夜中の不躾な闖入者は、まず風呂を冷めた湯の中まで確認してから、便所を開けた後、中に上り込んでソファの下をみて机の下を見て、寝室の襖に手をかけた。
きっと上手いこと逃げてくれただろう。
だいぶ時間は稼いでやったんだ。
嘘はつけない奴だけど、昔から逃げ足もかくれんぼも上手い奴だった。ヅラが鬼ごっこで鬼になんのなんか滅多になかったし、きっと大丈夫だ。
こいつが来てから、時間は十分にあった。その為の時間は稼げたはずだ。
「ったく、彼女にフラれたら末代まで祟るからな」
なるべく感情を込めないようにして、不満を言うと、ニコチン野郎はちらりと俺を一瞥したが、あからさまに馬鹿にした目つきだった……まあ、俺が嘘言ってるわけだけど、その俺の嘘を指摘した目つきだった。
もう、とっくにヅラは逃げて居ないはずだから……俺が嘘ついてんのはそろそろばれるんだろう。
「こっちは仕事してるってのに、てめえまだ夢見てんのか?」
「いやいや、夢じゃねえって。黒髪のめちゃくちゃ美人が寝てんのよ。静かにしてくんねえかな」
もう……居ないはずだけど。
「てめえに靡く女なんざ、どんなオカメなのか確認してやるよ」
オカメって……俺はあいつよか綺麗な顔した女を見たことねえってくらい美女の顔してるぜ?
いや、見られちゃ困るが。そもそも男だし。てか、もう俺んちにはいないはずだけど。
見られちゃ困るけど、馬鹿にすんじゃねえって自慢して鼻をあかしてやりたいような気分にはなった。
いや、まあヅラは見た目だけは本当にパーフェクトだから、うん顔だけ。
……まあ、逃げたはずだから、結局俺が嘘ついてんのか寝ぼけていい夢見てたんだかって認識して終わるんだろうけど。そうじゃなけりゃ困るけど。
そりゃ匿ってたのもバレる可能性だってあるけど、居ないなら大丈夫だ。すっとぼけりゃいいだけだ。毎回そうしてきた、これからもそうして行く。
マヨネーズは俺を馬鹿にしたような目付きで見て、部屋の扉を……開いた。
「………!」
……何で、居んだ?
逃げてると、思ったのに、何で居んだってっ!?
布団……の、中に……ヅラが、いた。
俺は精一杯時間稼ぎしてやったよな? 時間も余裕もいくらでもあった。音をたてないように逃げ出すことぐらい、ヅラになら朝飯前だろ?
何で、俺の厚意をわざわざ無駄にすんの?
もしかして布団ただけで被って隠れてるつもりか?
髪の毛はみ出してるって!
ヅラ取れって俺昔っから言ってたよね?
せめて切れって言ってたよね?
何で居んだよ!!
「……………」
布団がモゾモゾと動いて……。
ヅラが、ゆっくりと身体を起こす。
顔は、伏せていた。
さっき渡した白い寝間着が、外の街灯の光程度の暗い部屋で、女物の襦袢に見えた……俺の寝間着のはずなんだけど、やけに白く見えた。
ヅラはゆっくりと顔を伏せたまま……背をこっちに向けて……起き上がった。
さらりと背に流れた髪が顔に肩から零れる。
寝間着は、はだけて……渡した帯は、そう言えば止めてなかった。結局まだ止めていなかったらしい。解かれたまま、畳の上に蛇が絡まるように落ちていた。
白い、肩。
さっき包帯巻いた方じゃなくて、逆の肩。
白い。
ゆっくりと起き上がり、細い指先で、服を引き上げる……
捕まる、つもりか?
そりゃねえよな?
今まで、ずっと上手いこと逃げてきて、ここに来て、捕まるとか、ねえよな……。
なんか最近うちに来てなかったから、色々大変な事してる最中なんだろ? さっきもそんな事言ってたよな。
今捕まるわけにゃいかねえって言ってたのお前だろ?
……土方が、動いたら……。
じっとりと握った掌に汗が滲んだ。
場所、間合い、を無意識で把握する。空間を、無意識で把握する。
どくどくと心臓が耳元で鳴ってるくらい、うるさい。
俺の愛用の木刀は枕元にある。
捕まえられなきゃ殺してもいいって真選組だ。
……この男がどう、出るか。
ヅラは怪我してるから、戦力的には多少落ちるが、俺が土方とやり合ってる間に逃げられんだろう。
ヅラは怪我を考慮しても、土方一人になら負けるはずは無いだろうが……、俺が時間稼いでる間に逃げればいい。
そんくらいは出来るはずだ。
何で、まだ居んだよ、てめえはっ!
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20120123
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