「大丈夫か?」
俺が気が付いたのは、肩を叩かれてからだった。
肩に手を置かれ、反射的に殴りかかって、その腕を捕まれた時に、ようやく正気が戻った。
「…………あ」
どうにもキレて、正気を吹っ飛ばしてしまったようだ。
昔、戦の時代、俺が狂乱の貴公子との異名を振りかざしていた時代の名残だ。戦場で、戦乱が極まって来ると、トランス状態に陥り、動くものがなくなるまで剣を振っていた。あの戦乱を生き抜いた者ならば、誰でも一度は経験があるだろう。昔、戦をしていた時は、何度も経験をした。俺は俺自身が命を奪うためにだけある刀になったかのように、動くものが何もなくなる荒野になるまで刃を振るい続けていた。どうやって殺したか、どうやって動いていたのか、何も覚えていないが……荒野を見て、ようやく我に帰る事が、何度もあった。背を預けていた友も同じような鬼になった。
あの時は、それで良かった。俺達は戦士としてそうやって生きてきた。
それでも、今は違う。
今は……壊すことではなく、奪うことではなく、俺は俺の道の上に見つけたものは……
ここ最近はそんな事も無かった。
怒りが全身に浸透してしまっていても、正気を失うまでの状態には陥らなかった……。
が、腕を捕まれて、ようやく気が付いた……。
俺は、我を忘れて、正気を飛ばしてしまったようだ。
そして、今、気づいたが……。
土方っ!
が、目の前に、いた……! というか、俺が反射的に殴ろうとしたのが土方だった。つまり手を掴んでいたのが土方だった。
「大丈夫か、怪我は?」
「……あ」
周囲に視線を走らせると、男が……十人数名ほど、転がって……ぴくりとも動いてない。
血まみれの奴もいた……。
まさか………殺した?
殺して、しまったのだろうか。俺が。
命を奪う事はしたくない。俺が欲しいのは、命ではない。殺した数など何が誇れるものか。下衆だと俺が思ったとしても、こいつらにだって生きてきた人生とそれを取り巻いてきた環境があって、それを俺ごときの一存でなんとかできるわけではない。
殺した?
「あんた、大丈夫か?」
大丈夫だろうか、こいつらは。死んでいないか? 殺してしまっていないだろうか。
それは、罪悪感の域を越え恐怖に達していた。
怖くて、身体が震えた。
身体の芯が、細くなって覚束無い。
殺してしまったのだろうか。土方が掴んでいる手を振りほどいて転がる男達の安否を確認したいが……するのが怖い。もし、殺してしまっていたら……立ち止まってしまいそうだ。立ち止まったら、二度と歩けなくなってしまいそうだ。
だから、土方にそれを、せめて生きているかを訊きたくて、教えて欲しくて……土方の目を見つめた。
「……こいつらは……?」
「ったく、派手にやりあったな。後で病院に運ばせる。大丈夫だ。まあ、重体だが、死んだ奴はいねえのは奇跡だな」
少しの溜め息をついて、周囲を少し見回してから、仕事増やしやがってと愚痴を言われた。
死んだ奴はいない。
それを聞いて、胸を撫で下ろした。
良かった。死んだ奴は居ないらしい。お俺は、殺したわけではないらしい。
それ相応の天誅を下させて頂いたが、命を奪ったわけではないらしい……。
「………そうか」
良かった。
どうやら、キレた、ようだ。キレると、忘我の地に至り、見境がなくなるから、手加減などもできず、前後不覚になり、動く対象を全て沈めるまで暴れてしまう。昔の嫌な名残だ。まだそんな部分が俺に残っていただなんて、俺にも意外だった。
最近はその感覚を思い出すことすらなかった……よほど嫌だったんだろう、と他人事のように思ってから、先程の感触が甦り、その感触がまだ肌に残っていて、身震いをした。
気持ち、悪かったんだ。
顔に吹き付けられた唾液も、口の中に入れられた指も、触られた足も、後ろの穴から無遠慮に触られた体内も、押し付けられた男根も……。
思い出すだけで、鳥肌が肌を覆い、身体が勝手に震え出した。
今まで、そこまで俺に手を出してきた奴なんか居なかった。
攘夷戦争が激化した時代、周囲に女が居なかったせいでトチ狂った奴も多数居たが、回りに銀時も高杉も居た、風紀が乱れるのを快く思っていなかったためか、俺がキレて暴れて内部で戦力を減らしてる場合ではないとの考えか、二人が多少牽制してくれていた事は有り難く思ってはいる。
ただ自らのプライドが邪魔をして、そんな事に対して礼などは言ったことはないし、これからも思い出話として笑われても礼などを言うつもりはない。
まあ、殺していないのであれば……良かった……。
俺の嫌悪に対して、それ相当の仕返しは出来ただろう。
身体に不快感はまだ残るが、怒りはもう感じない。その程度には暴れたようだ。
が、まずい………………果てしなくまずい。
「…………」
ちらりと、俺の手首をまだ掴んでいる土方を見る。
まずい、よな?
この状態……。
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20120913
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