『運命』などと言う言葉は良しも悪しも、とても嫌いだった。
運命など、そんな言葉は自らの力量を過小評価し逃げているだけだと言い聞かせ、俺はその言葉はこの世に存在し得ないものとし、自分の力だけを信じた。それが全てで、それで良かった。
攘夷に明け暮れ、すべて我と思える部分は棄てた。俺の全てを捧げた。攘夷が俺の一部分ではなく、自分は攘夷の一部でいい。それ以上でも以下でもあり得ない。そうやって生きていた。
世界の中で、自分自身を確立させる為に唯一依拠すべきのは己だけだと。
そう思っている。間違えていないと信じている。その気持には偽りなどないし、それを押し通す自信もあるのに……それでも。
俺は思い出した。
夜毎、思い出した。
俺の背に回された腕の強さも、その肌の温もりも、手のひらの感触も。何もかも、思い出した。
忘れられた事など、一度もなかった。
俺は、背を預けて戦乱を生きた。
俺の背はお前であり、お前の視界は俺の視界である。
銀時と俺は一つの存在であると思えた。何もかも、呼吸すら共有しうる、一つの個であるとすら、そう錯覚してしまいそうになるほど、銀時と俺は、一つだった。
銀時が俺と共に在る間は、背に銀時が在れば、視野が全方向に開けているような錯覚すらしていた。
銀時は戦線を離れ、俺達の前から居なくなった。
俺の側から無くなった。
あの、喪失感は、言葉にはならない。
違う道を歩き始めたお前を赦せるほどに寛容な心も余裕も無かった。
思い出す過去は、裏切られた事に対する屈辱と悔恨に占められているのだと、そう思うことで、銀時がまだ俺の心に在ることに寛容になった。
裏切りに対しての憎悪で在れば、俺は、思い出しても良いと思って居たのだろうか。
二度と、会わないと信じていた。
会うつもりなど無かった。会えるとも思わなかった。
互いに生きているとも思わなかったし、もし生きていて出会えた所で、今更どんな顔をすれば良いのかも解らない。出会す事があったとしても、素通りするのが、せめて正しい判断なのかとも思った。
期待など、していたはずもなかった。
それで良かった。
思い出してしまうのは、自分に郷愁する余裕があるだけだ。まだ余裕が在るのなら、その部分を俺は俺の志にささげる余地があるとますます活動に身を投じた。戦乱当時の戦歴の功績もあり、次第に周りに部下も増え、俺の立場も確立した。
俺は、俺にはただ攘夷遂行だけが俺の存在意義であると。
たとえ、銀時への思慕が、身を焦がすほどに強い想いであっても。
仕方がない。
あの頃はお前が俺と共にあるのが定められていたと、素直に信じられるほどに銀時の存在を受け入れていた。
もし、どこかに神など不安定で立証し得ない錯覚に似たものが存在したとしても、銀時と俺を対にした、それだけで運命などを、受け入れてやる気にも成るほどに、俺はただ銀時が愛しかった。
まるで魂が一つになったかのように思っていた。
だから、あの時、俺を置いて俺から離れた銀時を赦す気など、なかった。
その憎しみの想いすら甘美に思うほどに、俺はずっと銀時を想った。
もし……忘れたら楽になるのだろう。
二度と思い出さないのであれば、その方が楽なのだろう。
唾棄すべき想い出ではなかった。心底で忘れたいと、そう願った訳ではない。
思い出だけですら、俺は銀時と繋がって居たかった。
思い出が在れば良い、俺が一人であっても。
だから……
「なに考えてんの?」
銀時が律動を止め、上から覗き込む。
銀時の汗が顎を伝い、ぽたりと俺の腹に一滴、落ちた。
「ぁ……銀、時」
急に銀時は腰の動きを止めた。
快感に感覚を浸し、その温い心地良さに身を任せていた俺は、急に現実に引き戻された。
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20120221
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