たとえ、世界中のすべてを敵に回しても、僕は君を守る 08



 






 何で、逃げてねえんだよ!
 時間は稼いだ。それなのに……何で、まだ居るの、こいつ。


 ……鬼の副長って通り名だけはある程度には使い手だ。負けるつもりなんかねえが……本気出さねえといけねえ。



 知らずうちに、腰を落として、臨戦態勢に入る。

 この、男が、動いたら………。



 動いたら、ヅラは、ヅラの手の届く場所に俺の木刀があんのを理解してるか? あいつの服は、畳んであるけど、その上にいつもヅラが帯刀してる剣が乗ってる。

 どっちが近い?
 土方が動いたら、俺にどっちを投げる?

 投げてくれるよな?

 それとも、ヅラも動くか? その時、俺はどう動くか? 初動で決まる。


 ピリピリと、空気が張り詰める。少しの空気の振動さえ漏らさずに、四角い狭い部屋の中の空間が凝縮して把握できるくらい、静まり返って。









 背を向けて俯いてたヅラが、ゆっくりこっちを振り返る。静かな衣擦れの音が、やけにでかく部屋に響く。

 長い髪が顔にかかる。さらりと髪が落ちる音すら聞こえたような気がした。





 その間からのぞく、瞳。


 薄く開かれた、濡れた赤い唇。




 長年、ヅラの一番近い場所にいた俺でも、生唾飲み込みそうになるほど妖艶な仕草で……。


 視線は……すがるような……。












 あー…、


 そう言う事?
 いや、確かに穏便には済ませられるけど。


 ちょっと、無理があんじゃねえの?




「あー…、起きちゃった?」



 俺の声が、心拍数とは裏腹に間延びしてたのは、わざとだ。
 大丈夫とは思うけど、よりにもよって、そんな作戦?

 マジで大丈夫かよ。



「………」

 ヅラは俯いたまま、白い襦袢に見える寝間着を引き寄せてはだけてた肩にかけるように……。
 さっきみたいな堂々とした脱ぎ方じゃなくて、ゆっくり焦らすような細い指先をわざと見せびらかして。



「酔っぱらいがトイレ借りに来て間違えただけだから、もうちょっと待っててな」


 ヅラは、音も無く静かに頷く。

 肩が、少し震えてた。黒い髪が、白い肌をゆっくりと流れる。

 その肩を、自分で抱いて……やけに頼りなく見えた。














「っすまん!」







 スパーン、と派手に音を立てて、土方が襖を勢い良く閉めた。





「すまん、彼女に謝っておいてくれ!」


 襖を両手で押さえてたマヨラーは、赤くなってた。
 暗がりでも、耳まで赤いの解る。



「ああ、はい」

「邪魔した。捜査協力感謝する」
「だから、お楽しみ中だって言ったろ。真選組は野暮な事しやがる」

 まあ、俺の名誉も守られて、俺が嘘も吐いてないって状況ではあるけど。



 マジで成功したのか……これ?


「すまなかった! あの美しい女性には心から謝る! 邪魔したな」
「本当にお邪魔だって。せっかく2ラウンド終わって気持ち良く寝てたのに。フラれたらてめえのせいだぞ」


 とか、言ってみるが……激しく微妙。

 ああ、俺はつまり、この男の設定では美女に見えるヅラととお楽しみ中だったわけですかい? そんな甘い空気微塵も無かったがな。
 自分の嘘に、正直凹む。





 どかどか荒い足音立てて、真選組の副長さんは廊下を歩く。ここ二階で深夜なんだから、もう少し考えてくんないかな。


「本当にすまない。あの美しい女性には本当にくれぐれも謝っておいてくれ!」


 まあ、そんな大声出しゃ、俺が言わなくても聞こえるって。今ヅラがどんな表情してんのか考えるとアホらしい。
 美しいだってさ。良かったな。オカメじゃねえって自慢できたわけですか俺は……何だろう、この腑に落ちない気分。



 にしても、コイツのゆでダコぷりは、かなり気合いが入ってる。相当焦ったんだろうな。俺が嘘ついてると信じ切ってやがったからな。んで、俺が時間稼いでんのもきっと知ってやがった。別にヅラがここに居なくて、俺んちで捕まらなくても、外に出すことで包囲網の拡縮考えたり、真選組が俺んちマークしてるって主張したかっただけなんだろうけど……。


 んでも、この男は、どうやらヅラの色気に中てられて、ヅラが美女だって勘違いしてくれたようだ……けど。




 靴を踵を踏みつけたままはいて、叩き付けるような勢いでうちの玄関を閉めて、


 真っ赤になった男は出ていった。




 台風一過はとても静か。






 ようやく出ていった………えと、バレてねえ、んだよな? バレてねえ、で、いいんだよな?


 まあ……そりゃ。

 ヅラが男物の服着てるから、それなりに背はあるから男に見えるだけで、あんな格好で俺の女って先入観あったら、女にしか見えないよな。確かにヅラの背中だけ見りゃ、男にあるまじき色気出してるし……多分、てか、完全に演技だったけど。



 もともと中性的よか、女に近い顔立ちしてんだ。女物の服着りゃ、マジで女にしか見えねえ。

 長年一番近い場所にいた俺ですら、時々変な錯覚起こすくらいだ。
 昔、そう言う関係だったってのもあるけど、今だって時々うっかり変な錯覚しそうになるくらいだから、免疫ない奴にヅラの色気は絶大な効果を発揮すんの当然だ。


 しかもあのマヨラー侍にゃ、強すぎたか。
 少し前屈みだったんじゃねえの? ざまあみろ。











20120124