ヅラの事で知らないことがあった。
ただそれだけの事なのに、心臓が妙な音で鼓動してる気がした。
全部見てるわけじゃねえ。四六時中一緒にいるわけでもねえ。知らないことなんてあって当然だ。俺は俺であってヅラじゃねえ。
ひどく……打ちのめされた気がした。
ヅラの事で知らないことがあったって、それだけなんだけど、それがこんなに敗北感だなんて、予想外だ。
「お前は知らなくていい、銀時。今のは、聞かなかったことにしておけ」
何でもないようないつも通りの口調でそんな事言われたって、俺もう聞いちまったし。
それ、やなんだ。
わざと気付きたくねえ事だってあんのに……知りたくねえけど、ヅラの事なら、なにがなんでも知らなきゃならねえ。知ってなきゃなんねえ、って、思うのはどんな義務感なんだか。
別の存在なんだ、今までヅラは言ったことがないって、つまり隠してたんだ。だったら、俺が知らなくて当然じゃねえか。俺が知らなくていいって思ってたから、ヅラが言わなかっただけだ。
でも……すげえ、嫌だ。ヅラで知らない部分があるだなんて。
俺は、別にヅラとどうこうなろうって腹じゃなくて……
単純に、ずっと俺の隣に置いて置きたいんだ。
たぶん、そんな事。
それが恋人ってくくりがしっくり来んならそれでいいし、友達でも幼馴染でもなんでもいい。腐れ縁ってのが妥当なら、それでもいい。
ずっとお前が近い場所に在れば、それだけでいい。
それはどんだけ傲慢な感情なんだろうか。お前の一番をどんな形でも良いから独占してなきゃ気が済まねえって、それだけなんだけど……それって傲慢か? 傲慢だってなら、それならそれでいい。誰からどう思われようと、譲りたくねえもんちゃんとはっきり解ってる。
ヅラが、俺の一番近い場所って、そのポジションに居るって、それが何より大事だから。
だから、ヅラの中に俺以外の奴の影が俺より近い場所に在るなら、それは………許せねえって、それだけなんだけどな。
だから、傲慢じゃなくて、寛容なんだと思うんだけど。
だって束縛したいわけじゃねえ。ヅラが俺じゃない別の誰かと恋愛楽しみたいならそうしてりゃいいって思ってる。他の奴見たいってなら見てりゃいい。勝手にしてりゃいい。好きにしてりゃいいんだ。思うままに生きてりゃ、きっとそれで十分だ。
それで相手にまったく嫉妬しないわけじゃないけど、お前を閉じ込めておけるだなんてそれこそ傲慢だ。そんな大それた事、思った事ねえし、不可能だって知ってる。
でも、お前の中で一番近い場所に俺が在ればいいんだって。それ以外、何でも寛容だから。
お前が何してたって許してやるよ。
ヅラが誰を好きになったって、結局俺がヅラの中の譲れないポジション独占してんの知ってるし。
だから、俺はどこまでも寛容でいられた。
「ずっと、て?」
ずっと好きな奴が居た。ってそう言ってた。好きな奴、居たんだ? 俺、知らなかったけど。
お前のずっとって、どんくらいずっと?
俺がこの気持ち確信するようになってからと、どっちが長い? 俺は、かなり昔からだけど。悪いけど、結構負けるつもりねえよ?
「かなり、昔の話だな」
昔……どのくらい、昔の話なんだろう。俺達の昔って、本当にまだガキの頃まで遡れる。
「………高杉じゃ、ねえよな?」
『そいつが健在なら、あとは別にいい』
つまり、まだ生きてるってことで……もしヅラの言う昔が俺と同じまで遡るんであれば……思い当たるの、俺と、あと高杉。
坂本もだいぶ長いけど、さすがに違うよな。長いって言っても、まあそこそこ長いけど……たぶん、除外していい……んだか、悪いんだか。いや、どうだろう。ダークホースすぎる。
でも、ずっとって……
ずっと、俺たちは、俺とヅラと高杉と、三人でいた。
昔はちょうどいいバランス保ってたけど……バランス保ったまま、俺達が壊れた。ギリギリのバランスを維持してたのに、毎日毎日戦って、戦って、いつ死ぬか、そんな日々だった。俺達の関係の維持にも支障を来たす程の外側の圧力に、俺も耐えられなくなって、高杉も壊れかけて、ヅラは軌道がずれてきてるの感じてた。
俺は、ヅラを隣に置いときたかった。それだけは譲れなかった。
高杉がガキの頃からヅラの事見てたの知ってる。
ヅラの目が前以外を見れないことは解ってた。
そのバランスだった。
誰かいつか崩壊させんじゃねえかって、そんなギリギリのバランスだったけど、俺もアイツも……
でもその前に、こうなった。
昔話にしてたはずで、誰にも話したくもない、そんな事は無かった事にしかできねえ、そんな昔の話。
高杉は俺の感情に気づいてたんだと思う。何だかんだ言って他人の感情には敏感な奴だから。
高杉は隠そうともしてなかった。俺も高杉の挑発に乗ったことある。
水面下で冷戦してただなんて、当のヅラは、気付くはずなんか無い。
そんなちょうどいいバランスだったんだけどな。
「もしかして、高杉?」
高杉の名前を出したら、嫌な汗が出てきた。自分が、言ったのに、視界と世界が急激に狭くなって、心臓も小さくなった分一生懸命に全身に血液送ろうと動いてる。
「………!」
その名前を聴いたヅラは、強張った顔で目を見開いた。
少し、息を飲んだように見えた。一瞬だったけど……
一瞬。その顔で俺の目を凝視したあと、ふと表情を緩めて、微笑んだ。
ふんわりとした、ヅラにしちゃ珍しい笑顔だったから、俺は胸が痛くなった。
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20120809
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