初めて会った時に、女神様かと思った  12









 大きく見開かれた瞳は、相変わらず開いた瞳孔で、瞬きすらなく俺を凝視していた。
 刀を落とした手は、握っていた形のまま震えていた。


「お前の気持ち、確かに受け取ったぞ。俺がお前に気持ちに応えるならば、俺達は恋人という事になるが?」
 そんな選択肢は、俺達の立場を考えれば用意などされていない。天地がひっくり返ったところで無理な話だ。
 そもそも、立場以前に男同士だと言う大前提もある。

 当然「恋人」などという単語を挟む余地もない。この言葉は、ただの挑発だ。


「……てめ、騙したのかよ!」
「人聞きが悪いことを言うな。勘違いしたのはそっちだろう? 別に、俺は嘘は言わなかった」

 言わなかっただけで、騙したわけではない。俺が桂小太郎だと名乗らなかっただけで、勝手に女だと勘違いし、勝手に惚れただけではないか。

 先ほどの癪に触るような笑顔はもう微塵もない。怒りに震える土方は、こちらの気分を清々しくさせる程のもので、たいそう見ものだった。
 感じていた苛立ちが嘘のように……溜飲が下がる思いだ。
 ざまあみろ。

「……俺を、騙したのか?」

 だから、騙したわけじゃなくて貴様が勝手に勘違いしただけだろうが! 言いがかりをつけるのはやめてもらいたい。
 怒りの表情で俺を睨むのは、加害者という立場を俺に押し付けようとしている為だろうが、確かに間違えて男に惚れただなんて大した不名誉だろうが、俺だって男に惚れられたと言う不名誉な事実は消せないんだ!
 こんな事は、幼馴染みには絶対に言えない。
 銀時や高杉にこの事がばれたりしたら、どのくらい馬鹿にされるか考えるだけでも頭痛だ。いや、もしかしたら「またか」と呆れられるのだろうか。
 もし銀時がこんな事になったのであれば、抱腹絶倒のネタになり、そこら中に言いふらし、じじいになっても思い出し笑いが出来ると思うが……自分の身に起こった場合、そうはいかない。

「……てめえだった、の、か」
「同じ顔だろうが。気付かん貴様が悪い」
 女の着物を着ていただけだ。
 俺の変装が完璧過ぎるのが罪だったのかもしれんが、化粧すらろくにしていなかった。勝手に俺を女だと勘違いして別人だと認識していたお前が悪い。


「男に触られたくらいで、情けない顔してんじゃねえよ」
 触られただけなら、まだ意識吹っ飛ばす程に怒りは覚えなかったが、
 俺は、男にケツの穴に指を突っ込まれたんだぞ!
 触られただけじゃない! ケツの穴に指を入れられたんだ!
 どれだけ気色が悪いかわかるか? 俺がどれだけ気持ち悪かったか解るか?
 しかも、でかくなった男根を尻に押し付けられて……おとなしくしていたら、汚いブツを俺のケツに突っ込まれる所だった……と、思うと、今でも胃がムカムカし、全身に悪寒が走り、寒気に身がよだつ思いだ。

 散々殴ったり蹴り付けたが、やはりもうあと一発くらい殴っておけば良かったと後悔している。
 お前だって同じ目に遭えば、年齢も性別も関係なく泣きたくもなるだろう。

「指をケツの穴に入れられたら貴様だってこうなるわ。貴様も一度掘られてみるか?」
 俺がこの男に俺が受けた屈辱を、八つ当たりという名目を立ててやろうかと一瞬思ったが……なんか、本末転倒以前の問題で、この俺が嫌がらせのためだけに男に触ると、俺の気を晴らすために、何か別の我慢をしなければならない。そもそも男相手に勃つはずがない。


 まあ、こうして、この男の情けない顔を見れただけでよしとしよう。



「……何で女の服なんか着てたんだ」
 言いたくありません。
「貴様の目を欺けるほど、うまく変装できていたとは思わなかったがな」

 失恋ざまあみろ。

 脱力した土方に、もう戦意はなかった。
 刀も地に落とし、拾う気すらないらしい。
 俺を睨んでいた視線も落ちて、今はただ何もない地面を見つめている。

 俺が土方まで歩いて行っても、身構える気配すらない。手錠を取り出すような気配もない。
 もう大丈夫だろう。この男は俺にこれ以上何かすることはないはずだ。俺は、自分の刀を鞘に収めた。俺にも勿論戦意はない。

 俺は、近づいて、さも同情気に土方の肩に手を置いた。


「お前からの好意、確かに受け取ったぞ」

 捨て台詞としてのからかいの言葉を言うと、下を向いていた土方が、俺を、見た。




 目が、赤かった。



「………っ!」

 え?

 ……え、ちょ、泣かせた? 目が真っ赤で潤んでるんですけど、まさか、泣いてないよな? そのくらいじゃ泣かないよな? お前は男だろ? そのくらいじゃ泣かないよな? 俺そんなにひどいことをしていないよな?

 俺だって男なんかに惚れられたという汚点がついてしまったというのに、なんでお前ばかりがそんな顔をするんだ? なんだその被害者面は!? 一方的に加害者という立場を押し付けるような表情はやめてくれ!


 ……何だろう、この、俺が悪い事をしたかのような視線は……。






 それを振りきるために、俺は固まった土方を置いて歩き出した。
 角を曲がった辺りで、足場を見つけてすぐに屋根へ登った。




 常々思っていることだが、しばらく土方には会いたくない。








20121029