僕の瞳にはもう君しか映らない 04 



 





 高杉かって……何で、俺はそんなこと訊いちまったんだろう。
 ヅラのことなら知らなくちゃなんねえけど……でもそんなことなら俺は知りたくねえ。



「……さあ、な」


 ヅラの声も表情も、纏ってる空気だって穏やかだったけど。
 言葉だけじゃ、肯定も否定もしてなかったけど。

 ………なんか今、ものすげえ、腹の中に黒い物がふつふつと沸いてる。


 今、俺が高杉の名前出した。一瞬だけど、反応したよな? 一瞬だけ、見逃しちまうほど、わずかだけど、確かにヅラが一瞬だけ反応した。



 それ、俺、じゃねえの?






 一緒に居たけどさ。ずっと俺達長いこと三人で一緒だった。感情が複雑な回路を形成してない頃は、三人が単位だった。
 俺達三人で同じ距離に居たけどさ。

 高杉とヅラの方が古いかもしんないけど、今じゃ、一緒にいる時間だけを考えたら、俺とヅラのがもう長い。長さなんか関係ないかもしんないけど、そうやって優越感喚起させて、些細な条件でも勝っておいて、勝因増やしておくのは意外と重要。

 だから、俺にだって勝ち目ぐらいあるはずなのに……そんで、俺が選ばれてなかったの、なんでだ? 二分の一の確率。パチンコより勝率高いはずなんだけど。



 ヅラは、否定も肯定もしなかった。
 でも、俺を選んだわけじゃない。


 俺達同じだったのに、お前は俺じゃなかった……って事に、なんだか……凹むより……

 心臓が、嫌な速さで動いてる。
 何、これ。


 世界が、どんどん収縮してくる。意識が遠のきそうなくらい……怒り、だろうか。




「結局、誰よ? そこまで言ったんだから白状しろって」


 畳に寝っ転がって、笑って見せるが……まずい。今、ヅラの顔がとてもじゃねえけど見れない。
 脇がじっとりと汗ばんで、声が、揺れそうになる。俺は、今ちゃんと笑えてるんだろうか。笑えてるつもりになってるけど、きっと、引きつってる。



 頼むからこっち見んなよ。



 気付かないふりしてもっかい聞いてみる。訊かずに居られねえ。

 何度だって訊いてやる。

 高杉じゃねえって否定するまで、てめえが俺選ぶまで何度でも訊いてやる。





 確かに、俺より高杉の方が不安定で、心配かけて、崩れやすい側面あって、昔から世話を焼きたがるヅラは高杉が気になってたかもしんねえけど。

 ガキの頃から、俺が会った時にはこいつら姉弟みたいに並んで一緒に居やがったけど。基本的に、ヅラと高杉っていつも一緒に居た気がするけど。




 ……俺だってずっと一緒に居たんだけどな。もう、ほとんどその長さ変わらねえだろ?

 だったら俺、強いから選ばれないって不公平じゃねえ?




 戦の時は、腕っぷしの強さはだいたい均衡してたけど、誰が飛び抜けて強いも弱いもなかったけど。

 心はお前、誰よりも強いから。壊れることも倒れることも間違えることも無いから。

 壊れる前に自分でもっと強くなっちまうから、俺なんて要らないのかもしんねえけど。お前、本当に強いから、高杉みたいに守ってやれる奴の方がバランスいいのかもしんねえが……。

 俺だって半端な事じゃぶっ壊れない強靭さはあると思うけどさ。




 お前は強いから、全部背負い込んで、小さなモノも一つだって落とさないで、勿論逃げ出す事なんか論外で、それが常軌を逸した重さでも重いだなんて気付きもしないで真っ直ぐ歩けるから……。



 でも、たまには疲れる事だってあんだろ?
 気付いてねえだけで、お前だって人間なんだからたまには疲れるだろ?

 時々は、俺に寄っ掛かれるって知ってる?


 俺も強いから、そんくらい大丈夫。だから。


 何で、俺じゃねえの?






「誰の事だよ、お前が好きな奴ってさ」


 しつこいって思われたっていい。うざいってお前の専売特許今だけは強奪してやるよ。
 だって、そんな事言い出したお前が悪い。隠してるつもりだったら、その事実はちゃんと墓まで持ってけよ。

 お前の特別が、俺じゃないと嫌なんだって。お前の一番近い場所に居んのは、いつだってどこだって俺じゃないと嫌なんだ。




 いいから、俺にしとけ。






「…………坂本」





「はぁ?!」


「では、ない」





「……………」



 起こしかけた身体を、再び畳に沈めた……重力ってこんなに重かったっけ?

 何、ヅラのクセに冗談とか言ってんの? 笑えねえよ、寒すぎるから。





「……あ、そ」



 ……そりゃ、良かったな。って急激に、やる気無くなった。

 坂本も良いやつだけどさ、アイツにヅラを落とす甲斐性なんか無いって勝手に信じてたから……まあ、無いだろうが。それに坂本はどんなに美人だろうと、生物的に女じゃないと無理な方だ。いや、俺だってそのつもりだけどさ。
 だからって、ヅラが坂本だって言ったって納得する気ねえけど。

 別に、誰でも納得なんかしてやるつもりはない。

 ヅラには、俺じゃなきゃ、駄目だ。


 俺が畳に突っ伏してる姿が面白いのかなんなのか。ヅラは鈴を転がすような軽やかさで笑った。笑われてんのはムカつくけど、ちょっと今、そのあたり指摘して怒鳴り返す気力もねえ。




 ああ、そうですか。つまり全く言う気ねえって事かよ。
 じゃあ、なんで俺にそんなこと言った? 始っから言うんじゃねえ。


 こんなはぐらかし方、ヅラらしくねえ。


 つまり言いたくないって事かよ。言い出しといて、やっぱり言いたくねえって?
 俺にも言いたくねえって?
 秘めておきたいって? 何の美学だよ。



 なんかモヤモヤしてんの残ってるけど、急激に怒り的なやる気が失せた。
 もう、いいわ。


 俺は、ヅラの隣譲る気なんてねえし、どう足掻いたって俺とヅラの関係誰にも崩せねえわけだし。
 これからだって……遅くねえ。



 そりゃ、気になるけど、誰だか。











20120815