初めて会った時に、女神様かと思った 08 









 握られた手は……強く握られているのに、痛いほどではなかった。

「怖かっただろ?」

 俺の手を握りながらそう言った土方は……ひどく同情的な表情をしていた。
 これは、もしや哀れみか? 貴様ごときに同情されるほどに落ちぶれたつもりなどはない! 同情などを向けられようものなら、熨斗付けて叩き返してやる。

「もう、心配ないからな。俺達が……俺が守ってやるから」

「………?」

 お前に守られてやる義理などないのだが? お前に守られる程に俺は弱くはないし、むしろこの男よりも俺の方が強いと思うので、もし力量的な関係だけで考えるならば、俺が守る方になるのではないのだろうか……いや、真選組を守ってやると、そんな事になるはずはないが。
 それに、俺を守るとなると……服務規程に違反しないのか? そもそもの真選組としての存在意義がなくなると思うが……攘夷浪士を取り締まるべく発足された部隊じゃなかったか、こいつらは?
 それにもし本気で守ると言うならば、せめてバズーカはやめてくれれば助かるが……。


「安心していいから。もう大丈夫だからな」

 土方は、俺をじっと見つめて……いた。
 相変わらずの瞳孔の開き方だが、よくよく見れば、端正ないい顔をしている男だという事を、今初めて知った。

 こんな間近でじっくり見たことなど、初めてだったから、初めての認識でもそれはおかしくはないが……そこじゃなくて。


 何か、変じゃ、ないか?
 土方はこんな奴だったか?

 勿論真選組などと腰を据えてゆっくり話したことなど無いが……俺は人を見る目はそれなりに自信があるが……土方はこんな奴なのか?

 俺が見た限りでは、この男は規律を重んじ、遵守し、職務に従順。自分にも他人にも厳しく在り、真選組の頭脳と異名を取るだけあり、それなりに頭も悪くはないが、俺ほどではないせいで、未だに俺を捕まえられずにいる。そういう人間だと……思っていたのだが。だから、間違っても、攘夷志士の盟主である俺に情けをかけるような男ではない。

 俺の、思い違いだったのだろうか。


 土方は、俺の手を握り、瞳孔の開いためで俺を見つめて、口を開いた。






「……アンタを見た時、そこに女神が居るのかと思った」


「は?」


「アンタに………一目惚れしたみたいだ」



「へ?」






 いや?



 一目惚れとは、初対面の場合に限り有効性を持つ言語ではないのだろうか。
 もう、俺達は何度も面識があるはずだ。俺の記憶違いでなければ、本の数日前に角を曲がった時に鉢会わせたばかりだったはずではなかっただろうか。ちゃんと逃げたけど。



 ……もしや、この男、記憶喪失か?

 それとも、一目惚れと言いやがったのは……もしや、昔から?
 では、ないだろう。今まで俺に惚れていたなど、そんな酸素濃度が薄めの微温い雰囲気は無かったと断定できる。先月も普通に俺を殺す気で斬りかかってきた。あの殺気は間違いようがない。


 だとすれば………



「姐さん、アンタ、本当に綺麗だな」




「…………」


 まさか、とは思うが。




 まさか、俺が女だと思っている?

 まさか、俺が桂小太郎だと気付いて居ない?

 何度も会ったことあるだろうが。節穴か? その目は節穴なのか? 確かに今女の服を着ているが、先日の遭遇した時の俺と違うのは服だけで、服の色も大差ない。俺は非番だった貴様が着流しを着ていても貴様だと一瞬で分かったというのに……こいつは俺を真剣に捕まえる気があるのか? 髪型も特に結いているわけでもない。もともと俺の顔はこれ一つだ。出てくる時に確かに薄く紅を引いたが……まだ残っていたとしても、本当にそのくらいだ。


「だから、もしアンタが嫌じゃなけりゃ……こんな事、こんな時に言うの非常識だと思うが」

 確かに非常識だ。だが、非常識なのは、こんな時という場面ではなく、相手だ!
 相手が俺だというところだ!








「俺と、付き合ってくれ」




 ……男に、愛の告白を受けた経験は両手の指では足りないが……。
 俺が思う以上に、性別を倒錯した嗜好の持ち主が俺の周囲に多く存在していることは知っているつもりだし、この顔のせいで性別を勘違いされた経験も多くあり、現在は後者の方だとは解っているが……。



 まさか、この芋侍に、言われるとは!



 侍とは慌てずに、常に冷静で周囲を見、明鏡止水の心であれ。


 自分自身にも、部下にも、エリザベスにも常々言ってたりするが……。







 無理だ。
 悪いが、これ、無理。


 何を、言ってるんだこいつは!!


 本当に、微塵も気付いていないのか?
 化粧などすでに落ちているはずだ。
 俺は素顔を晒しているはずだ。
 着物が女物なだけだ。

 それとも俺を油断させて何らかの企みをしているのだろうか。一応曲がりなりにも真選組の頭脳らしいから、何か策がある……どんな? いや、もう何もないだろう? 俺がこいつだったら、とりあえず牢にぶち込んでから全て始まる。こいつの裏側に何かがあるはずがない。



「ああ、俺は、真選組の土方ってんだ」

 ………さすがに、知っている。


「アンタの名前、教えてくれないか?」




 桂小太郎です……。



 ………などと名乗れるはずがない!


 とにかく、何故だか知らんが……こいつが馬鹿だからか、土方が俺に気付いて居ないことは解った。
 そうか、俺が桂だと気付いて居ないのか、馬鹿め。だから芋侍だと言うんだ!
 そうか気付いて居ないのか。だとすれば、今までの土方の珍妙な行動も理解できる。


 が………さて。どう、したものか。
 俺だと気付かれて居ないのは好都合だが。

 まずこの男の握った手を外す所から、どうするべきか……考えようとした


 その時に、ぶー、ぶー、と何やら妙な音がした。










20120930