僕は君に会うために生まれてきたんだ 03



 





 朝、目が覚めて……。


 目は、もう痛くなかった。世界はそのまんま世界として見えた。
 天井が明るい……朝か。いつの間にか。
 俺、いつ寝たんだろう。

 目を擦ろうとしたら、ちゃんと手が動いた……って、ことは。


 つまり、隣にヅラが居なかった。隣にいて、俺の手を握っててくんなかった。

 まあ、そりゃ仕方ねえ。ヅラだって、疲れてたんだ。俺の看病なんかしてる場合じゃなくて、あいつだってぶっ倒れて寝たいくらいには全部使い果たして来てんだ。そんなこと解っちゃいるが、どことなく寂しいとか思うのは、言って困らせない限り我儘にはならない。

 でも、ちゃんと夜俺の所に来た。
 そんで言いたいことだけ言った。


 律儀な奴。
 昔から。
 相変わらず。

 別に、俺が次に起きるまで隣に居るだなんて約束なんかしてねえから、いないのなんて当然だけど。
 やっぱり、顔が見えないと寂しいとか……甘えた事を考える。我儘じゃなくて、本心。出来ないの知ってるけど、無理させたいわけじゃないけど、寂しいのが本音。

 腹に感じる痛みとは裏腹に、俺の心の中は何だか軽かった。

 そう思って……天井をぼんやり見つめていた。
 そっか。朝かー……。


 朝って事は、俺は生きてたんだ。




















 どうやら、丸二日は寝てたらしい。教えて貰ってびびった。
 声が出せるようになったのはすぐだけど、それから、ようやく身体が起こせるようになったのが、三日後。
 動けるようになったのが、そっから四日後。

 思った以上に、深手負ってたみたいだ。内臓こぼれなくて良かった。生きてて良かった。また元通りになりゃ美味い飯が食える。

 動けるようになったっても、誰かの手を借りて便所に行くのがやっとで、一人で歩き回れるほどじゃねえ。






 でもその間、見舞いにも来ねえって……何?


 俺達に気遣いなんか無用の関係だけど、大丈夫だって解ったら、顔も見せに来ない礼儀知らずだっけ? 生きてたら俺の事殴るんじゃなかったっけ? いや、もうちょっと先延ばしにしてもらうつもりだけど。

 それとも、自分が言った本音が恥ずかしいとかで俺の顔見られないとかの奥ゆかしさがほんの僅かにでもあったのか? いや無い。と、断言できる。ヅラに限ってその可能性はあるはず無い。



 いや、夢じゃなかったよね?

 夢だったかもしんないくらいリアルだったけど、そもそもヅラなんか来てないんじゃねえかって思う。
 俺が作り出した夢で、ヅラはヅラですっかり忘れて、立ち止まると呼吸が出来なくなるタイプの奴だから、色々と忙しそうに動き回って俺のこと思い出してる余裕なんかなかったとか……。


 それとも……本当に、夢で。


 帰って来てないとか。



 そんな馬鹿げた事を考えたら、急に天井が落ちてくるような恐怖に陥った。
 俺が生きてんのに、そんな馬鹿な話なんかあるわきゃねえのに、もしも、万が一、ほんのわずかな、絶対じゃない可能性が脳裏に一瞬よぎったら、寝てる事が怖くなった。布団が鉄の塊みたいに重く感じて、このままここに閉じ込められちまうような気がして……

 布団をはねのけた。


 思ったよりも軽かった。鉄よりは軽くて、肉を斬る時よりも軽くて、思った以上に飛んで行ったけど、それは俺の渾身の力だった。

 探しに行かねえとって、身体を起こすと激痛が走る。まだ無理に動けば傷が開きそうだけど、こんな所で悠長に寝てる余裕なんかなかった。探しに行かねえと。
 だって、ここに居て俺の手を握ってねえ。
 俺の隣に居ないならどこに居んの?


 畳に這いつくばるようにして俺は畳をミノムシみたいに進んだ。
 動く度に腹が痛いけど、痛みを気にし照られる余裕なんかなかった。

 早くヅラを探しに行かねえと。俺の隣に居るべきだろ?
 居ない、なんてあるはずがねえから。どうせ近くに居るのは解ってんだ。忙しいから見舞いに来てくれる余裕ねえんだろ、どうせ。
 んじゃなかったら、来てくれても俺が寝てたりとか。起こしてくれる気遣いくらい見せたっていいのに。


 どこに居んの?

 ずるずると畳を擦って俺は少しずつ進んで……

 かたん、って、竹筒を倒した。

 水が入ってたのに、蓋閉めてなかったから、畳が濡れた。



「……」

 見覚え、あった。
 ヅラが俺に飲ましてくれた水が入ってた奴。あれからここに置いてあったんだろうか。
 これ、ヅラのだ。
 ヅラの持ちもん覚えてるわけじゃないけど、俺のじゃねえからヅラのだ。





 だって、俺は唇の感触だけはちゃんと覚えてた。
 ヅラの体温吸った温い水が喉を通る感触は覚えてた。


 あの時の会話なんかうろ覚えだけど、ヅラが話してた声とか、唇の動き方とか全部覚えてた。


 びっくりした。
 目が覚めて、ヅラが俺の視界の範囲に居なかったから、だなんて、そんな言い訳誰にすんだ? 聞かれたら笑われちまう。



 
 いっきに身体から力が抜けた。
 体半分くらい布団から出て来たけど戻るのも面倒になった。


 とりあえず俺の心配性の早とちりだという事で、こんな醜態は俺だけが知ってりゃいいだけで、さっさと忘れりゃいいから……そうすると、まず初めの疑問に戻る。






 何で、ヅラは俺が目が覚めてんのに来ねえの?









20120515