「あんたの事、忘れらんねえ……付き合ってくれ、桂」

「…………………」

 ……あの時、俺は確かに言った。自分が言った台詞を覚えている。
 俺がお前の愛の告白に応じることになれば恋人になるが、どうするか? と言ってやったはずだ……が、それは当然ありえない事が前提の話であって、理解を示してもらいたいなどと言った覚えはない!
 まず、俺が誰だか、お前が誰か、それは俺達の間に何があろうと、どんな感情が含まれようと、まず俺達の立場は大前提だろうが!

 解っているのか? 俺は攘夷志士だ!
 一体お前のその脳味噌の中で何がどう解ったと言うんだ!

「ちょ、待て俺を誰だと……」

 胸ぐらを掴もうとした手を捕まれて……引き寄せられた。


 引き寄せられ……土方に、抱き締められた……って……これは捕まったと思えばいいのか? これは、俺を懐柔しておいて隙を作るという策か? 懐から手錠を出す隙を伺っているのか?




「桂……アンタだったんだな」
 俺は生まれてこの方桂小太郎以外になったことはない。

「倒れた男達の中に一人で立ってたアンタの横顔を見た時に、見惚れたんだ。アンタみたいな綺麗な奴に会った事ねえって思ったのに、何だか初めて会った気がしなかった」
 そりゃ、何度も会っているからな。

「運命だって、思ったんだ。忘れられねえんだ……」
 それは、たぶんただの勘違いだ。



「俺と………付き合ってくれ」


「………」


 ……男なんかにカマを掘られそうになった八つ当たりも込めて、前回はお前と斬り合う面倒さを回避するために、男のお前に愛の告白なんぞをされた仕返しをしたはずなのだが………。

 今、仕返しのその仕返しを土方から受けているのか? 腹の中で俺が挙動不審になっている様を見て、嘲笑いたいとでも言うのか?
 いや嘘を吐けるような器用な奴ではないと思うのだが……。


 と、言うことは、つまり本心か?



 本心で、この男は俺が好きだとか言っているのか?



「ちょ……ちょっと、冷静になれっ!」

 まずは落ち着け! 息を吸って吐くんだ。吸い過ぎには注意しろ!
 きっと、動揺しすぎて、何を口走っているのか自覚すらないに違いない。落ち着けば、自分の言動に後悔するはずだ。

 そして、落ち着け、俺!

 なぜ俺が動揺する必要があるんだ?



「冷静だ。あれからずっと考えた。俺に惚れてくれんたろ?」

「……いや、まず俺は男だが」

 確かに、お前に気持ちを返せば、とは言ったが!
 百パーセント有り得ない現実を前提に話しただけで、土方が一番ダメージを受ける言葉を考えての発言だ。

 そもそも、その前に! 男同士とか、真選組と攘夷志士とか、色々とあるだろうが!



「だから何だ! お前が好きだ!」



 俺を抱き締める土方の腕に力が込められた。

 押し潰されそうなくらいに力が込められた。






 俺は




 逃げ、られなかった。










20121105