覗き込まれた少し赤味を帯びた瞳には、苛立ちが混ざる。その色に気付かないわけにはいかなかった。
「……こんな時に、何考えてんの?」
中にある銀時が、ずるりと抜かれた。
急に身体から体積が減り、潮が引くように満ちていた熱が失われる。
「ん……銀、時?」
銀時が在った場所が、冷えて疼く。
中に感じていた灼熱が急に奪われ、寂しく冷えてくる。
身体はまだ放出されないままの熱が行き場を失い暴れている……こんな、状態で。
「お前、なに考えてんだって? こんな時に」
どうやら、考え事をしていたせいで、銀時の機嫌を損ねてしまったようだ。
そう言えば昔から、嫉妬深い奴だった。
普段の態度から、時々忘れそうになるが、昔からこの時だけは心を逸らすことをとても嫌がっていた。こうして二人きりの濃密の時間、互いの熱を共有する行為の最中は、ここだけに集中しないと、こんな風に機嫌を損ねる事があった。
嫉妬だと気付くまでには色々と悩まされたものだが、銀時の感情の色に気付いてしまい、それが俺に向けられていると思えば愛おしさが増した。
ただ、機嫌を直してもらうためには未だに苦心する。
本当に、銀時は昔から変わらない。
今など生活が違うのだし、お互い暇が重なる事もあまりない。こうして銀時と身体を重ねる事すら稀だと言うのに。
銀時が、ここに居るのに、こうして久しぶりに二人の体温を分つ時間が持てたというのに、目の前にある銀時以外の事を考えて居たのは、確かに俺の落ち度だ。
だが、だからこそ……言わなくて良いこともある。
俺が、それを口に出す必要はない。
「……お前は知らなくて良いことだ」
「……またかよ」
「銀時?」
上に被さるようにして顔を覗かれた。直に瞳を見つめられるのも、俺の中に銀時が入って来るような気がして、嫌ではない。
黒よりも赤い色合いの瞳が俺を見ていた。
「……」
銀時の瞳が、すと細められた。
銀時の血を映すような瞳の奥に、怒りが隠った事くらいは解っていた。
また、俺が今後の活動を考えていると思ったのだろうか。
昔は俺もお前も視野が重なっていたから。銀時が何を考えて居ても解った。俺が考えていた事も理解されていた。銀時が考えていることを解っても困らなかった。互いの全部を把握していた。心の向きは些細な事で、歯車はすべてが噛合っていた。何もかも、俺達の間に気にするほどの事はなかった。
だが今は守るべきものが違う。すべき事も違う。生活も置かれた状況も立ち位置すら違う。
俺と銀時は、何もかも、違う。色も形も匂いも違う。
……俺もお前も何も変わってなどいないのに。
ずれてしまった歯車は、もう戻らない。
それでも、まだ動き続けている。
俺は止まれない。
俺達は別の存在を自覚しなければならなかった。魂は一つではなかった。
俺達はもう重なっていない。
魂は、俺のものであり、銀時の物ではない。
だからこそ、こうして少しでも重なる時間は大切にしなくてはならないと、そう銀時が考えているとしたら、俺も賛同する。
「お前、こんな時ぐらいさ……」
互いに違う存在を自覚していたとしても、銀時の気持ちくらい理解している。
俺の心など、どうせ理解されている。
俺達は二度と会わないと思っていた。そうやって別離した。
もし再会する事があっても、他人として扱う事が正しいと思っていた。
そして、きっと銀時を赦す事など無いと思っていた。
俺達を捨てたんだ……。
俺を捨てた。
だから、許さないと思っていた。
それなのに……
「何故、こんなにもお前が愛しいのかと考えていた」
俺は、正直に伝えた。
元々嘘を吐くための二枚舌の構造はしていない。
本来ならば、俺の心など言わなくても良いことだ。
理解など、しているし、されている自覚もある。
ただ、時として伝えたくなる事もある。
「お前と、再会できて、良かった」
「……」
「離れた所で忘れられない。許さないと意地を張ってみた所で、結局お前が何より愛おしい」
「……っ、お前さあ」
俺を覗いていた銀時の視線が、横に流れた。わざとではなく零れた笑顔は、上手くできていると思ったのだが。
「……ムード作る甘い言葉を吐ける甲斐性ないからって、直球はやめろって」
銀時の視線が逸れてしまったのが惜しくて、こちらを向いて欲しくて、銀時の頬に手を伸ばす。
頬が赤く染まって居るのは、先程までの行為で上気しただけではないはずだ。
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20120229